私は普通を諦めない

星野桜

文字の大きさ
上 下
52 / 68
第三章

漆黒と琥珀色

しおりを挟む
 講堂の扉なんてこの学校に来てから何度も通ったはずなのに、今日はその扉がとてつもなく重く見える。


「いいですか、開けますよ?」


「はい、お願いします……ってえ?ルイス様が開けてくださるんですか?」


 同じ学校の生徒とはいえ身分が重視されるこの世界では、同時に同じ部屋に入ろうとした場合、身分が低い者が扉を開けるのが暗黙のルールとなっていた。そのため、この学園で1番扉を開けることが多かったのは私だと思う。私と同時に部屋に入る時に、扉を押さえててくれたのはシーくんとティアぐらいだろう。
 ルイス様は、シーくんの従者という立場上一応私に対して敬語を使っているけどやっぱり平民として私を見ているなって思うことが多い。だから、今回も自分で扉を開けるのかと思っていたのでちょっと驚いた。


「……いいですか。この交渉、あなたがキーパーソンとなることは間違いないです。」


「あ、はい。」


「ですから、あなたが交渉の余地なしと思われるほど下にみられては困るのです。ユージン陛下の前では、堂々と、威厳に満ちた態度でいてください。」


「いげんにみちたたいど………」


 どうしよう。私、一度もそんな態度取ったことないし、威厳なんて醸し出せる気がしない。


「大丈夫ですよ。あなたの得意分野ではないですか。」


「いや、得意どころか一度もそんなの出来たことないんですけど……」


 そう言うと、ルイス様は珍しく微笑みを浮かべた。


「あなたも、私に対してそんな冗談をいうようになったのですね。ありがとうございます。少し緊張がほぐれました。」


 いや、場を和ませるジョークではないんだけど、と言おうとして……やめた。さっきまで震えていたルイス様の指の震えが収まっていたのを見てしまったからだ。よく分からないけど、ルイス様は私に冗談を言えるほどの余裕があると思って安心したらしいから、ここで余計なことを言ってさらに混乱させる必要もない気がした。


「それでは、開けますよ。」


「はい。」


 ルイス様が扉を開けてくれたのを見て、心を落ち着かせようと目を閉じて深呼吸をした。この方法は、小さい頃にお兄ちゃんから教えてもらった緊張しないおまじない。


[『瑠奈。緊張した時は、目を閉じて深呼吸をしてごらん。……そう、目を開けて。ほら、世界が変わって見えるだろう?』]


 ただのおまじないのはずなのに、不思議と本当に世界が変わって見える気がして、緊張が和らいでいく。目を閉じて深呼吸をすることで、自分の中でぐちゃぐちゃになっていた感情の糸が解けて、思考がクリアになっていく。


 ただ虹に興味を持っている人とお話をするだけだ。何も怖いことなんてない。


 大丈夫。やれる。


























 優雅な音楽が流れていて、一見和やかな雰囲気に見える会場内だが、その雰囲気は張り詰めており肌がピリピリと痛む。
 扉が開いて私が入ってきたのを見た瞬間、その空気がより一層張り詰めるのを感じた。足を動かすこともできないような重苦しい空気の中で、私は必死に足を動かして前に進んだ。ルイス様に言われた通りに、講堂の1番奥にいるシーくんとユージン陛下の所へ。


「お初にお目にかかります。ルナ・ハリスと申します。」


 許可なく顔を見ることは不敬にあたるため顔を見ないようにして跪き、声がかかるのを待つ。声がかかるまでの沈黙が辛いけど、変わらず流れている優雅な音楽のおかげでいくらか辛さは緩和されている。……これで無音だったら耐えられなかった。


「お前が、月属性ながら太陽の光の下魔法を発動させ、神の階段を出現させた生徒か。」


 初めて聞くその声の主が、きっとユージン陛下だろう。だってなんか、威厳がある。え、ルイス様、この人相手に威厳を保てとか言ってたの?無茶振りすぎるでしょ。


「はい。」


 頭の中は大混乱だったが、表には出さないようになんとか返事をする。


「……顔を上げろ。」


「はい、失礼致します。」


 そう言って顔を上げて見た先にいたのは……私と同じ漆黒の髪をした人だった。


「シュバイツオーケノア王国国王、ユージン・オーケノア・グレイスターだ。」


 その人……ユージン陛下の蜂蜜のような琥珀色の瞳と目があった瞬間……言いようのない恐怖が私の全身を駆け巡った。これ以上、この人といてはいけないと私の中の何かが警報を鳴らす。


「ここに座れ。」


「……はい、失礼致します。」


 早く逃げなければ、と私の中の何かが警告してくるが、この状況で逃げることなんて出来るはずもない。ユージン陛下に促されるままに私は椅子に座った。座ったことのないような高級でふかふかな椅子に感動する余裕すらない。


……なぜか私は、この人に恐怖を感じている。


 声をかけられたにも関わらず答える事ができない。とにかく視線を外したいとユージン陛下から身を逸らした時……シーくんと目が合った。
 そこにいたシーくんは、不安そうに隈をつくっていたシーくんではなく……穏やかに微笑む王太子殿下だった。


……まだ16歳のシーくんがこんなにしっかり役目を果たそうとしているのに、私は何をしているんだ。


 私の役目は、目の前の人と虹の話をする。
 ただそれだけ。


 私の感じている恐怖の正体が何なのか、まだ分からない。逆に言えば、分からないから怖いのであって、その理由が分かれば恐怖を感じなくなるかもしれない、とも考えられる。
 どちらにせよ、私に出来るのはユージン陛下との対話しかないのだと、混乱してぐちゃぐちゃになりそうな頭の中に本来の目的を強く思い浮かべる。


……大丈夫、落ち着け。


 大きく深呼吸をすると、落ち着いてくる。まだ動悸はするけど、さっきよりも心臓の音は落ち着いている。やっぱり、このおまじないの効果は絶大だ。


 落ち着いて、目の前の2人を見ると……なんか、バランスいいな、この組み合わせ。シーくんは王子様の仮面を被ってるから、微笑みの白と冷たい黒って感じでとてもバランスがいい。アイドルユニットとして売り出したらすごい人気出る気がする。……うん、いける。
 頭の中でユニットを組んだシーくんとユージン陛下を想像してからもう一度ユージン陛下を見ると、さっきよりも恐怖は和らいで……いや、和らいでないわ。


 それでも、さっきよりも思考はクリアだ。恐怖に支配されていた最初と比べたら、対話するだけの思考能力は戻ってきている。


「こうしてユージン陛下とお話する機会を得たこと、とても光栄に思います。本日はどうぞ、よろしくお願い致します。」


 なんとか、笑ってそう言うことができた。私のその笑みを見て、ユージン陛下も口元を僅かに緩めた。うん、相手は自分の鏡っていうからね。笑顔はちゃんと伝わっている……はず……多分。


「それで、どうして月属性の人間が太陽の下魔法を発動させたのか、聞かせてもらおうか。」


「はい。」


 これから私が考えなきゃいけないのは、どう対話をするべきか、ユージン陛下の問いかけに対してどう答えるべきなのか、という事だ。少しでも言葉を間違えると大変なことになる。


 まずこの対話で1番重要なのは、戦争を起こさないこと。これは何を置いても、1番優先されるべきことだ。相手の怒りを買わない事はもちろん、戦争の目的を知ることも必要だ。戦争の目的が分かれば、回避することが出来るかもしれない。
 次に、この恐怖の正体は何なのか。ただ単にユージン陛下のオーラが凄すぎて圧倒されているならそれでいい。でも、これは違うと私の何かが言っている。正体を知らなければ恐怖は増すばかりだ……たまに、知らなきゃよかった真実もあるけど、今は考えないことにする。
 最後に、ユージン陛下は前世の記憶を持っているのかどうか。ずっと疑問だったその答えは、きっと本人に聞かないと分からないままだろう。ユージン陛下の前世なんて、知らなくても生きていける、といえばそうかも知れない。でも、どうして私が生まれ変わったのか、その答えを知りたい。そのためには、同じく生まれ変わった人がいるなら、その人の話も聞いてみたいと思う。


「それでは、対談を始めようか。」


 やるべき事はまとまった。あとは、実行するだけ。


「よろしくお願い致します。」


 こうして、ユージン陛下と王太子殿下、そして私、ルナ・ハリスの対談が始まった。


……うん。やっぱり怖くてその琥珀色の瞳を見る事はできないから眉間あたりを見つめておこう。
 なんか、ユージン陛下のその琥珀色を見てると心臓がズキズキ痛む気がするし。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

処理中です...