私は普通を諦めない

星野桜

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第二章

シェイドの兄弟

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 食堂でシーくん……王太子殿下と話し、王太子殿下自らが私の在籍を認めたことで、私に対する表立った嫌がらせはなくなった。たまに嫌味や悪口を言われることはあるけど、それだけだ。私は(比較的)平和な学園生活を送っていた。


 学食でしっかりと栄養を取り、放課後や休日にシーくんとお茶会をしているおかげで、私はちょっと痩せ気味?ぐらいの体型になることができた。シーくん、しょっちゅうくるから暇なのかと思っていたけど、しっかり公務はこなしているらしい。時間の使い方どうなってんだろう。


……いや、シーくんの時間の使い方の話は今はいい。そうじゃなくて、こうやってしっかり栄養をとって健康的な身体に近づいていくうちに、気づいたことがある。私の外見が、前世の私と全く同じなのだ。以前はあまりにも痩せすぎていて分からなかったけど、元の体型に近づいていくにつれて、あれ?これ前世と同じ顔……ってなった。前世の両親と今の両親は全く似てないから、偶然っていうわけではないと思う。
 よくよく考えると、私と今の両親は全く似ていない。髪の色も、両親ともに茶色だけど、私は黒。まさか、実は転生じゃなくて若返りトリップ……と思ったけど、そもそもお母さんが体調を崩すようになったのは、私を妊娠してからだ。体力もなく、医療体制も整っていない村では出産は命懸けだ……と村の人たちがよく言っていたので、そのせいだろう。私を妊娠したせいで体調を崩したんだから、お母さんが私を産んでないはずはない。
 じゃあ、何で私は前世と同じ姿をしているんだろう……という疑問はあるが、今はそれよりも考えなきゃいけない大事なことがある。


「シーくん……!1年生の試験で絶対出るって所を教えてください!」


 来月に迫った試験をどうにかしなければならない。












 対属性魔法の刑の時に、私が研究者たちも知らないことを知っていると言ったことについて、反応はふたつに分かれた。そんなわけがない、きっと卑怯な手を使って魔法を使ったんだ、という私の不正を疑う人。私の話を信じて、平民にできるんだから自分にも出来るはずだと魔法の鍛錬や勉学に励む人。ただ、どちらの人にも共通しているのは、私の行動ひとつひとつに目を光らせている、ということだ。私の授業中の失敗や知識不足を見つけると、ここぞとばかりにネチネチと言ってくるようになった。そんな中、来月に迫った初めての試験で悲惨な結果をたせばどうなるか……考えただけで恐ろしい。
 上位に入らなくてもいい。せめて、平均よりちょっと下ぐらいの点数が取れれば……


「絶対に出るところ?そんなの聞いてどうするんだ。」


 今日も、いつものように美味しいお菓子を持ってきて、私の部屋で優雅にお茶を飲んでいるシーくん。お菓子を食べながらも、私の目はシーくんから貰った幼児用の単語絵本から離れない。


「出題傾向を知ることである程度のヤマをはる!まだ読み書きも完璧とはいかないんだから、勉強範囲は必要最低限に絞らないと!」


 試験1ヶ月前にも関わらず、こんな絵本と睨めっこしている時点で私の読み書きの上達度はお察しだ。そもそも、この世界の文字が分かりにくすぎるのがいけないと思う。


「ヤマ……ってなんだ。」


「え!?ヤマはらないの!?」


「だから、何だそれは。」


「試験に出やすい所予想して、そこを集中して勉強してってやらないの……?」


「予想してどうする。予想外の箇所が出たら答えられないだろう。」


「ヤマはってないところは捨てる!出たら潔く諦めるよ。ヤマって結局は賭けだからね。」


「捨てたら満点がとれないだろう。」


……なんてこった。シーくんは今まで、ヤマも貼らずに1位をキープし続けていたのか。まぁ、確かに満点を取るにはそれぐらいしなければならない。


「シーくんって、本当に凄いね。」


「まあな。」


 相変わらず全く謙遜しないな。


「というわけで、絶対に出るところ教えてください。」


 そう言って、深々と頭を下げてお願いしたのに、シーくんは呆れたようにため息をついた。え、駄目なの?


「というわけでじゃないだろ。首席にならなければ婚約は認められないんだ。このままでは人前で話しかけることも満足にできない。満点を取るつもりでやれ。」


 この前、人前で思いっきり話しかけてきたよね?というか、この状況で1位は無理!そんなことよりも奴らに隙を与えないことが1番だ。


「それはどうでもいい!とにかくいかにして奴らに隙を与えないか!それが一番大事!」


「は?」


 それから、私の婚約どうでもいい発言に怒ったシーくんが頬をつねってくるハプニングがあったりしたが、なんとか勉強を見てもらえることになった。









「絶対に出るところか……。とりあえず、1年の最初の歴史学の試験では、王家の家系図についての書き取りが配点の大部分を占める。それさえできれば歴史学は8割強取れる。」


「え!本当に!?」


 まさかの展開。王家の家系図なんて、それこそ単語を覚えるだけでいい。これは、勝ったんじゃないか……!?


「これが、家系図だ。」


 シーくんは、私の机の上から歴史学の教科書を持ってきて、該当ページを開いてくれた。


「どれど……え゛」


「これが、歴代王家の家系図。現在の第177代目国王までの王家家系図だ。」


「……で、これは一体どこからどこまでを書きとればいいの?」


 あまりの量に一瞬戸惑ったけど、全部書き取れなんてそんなバカな話があるわけない。だいたい現代から遡って何代か……


「全部だ。」


『……マジか。』


 思わず日本語が出るほど動揺した。え?マジで言ってる?無理でしょ?これ全部書き取るの?


「貴族なら物心ついた時から教えられるこの世界の常識だ。」


……マジか。今度は口に出さなかったけどマジか。


「……とりあえず、現代から遡って読んでください。いけるところまで覚えます……。」


「分かった。今の国王は俺の父、第177代目国王バルカス・クロス・フェルダリアだ。」


「なるほど。バルカス・クロス・フェルダリア……と。」


教科書に直接ふりがなを振る。よし、これで読める。


「今の国王の子供は6人。第1子がウィルド・フェルダリア、第2子がカロリーナ・フェルダリア、第3子がマーガレット・フェルダリア、第4子がステファニー・フェルダリア、第5子がシェイド・クロス・フェルダリア、第6子ジェニー・フェルダリアだ。」


「なるほど……。シーくんは、6人兄弟なんだね。」


 聞き慣れた名前が出てきたので、ふりがなを書き終えて顔を上げる。


「ああ。兄が1人、姉が3人、妹が1人だ。」


「大家族だね。王妃様すごい……」


 受けられる医療の水準が全く違うとはいえ、私のお母さんも出産のせいで体を壊した。この世界の出産は前世以上に命懸けなのに、6人も産むなんて……


「いや。全員母親は別だ。」


「え!?どういうこと!?」


「現国王の正妻に子供はいない。全員側室の子供だ。」


「え?側室?」


「現国王に側室は36人いる。」


「………へぇ」


 そうだった。ここは異世界。うん、まあ貴族は一夫多妻制らしいし、国王とも慣ればありえるのか。私は無理だけど。


「……あ、そういえば、なんで国王様とシーくんだけ真ん中にクロスってついてるの?」


 側室の数のことは一回忘れてそう尋ねる。前世日本人の私は、ミドルネームとかそういうのはよく分からない。


「クロスを名乗ることが国王、または次期国王である王太子だけだ。信託によって選ばれた時から、名乗ることを許される。」


「ああ、なるほど。」


 やっぱり、当事者から聞くとよく分かる。記憶を定着させるために、このまま家族の話を聞いてみよう。単純に、シーくんの家族についても気になるし。


「シーくんの兄弟は今何してるの?」


 前世では当たり前の、ごく普通の世間話のつもりだった。でも私は、ここが異世界であり、目の前の人が初の第2子で王太子に選ばれた王族だということがどういうことなのか、もっとよく考えるべきだったのだ。


「姉は全員他国に嫁いだ。妹は現在3歳だが、隣国の側室として嫁ぐことが決まっている。兄は俺が信託によって選ばれてから、自室に篭りきりで全く外に出てこない。」


「……あ、そうなんだ……。」


 どうしよう、なんか、何で言っていいのか分からない感じの答えが返ってきた。
 お姉さんはまぁ、いい。結婚した、ということだろう。シーくんのお姉さんなら、18歳以上なわけだし、年齢的にもおかしな話ではない。でも妹さん!3歳なのに側室として嫁ぐとか……本人の意思じゃないでしょ!絶対に!この話を聞くと、シーくんが私を婚約者にしたいと言い出したことが、どれだけ突拍子もなかったのかがよくわかる。王族ですら側室として嫁ぐ世界で平民が正室になるとか、そりゃあ何事だよってなるよ。周りのあの反応もわかるよ。


「……で、お兄さんは……」


「兄は、信託前は第1子として時期国王としての教育を受けていた。俺も、兄の支えとなれるように動いていた。だが、信託によって俺が選ばれたことで、全てが変わってしまった。……兄は、とても素晴らしい王太子候補だったんだがな……」


「……そっか。」


 珍しく俯いてしまったシーくんに、私はそれしか言えなかった。シーくんはきっと、お兄さんが大好きで、お兄さんの下で働けることを楽しみにしていたんだ。


「……よっし!シーくん。あとの王族の名前も読み上げお願いします!」


「ああ。分かった。」


 これ以上はきっと、私が興味本位で聞いていいことじゃない。


 重い空気を変えるように、少し大袈裟に気合を入れ直し、私は再び試験のために教科書と向かい合った。





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