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第一章
決意の日〜Sideシェイド〜
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処刑の森に来て2週間ほどが経った頃には、ルナがいる生活が当たり前になっていた。
気が抜ける小言も、いつの間にか言われないと物足りなくなっていた頃、ルナは唐突に何かを書き始めた。
この頃には、ルナの一挙手一投足が気になってしかたなくなっていた。
手元を覗くと、意味不明な線の羅列……いや、これは見たことがある。魔法具の模様だ。
「ルナ、何書いてるんだ?」
あいにく、ルナの魔法具の模様の意味は俺には分からない。
それでもルナが何を書いているのか興味があった。
「ん?意見書。偉い人に読んでもらおうと思って。」
……偉い人。
つまり、貴族階級の人間……いや、ルナのことだから王族に読んでもらおうとしている可能性もある。
前から思っていたが、かなり怖いもの知らずだよな、こいつ。
「…… 貴族階級の人間は一般階級の人間からものは受け取らないぞ。ましてや意見なんてしたら投獄ものの重罪だ。しかもなんだ、その意味不明な線の羅列は。」
「ああ!そうだった!日本語は通じないんだった!私文字書けない……って、投獄!?なにそれ、ひどくない!?」
「ハァ……妙なことは知ってるくせに、そんなことも知らないのか。そもそも、なんで文字も書けないんだ、お前は。」
呆れているのはこっちなのに、ルナはやれやれ仕方ない、みたいな表情で俺を見てくる。
だからその顔、イラっとするんだよ。
そこで聞かされたのは、ルナの村では誰も文字の読み書きができないという事実だった。
そもそも文字の読み書きなんて出来て当たり前だと思っていたから、なぜできるかなんて、考えたこともなかった。
「私たちだってこの世界に生きてるのに、まるでいないもののように扱われてるんだね……。」
最後に、ひとりごとのように呟かれてたこの言葉に、俺は衝撃を受けた。
そんなことはない、と言えなかった。現に、ルナの村がどんな暮らしをしているのかなんて知らなかった。話を聞く機会がないのは、当たり前だと思っていた。
でもそれは……俺たちが知ろうとしなかった結果なんだ。
「……すまない。」
「?なんでシーくんが謝るの?」
「いや……」
そうだ、俺が王族だと言うことは言っていない。身分が高いことすら言っていないのだから急に謝られても困惑するだけだろう。
「あのね、シーくんがなんか偉い立場の人だってことは気付いてるよ。」
「え?なんで……」
「なんでって……お礼や謝罪は言われるもので、家庭教師さんもついてる、良いもの食べてるし、着ている服も上質ってなれば、それなりに予想はつくよ。」
そうか……確かにそうだ。
ということは、俺がそれなりの立場の人間だって気づいていながらこの態度なのか、この女。
「シーくんが謝ることじゃないよ。
……というか、他の貴族の人にだって、それこそ王様にだって、謝って欲しいとは思わない。」
「なんでだ?」
お前が言ったんじゃないか。悪いことをしたら、謝って欲しいと。
……悪いと思ってなくても謝れ、とも言っていたが、今は心から悪いと思っているのに。
「悪いのは人じゃなくて、人にそういう行動をさせる今の決まり事だと思ってるから。
それを変えてくれないことに不満はあるけど、そもそもそれを変えるための行動を起こせない、私たち平民の力不足でもあると思ってる。」
目の前の女が言っていることが理解できない。ここにいるのは俺より4つも年下の子供なはずなのに、得体が知れない。
今までも何度もあったことだが、俺にはルナに見えているものが、全く分からない。
「だから、謝ってくれなくても……それが歩み寄りっていう意味なら嬉しいし、シーくんの謝罪が嫌ってわけじゃないけど……なんていうか、そんなことされるぐらいなら……えーと、」
「なんだ。はっきり言え。」
それまでしっかり俺を見ながら言っていたのに、急に言い淀む。
ルナがこうなることは良くあるが、大抵の理由が「まだ10歳の子にこんなこと言うのは……」だ。バカにしてんのか。俺の方が年上だからな。
俺の睨みつけるような視線に、渋々言うことを決めたルナは、さっきまでの焦りが嘘のように真っ直ぐに俺を見た。
その視線に……背筋がゾクゾクする。
「謝っている暇があるのなら、変えるための行動を起こしてほしい。」
「………」
「って、ごめんね。あの、ほんと、シーくんにやれって言ってるわけじゃなくて、いやほんと、子どもに言うことじゃなかったよね、」
言葉を失った俺に対して、焦ったように慰めの言葉を吐くルナに対して、ほんとにこいつは俺の神経逆撫でしやがって、と怒りを感じる。お前の方が子どもじゃないか。
それと同時に……言いようのない高揚感が全身を駆け巡る。
上等だ。やってやろうじゃないか。
俺はそれができるだけの地位を手に入れている。
ただし、やるからにはルナも巻き込んでやる。
お前も、行動を起こせる立場に引きずり込んでやるから……
覚悟しろよ。
この時、俺は初めて王太子に選ばれた、という状況に感謝した。
俺は、ルナの願いにこたえられる立場を手に入れたのだと。
理解できないこの女を、手に入れたい、とそう思った。
そのために、まず俺がやるべきことはひとつだ。
まずは、城に戻る。
そして、誰からも望まれる王太子になる。
この人しかいない、と誰もが思う王太子になれば、きっと、どんなわがままも通るようになるだろう。
その時にまた来るから……それまで、逃げるんじゃないぞ。
そうしてその数日後……俺は城へと帰っていった。
気が抜ける小言も、いつの間にか言われないと物足りなくなっていた頃、ルナは唐突に何かを書き始めた。
この頃には、ルナの一挙手一投足が気になってしかたなくなっていた。
手元を覗くと、意味不明な線の羅列……いや、これは見たことがある。魔法具の模様だ。
「ルナ、何書いてるんだ?」
あいにく、ルナの魔法具の模様の意味は俺には分からない。
それでもルナが何を書いているのか興味があった。
「ん?意見書。偉い人に読んでもらおうと思って。」
……偉い人。
つまり、貴族階級の人間……いや、ルナのことだから王族に読んでもらおうとしている可能性もある。
前から思っていたが、かなり怖いもの知らずだよな、こいつ。
「…… 貴族階級の人間は一般階級の人間からものは受け取らないぞ。ましてや意見なんてしたら投獄ものの重罪だ。しかもなんだ、その意味不明な線の羅列は。」
「ああ!そうだった!日本語は通じないんだった!私文字書けない……って、投獄!?なにそれ、ひどくない!?」
「ハァ……妙なことは知ってるくせに、そんなことも知らないのか。そもそも、なんで文字も書けないんだ、お前は。」
呆れているのはこっちなのに、ルナはやれやれ仕方ない、みたいな表情で俺を見てくる。
だからその顔、イラっとするんだよ。
そこで聞かされたのは、ルナの村では誰も文字の読み書きができないという事実だった。
そもそも文字の読み書きなんて出来て当たり前だと思っていたから、なぜできるかなんて、考えたこともなかった。
「私たちだってこの世界に生きてるのに、まるでいないもののように扱われてるんだね……。」
最後に、ひとりごとのように呟かれてたこの言葉に、俺は衝撃を受けた。
そんなことはない、と言えなかった。現に、ルナの村がどんな暮らしをしているのかなんて知らなかった。話を聞く機会がないのは、当たり前だと思っていた。
でもそれは……俺たちが知ろうとしなかった結果なんだ。
「……すまない。」
「?なんでシーくんが謝るの?」
「いや……」
そうだ、俺が王族だと言うことは言っていない。身分が高いことすら言っていないのだから急に謝られても困惑するだけだろう。
「あのね、シーくんがなんか偉い立場の人だってことは気付いてるよ。」
「え?なんで……」
「なんでって……お礼や謝罪は言われるもので、家庭教師さんもついてる、良いもの食べてるし、着ている服も上質ってなれば、それなりに予想はつくよ。」
そうか……確かにそうだ。
ということは、俺がそれなりの立場の人間だって気づいていながらこの態度なのか、この女。
「シーくんが謝ることじゃないよ。
……というか、他の貴族の人にだって、それこそ王様にだって、謝って欲しいとは思わない。」
「なんでだ?」
お前が言ったんじゃないか。悪いことをしたら、謝って欲しいと。
……悪いと思ってなくても謝れ、とも言っていたが、今は心から悪いと思っているのに。
「悪いのは人じゃなくて、人にそういう行動をさせる今の決まり事だと思ってるから。
それを変えてくれないことに不満はあるけど、そもそもそれを変えるための行動を起こせない、私たち平民の力不足でもあると思ってる。」
目の前の女が言っていることが理解できない。ここにいるのは俺より4つも年下の子供なはずなのに、得体が知れない。
今までも何度もあったことだが、俺にはルナに見えているものが、全く分からない。
「だから、謝ってくれなくても……それが歩み寄りっていう意味なら嬉しいし、シーくんの謝罪が嫌ってわけじゃないけど……なんていうか、そんなことされるぐらいなら……えーと、」
「なんだ。はっきり言え。」
それまでしっかり俺を見ながら言っていたのに、急に言い淀む。
ルナがこうなることは良くあるが、大抵の理由が「まだ10歳の子にこんなこと言うのは……」だ。バカにしてんのか。俺の方が年上だからな。
俺の睨みつけるような視線に、渋々言うことを決めたルナは、さっきまでの焦りが嘘のように真っ直ぐに俺を見た。
その視線に……背筋がゾクゾクする。
「謝っている暇があるのなら、変えるための行動を起こしてほしい。」
「………」
「って、ごめんね。あの、ほんと、シーくんにやれって言ってるわけじゃなくて、いやほんと、子どもに言うことじゃなかったよね、」
言葉を失った俺に対して、焦ったように慰めの言葉を吐くルナに対して、ほんとにこいつは俺の神経逆撫でしやがって、と怒りを感じる。お前の方が子どもじゃないか。
それと同時に……言いようのない高揚感が全身を駆け巡る。
上等だ。やってやろうじゃないか。
俺はそれができるだけの地位を手に入れている。
ただし、やるからにはルナも巻き込んでやる。
お前も、行動を起こせる立場に引きずり込んでやるから……
覚悟しろよ。
この時、俺は初めて王太子に選ばれた、という状況に感謝した。
俺は、ルナの願いにこたえられる立場を手に入れたのだと。
理解できないこの女を、手に入れたい、とそう思った。
そのために、まず俺がやるべきことはひとつだ。
まずは、城に戻る。
そして、誰からも望まれる王太子になる。
この人しかいない、と誰もが思う王太子になれば、きっと、どんなわがままも通るようになるだろう。
その時にまた来るから……それまで、逃げるんじゃないぞ。
そうしてその数日後……俺は城へと帰っていった。
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