私は普通を諦めない

星野桜

文字の大きさ
上 下
14 / 68
第一章

彼女との生活〜Sideシェイド〜

しおりを挟む
「知らないわよあんたなんか!!」


 怒られたのは、初めてだった。


 誰もいないと思って来た森には、俺よりも幼い女がいた。
奴隷具をつけていたので自分を連れ戻しに来た誰かの奴隷かと思った。これは魔法具だと言い張っていたが信じなかった。
 信じない俺に、これが魔法だと見せられた映像の中には同じく奴隷具をつけた男たちがいた。


……禁止されている奴隷をこんなに囲って、一体何が目的なんだ。


「おい、こいつら全員奴隷じゃないか。お前の雇い主は何人囲ってるんだ。」


 そう言った結果、俺は生まれて初めて人から怒鳴られるという経験をした。








 ルナ・ハリスと名乗るその女との生活は、今まで経験したことの無いようなものだった。


 まず、いきなり現れた者に対しての警戒心がない。
明らかに訳ありな俺に対して、言いたくないなら言わなくてもいい、偽名でもいい、と言ってきたのには驚いた。
 しかも、偽名を名乗ったのは俺だが君付けで呼ばれるとは思わなかった。
俺の身なりは明らかに高位貴族以上のものなのに、敬語も使わず何の配慮もない。


 ルナは、今まで必要ない、と思っていたことを俺にさせようとする。
 感謝と謝罪が、それだった。


「~~♪……あれ?私の服は……?」


「知らない。」


「どこいっ……ねぇ、シーくんが今靴磨きに使ってるその布…」


「そこにあった。」


「それ!私の服!」


「これが……服……?」


靴の汚れが気になるようになったが、急いでいて靴磨きを忘れてしまったため、そこにあったボロ布を使った。ボロかったが、ないよりマシだと思ったのだが……服?これが?


「シーくんにはボロ布に見えても、私の服なの!新しい服なんて買うお金ないからうちの村は布を継ぎ足して使ってるの!」


「………そうか。」


そんなバカな、とも思ったが、この女は鳥の餌の方がマシだというようなものを食べていた。
とんでもない偏食家だと思って注意したが、これしかないと言われ、信じないまま水で手を洗ったら泣かれた前科がある。
 ずっと王宮や王都しか知らなかったため、辺境の村がこんなことになっているだなんて、思いもしなかったが、これが現実のようだ。


「そうか……じゃなくて!前から思ってたけど、ごめんなさいのひとことぐらい言ってよ!」


「……なぜだ?」


「だって、これは数少ない私の服なの。それを靴磨きに使われたらいい気分しないよ。シーくんからしたらボロ布だけど、私にとっては大事なものだから、それをぞんざいに扱われたら嫌だよ。」


「ルナが不快な思いをした、ということは理解した。」


「うん、分かってくれてよかった。」


「………」


「………」


「………」


「………あれ?それだけ?」


「?他に何を求めているんだ?」


 不快に思った、というルナの発言は聞き届けた。それなのにルナはまだ何かを求めている。
 城では王族から発言を聞いてもらえるだけで名誉なことなのに、それで満足していない。


「だから!最初に言ったでしょう?謝ってほしいの。」


「謝る……俺が?」


「うん。」


「謝罪や感謝の言葉は向けられるもので、言うものではないだろ?」


 そう言った途端、ルナは頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「あなた……一体どういう教育受けて来たのよ。」


 そこから、ルナによるありがとうごめんなさい講座が始まった。


 初めは、悪いことをしたら謝る、何かをしてもらったら感謝をする、それは人としてとても大切なこと、など道徳的なことを言っていたようだが、最終的に、


「思ってなくてもごめんなさい、申し訳ありませんって言っておけばなんとかなるの!感謝してなくてもありがとうって言っておだてておけばなんかいい感じになるの!この魔法の言葉を使えないなんて、人生損することになるからね!」


などと言っていた。いい話だと思っていた俺の時間を返せ。
しかもその鼻歌……女神のしらべの正体はお前か。あの時の感動も返せ。





 それ以来、


「あいさつされたらちゃんと返してね。シーくんイケメンなんだから笑顔で言っておけばそれだけで味方が増えるよ。」


「それは、シーくんの考え方であって、私はそう思わないの。自分の考えを持つのも、それを人に話すのもとてもいいことだけど、押し付けるのはやめて。私には、私の考えがあるの。
……この子はきっと5年後に覚醒する!歌だって今に上手くなるんだから!
あれ?これ、今度は私が押し付けてる?」


「人の話を聞くときは、ちゃんと相手の目を見て聞いて……あ、まって、ずっと見られるとお互い気まずいから眉間のあたりがいい。」


「シーくんには粗末に見える食事でも、私にとってはお父さんが一生懸命働いてくれた結晶なの。だからね、シーくんが今食べてるご飯だって、誰かが頑張ってくれたおかげなんだから、ちゃんと感謝して食べて……ね、ほんと、お願いよ。」


「こらっ!舌打ちしないの!するならもっとカッコよくやって!」


など、口うるさく言うようになった。
しかし、いつも最後に力が抜けるようなことを言ってくるので、あまり説教に聞こえない。
どういうつもりなのかと思っていたが、
「……しっかりした大人に…!」
などとひとり呟いているのが聞こえた。


 俺の方が年上なのに馬鹿にしているのか、とも思ったが、今はしっかりしてないってことか……と考え、俺が王太子に選ばれた時の反応を思い出した。
城を出る前の事を思うと、俺は普段周りからよく思われていなかったのかもしれない。
 確かに兄を思い出すと、よく城の者にも挨拶をしていたし、騎士やメイドと笑顔で話していた。兄は、しっかり教育を受けていたのだ。


 一方俺には、そういった教育はなかった。よく思わなくても、それを面と向かって言ってくれる人は誰もいなかった。
今思えば、誰も第5子に興味はなかったのだろう。
父も、俺に興味はなかった……だから、教えてくれなかった。


「……今度から、気をつける。」


 そのことに気づいたとき、今まで面倒だと思って聞き流していた説教にたいして、初めてそう言った。
ルナは、俺を見ていてくれて、俺のために言ってくれていたのだ、と気がついた。
少しくらい、聞いてやってもいいかと思った。


「……うん。聞いてくれて、ありがとう。」


「……ああ。」


……これは確かにいい感じになるな。
笑顔で言われるありがとうの威力を知ったこの日。ルナの言っていることに信憑性を感じたこの日から、俺はルナの言うことを真剣に聞くようになった。


 ただ、魔法具に映るアイドル、とかいうものの話になるとやたら長くなるのはどうにかしてくれ。









「それが魔法具って、ルナは一体なにを願ったんだ?」


 ある日、いつものように魔法具(ルナはスマ本と呼んでいた)を見ながら聞いたこともないような話をしていたルナに、そうたずねた。
 前から疑問に思っていた。奴隷具のような形で現れ、そのせいでここに来ることになったのだ。
さらに見たことのない魔法、一体何を願ったらこうなるのか、知りたかった。


「普通の世界がほしい。」


「……普通の世界?」


 それは、予想外の答えだった。
普通、ということは当たり前、ということだ。
望むようなことではない。


「そう。誰でも、美味しいご飯がお腹いっぱい食べられて、きれいな水をいっぱい飲めて、病気になったら治療をうけて、子供はみんな教育を受けて文字の読み書きができる、そんな世界。
……それが、普通だっていえるような世界。」


「それ……は、」


 なにも言えなかった。
なぜならそれは、俺にとっては普通のことだったからだ。望むまでもなく、与えられてきたもの。
 それが……ルナにとっては儀式で願わなければ得られない、と思ってしまうほど遠いものだったのだ。


「シーくんは?何を願ったの?」


 ……城でよく思われていなかった願いを、口に出すことは躊躇われた。
この願いは、誰にも理解されることがなかった。
しかも、ルナのようにささやかで美しいものではない。


 それでも……言いたい、と思った。
もしも駄目なことがあったとしても、ルナならきっと教えてくれる。何が駄目だったのか、どうすればよかったのか。
 兄の補佐をするために願ったこの巨大な力の行き場を、俺は未だに見つけられずにいた。


「……最強の力。」


 どんな言葉でもいい、この願いがルナからどう見えるのかが、知りたかった。


「さいきょうの、ちから……」


 目を見開いて言葉を失ったルナに、駄目だったか、と落胆する。
 それはそうだ。ささやかな生活を願った相手に、こんな強欲な願いなど……。
ルナも、何て言ったらいいのか分からなくなるに決まっている。


……そうだ、アイドルの話を降ろう。
そうすればいつもの長話が始まるはずだ。どんな長話でも、今なら聞いてやる。
そう思っていた時……


「天才か。」


 ……たったひとことで肯定された。


「……強欲な願いだと、思わないのか?」


 ダメ出しが始まると思っていたため、予想外の結果に呆然としていると、ルナは不思議そうに言った。


「強欲じゃない願いなんてあるの?」


「え……」



「それより、シーくん頭いいね!そうだよね、どんな願いも叶えてくれるなら、もっと大きいのにすればよかった!
いや……でも私は今のスマ本、気に入ってるんだよな。動画も見られるしブログも見られるし……うん、やっぱりこのままでいいや。」


「気に入ってるのか……?それ、」


「気に入ってるよ!持ち運びに便利だし、アイドルも見られるし、それにかわいいでしょ?」


 それのせいで毒まみれの森に来ることになったのに、心底自慢げにそう言ったルナのことを、心底理解できないと思った。
多分、俺とは見えている世界が違う。








しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く

川原源明
ファンタジー
 伊東誠明(いとうまさあき)35歳  都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。  そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。  自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。  終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。  占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。  誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。  3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。  異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?  異世界で、医師として活動しながら婚活する物語! 全90話+幕間予定 90話まで作成済み。

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ

トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!? 自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。 果たして雅は独りで生きていけるのか!? 実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています

処理中です...