30 / 30
◇ 分岐点 ◇
⑮-2
しおりを挟む「はぁ。もう……マジでビックリしたんだからね。ていうかあの人まだアシなの?」
ひとしきりハルとじゃれて満足したケイタが、畳まれていたパイプ椅子を持ち出してきてハルの隣を陣取った。
「みたいだな」と頷いた俺は顔色一つ変えなかったと思うのに、すべてを知るケイタの視線は心配げだ。
「……アキラ、大丈夫だった?」
「大丈夫も何も。〝無〟だよ、無」
「一言も話してないの?」
「当たり前だろ。話すことねぇし。時間の無駄だし」
「そっかぁ。それもそうだねぇ」
ヘアメイク担当が今日アシスタントとして連れてきた女が、何の因果か件の元カノだった。
心の準備もしてないうちから出くわし、さすがの俺も一瞬驚きはした。ただそれは、当時のことを思い出して何らかの感情が湧いたとか、そういうわけじゃない。
ケイタの言葉通り、〝まだアシスタントなのか〟とそっちに驚いたんだ。それと同時に衝撃を受けたのは、元カノの容姿。
ひどい言いようだが、元カノは当時から特別美人ってわけではなかった。それを本人も分かっていて、自分に合った年相応のナチュラルメイクを探求していた。……はずなんだが。
── 六年という月日は短いようでいて長かったらしい。時の流れってものは残酷だ。
ヘアメイクアーティスト志望でメイク専攻してたはずなのに、元カノは当時よりも濃いメイクで無理に若作りをし、それに伴って服装も迷走し、結果かなり痛々しい女性に成り下がってしまっていた。
それだけならまだしも、何かと注意ばかり受けていて仕事も出来ない様子だった。
あれでは、ヘアメイクアーティストとして一人で現場に向かわせるのは不安だろう。
鏡越しに嫌でも見聞きする光景に、俺はとても残念な気持ちになった。
仕事でもプライベートでもどっちでもいいから、元カノには〝幸せ〟を掴んでいてほしかった。
── 自分を見失わずに。
「あ、あの……もしかして、アキラさんの元カノさんが来てるんですか? そういえばヘアメイクさんだって……」
俺とケイタの会話でおおよそ予想がついたようで、神妙な顔をしたハルが恐る恐る尋ねてきた。
「そう、アシスタントとしてな。俺も知らなかったから一応少しだけ驚いた」
「一応……ですか」
ハルには全部話してしまったからって、こんな言い方したらハルが気にする。そんなことは分かってるんだが、俺がどんな野郎でもハルは受け止めてくれると分かると、本心は隠せなかった。
普段は庇護欲ばかり掻き立てられるハルなのに。
今さらだが、これはセナが虜になるわけだ。
「……てかケイタ、俺はお前の方が心配なんだけど。あの時みたいに余計なこと言ってねぇだろうな?」
「言うわけないでしょ。初対面のフリしたよ」
「ん、それでいい」
「セナだったら間違いなく怒ってただろうけどね」
「……そうだな。怒るっつーかキレるっつーか。とにかく不機嫌丸出しだったかもな」
未だ元カノとの件に納得してないセナとケイタは、当事者の俺より感情的になりやがる。
あの時だってそうだ。
大切な初日舞台の直前だってのに、二人は……。
「すみません、話を蒸し返してごめんなさいなんですけど……。アキラさんは元カノさんをシカトしたって言ってたじゃないですか。でも聖南さんとケイタさんは……黙ってなかったんじゃないですか?」
……驚いた。
指の隙間からケイタをチラ見しながら、そこまで推測してるとは思わなかった。
俺がその後のことをあえて割愛したのは、カッとなって我を忘れた二人の暴言をハルに聞かせたくなかったからなんだ。
ケイタはともかく、夜の世界を生きがいにしていたセナの口はとことん悪かった。
早い話が、ピー音満載。
シカトを貫くのが難しかった。
グゥの音も出ない元カノに対し、口が達者なセナは自身の主張も交えて俺の気持ちを代弁した。それに、いくらか経験を積んでいたらしいケイタも勇んで追随していた。
いや、あれは代弁じゃないな。
〝一方的な喧嘩〟、もしくは〝ただの文句〟だった。
やっぱりハルに詳しく語って聞かせるのは、気が引ける。
何より、セナの沽券に関わる。
「……フッ、ハルにしては察しがいいじゃん。俺がシカト出来たのも、二人が〝全部〟、俺の気持ちを代弁してくれたからだ」
「へぇ……そうなんですね」
「詳しく聞きたいなら、セナ本人に聞いてみてくれ。これ以上はノーコメントだ」
「えぇっ? そんなぁー!」
ここまで話しておいて出し惜しみするなって感じなんだろうけど、ほっぺたを膨らませた幼稚なハルには刺激の強い話だからな。
カッコ悪い過去も、美談でも何でもない男女間のあれこれも、黙って聞いてくれただけで俺は嬉しかった。
もう一人弟が出来たって感覚、存分に味わわせてもらったよ。
俺に恋愛は向いてない。
まだまだしばらくは、隙間なく入ってるスケジュールをこなす事と、手のかかる弟たちを見守る事に徹しようと改めて思った。
まずは、ハルが見惚れてくれたこの〝コスプレ〟舞台の再演を、大成功させてやろうじゃん。
だからハル。
何もかも吹っ切れてる兄ちゃんのカッコイイ芝居、絶対観に来いよ。
CROWNの絆 sideアキラ
─ 完 ─
21
お気に入りに追加
19
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
須藤先生
ご無沙汰してます💕
新しいお話、ありがとうございます😊
体調の方は大丈夫でしょうか?
完結してからまとめて読もうと思ってたら、なんだか忙しく、お盆休みに一気読みしちゃいました。
大好きなアキラさん語り❤️めちゃ嬉しいです。
あの素敵なアキラさんにも、こういう人間くさい(変な表現ですみません)ドラマのような過去があったんですねぇ。まぁこの過去があったから更に人間として深みが出て、アイドルとしても役者さんとしても大成できてるんですねぇ。
セナさんとハルちゃんのお話も先生の生活に余裕ができたらまたお願いしたいところですが、わがままは言いません。ずっと待ってます。長文失礼しました。
酷暑の中、どうぞお身体ご自愛下さいね。