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◇ 分岐点 ◇
⑭-2
しおりを挟むこのまま話題が逸れればいいと思ったんだが、そうはいかなかった。
まったく喜びが伝わってこねぇ「わーい」に笑わされた俺は、話の最中で机に置きっぱなしだった帽子を被った。
背中まである赤い長髪のカツラも、いい加減重たくてかなわない。
ハルに言い渋った俺の本心を打ち明けるとなると、頭と同じく心まで重たい。
「……俺は、何も言わない方を選んだ」
「えっ!? 言わなかったんですか!? どうして……っ」
「んー……」
あの日……俺とケイタが出演する舞台の初日を台無しにした元カノに対し、俺は……セナに二択を尋ねる前からシカトすることに決めていた。
セナにも意見を求めたのは、俺の選択が多数派なのか少数派なのかを知りたかっただけだ。
そして案の定、俺は少数派だった。
意地と、男としてのプライドと、持ち前の薄情さがいかんなく発揮された瞬間だ。
だがこれを、ハルには言いにくかった。
後輩から未だにビビられる存在の俺に、なぜかは分からないがハルはめちゃめちゃ懐いてくれている。
まるでお兄ちゃんが出来たみたい、だとさ。
ンなの、そりゃあもう撫で回したくなるほど可愛がりたくもなるだろ。世話を焼きたくもなるだろ。セナが癇癪起こしてハルを困らせたりしねぇように、見張っとかなきゃと思うだろ。
そんなハルが、俺の冷酷さに幻滅したら嫌だ。本心を言ってハルに嫌われるのが怖い。
単純な話だ。
「言えばよかったのに……。なんで言わなかったんですか」
俺のつまんねぇ過去話に熱心に耳を傾けてくれていたハルも、どうやら元カノとの別れに納得がいってない様子。
自分は何されたって怒んねぇお人好しのくせに、大事な人が傷付けられたと知るや烈火の如くブチギレる激情派な一面も持っているハル。
どうして元カノに痛烈な餞別をくれてやらなかったんだ、とでも言いたげだ。
「いやまぁ、言いたいことは山ほどあったよ。別れ際の言葉、あれは本心だったのかとか……。見境無く、しかも現場で男に声掛けまくってんのはどういうつもりなんだ、とか……」
「はい、……」
「でもな、ケイタが元カノ連れて楽屋に入って来たとき、「やっぱ無理だな」と思ったんだよ」
「……無理? 無理って、何がですか?」
廊下で現場を目撃した瞬間から、俺の答えも、気持ちも、決まっていた。
だが口のうまいセナの言葉で、その決定がほんの少し揺らいだのも事実だ。
『結婚を焦ってるからって、こんなとこで男漁りするな』くらいは言ってやろうか……そう考えた矢先、ケイタに連れられてやって来た元カノを見て……俺の心のシャッターが静かに下ろされた。まさに、閉店ガラガラって感じで。
「……なんだろうな。言葉にするのは難しい。俺の中にあった元カノへの情ってやつが、キレイさっぱり無くなったからかな」
「え……それって、元カノさん自体が無理だと思った、って事なんですか?」
「そうなる。冷たいヤツだろ、俺」
「い、いえ、そんな……」
自虐的な苦笑いを浮かべると、ハルの大きな黒目がウロウロと泳いだ。
なんて返したらいいのか分からない。そんな表情で、しばらくモジモジしていたハルの視線が俺の〝コスプレ〟姿に戻ってくる。
ちゃんと目が合ってから、俺は内心恐々としながら話を進めた。
「セナには言われてたんだけどな。言いたかったこと全部言えって。でも言えなかった。元カノと接するのは時間の無駄だと思っちまったから」
「……アキラさん……」
「少なからず俺は、元カノのことが好きだったんだと思う。マジで面倒だと思ったことは一度や二度じゃねぇし、別れた方が楽なんだろうなって思うこともいっぱいあった。俺の中で優先順位が変わらなかったら、もしかしたら……とか、別れてからも未練ったらしく想像したこともあった。誰にも言ってねぇけど」
話し始めたら、止める方が難しかった。
俺だって一人の人間で、ただの女々しい男だってことをハルに理解してもらいたかった。
〝頼りがいのあるお兄ちゃん〟と思われて嬉しい反面、俺はそんなヤツじゃないのにと、どこかで卑屈な思いが渦巻いていたのかもしれない。
ハルこそネガティブ思考の持ち主で、いっつも卑屈なことばっか言って持ち上げてやるのが大変だったりもするが、俺は正直、そんなハルの考えそのものを毎度否定する気にはならねぇんだ。
「あの……それって……アキラさん、別れに納得してなかったんですよね?」
「そういう事だな。マジで、セナとケイタの方が俺のことをよく分かってる。意地張ってたんだよ、俺。フラれたと思いたくなかったのかも」
プライドだけは一丁前なんだよな、俺って。
だから誰にも、俺がたまに自虐に走りそうになるってことを悟れてはいない。
元カノと別れたのだって、明確な理由があった。
たとえ双方が納得して別れたとしても、少なくとも俺のプライドと思いはズタズタになった。
二度と恋なんかするかって、仕事に生きてやるって、反発心だけが俺を支えていた。
あんな形で元カノと再会しなきゃ、セナの言う〝いい経験〟で終わっていたんだろうが。
「じゃあ、もう元カノさんとはそれっきり……?」
「フッ、それがな、……」
ハルの俺を見る目が、慈しみに溢れているような気がした。
すべてを話しても、幻滅されてない。嫌われてもなさそう。
過去を自らで精算し、しまい込んだ記憶の中に何もかもを閉じ込めたセナが心を許したハルに、俺も洗いざらいを話してしまったが後悔は無い。
過去に思いを馳せて黄昏れていた一時間前と比べると、ハルの大きな瞳から親愛のこもった視線を受けた俺の心が、宙に浮いてしまいそうなくらい軽くなっていた。
バタンッと派手な音を立て、勢いよく扉を開いた〝金髪セミロングのコスプレ姿〟の男が必死の形相をしていたとしても、もはや俺は動じない。
「ちょっ、アキラ!! アキラっ!!」
「なんだよケイタ。うるせぇな」
のしのしと近付いてくるケイタに対し、コイツが何でこんなに憤ってるかを知る冷静な俺は、笑みまで浮かべて悠々と足を組んだ。
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