CROWNの絆

須藤慎弥

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「── ったく、何なんだアイツは!!」


 バンッ! と勢いよく扉を開けて入って来たのは、過去の片鱗を覗かせたセナだった。

 その音にもセナの怒号にも驚いた俺とケイタは、揃ってペットボトルを床に落とし唖然とした。

 ……前言撤回。

 セナは、ヤンチャ時代をまだ存分に引き摺ってやがる。てか過去を消すことなんか、はなから不可能なんじゃないか。


「ビックリしたぁ……。どうしたのセナ。お怒りだね」
「お疲れ、セナ」


 めちゃめちゃ不貞腐れたツラはしていたが、「お疲れー」と挨拶はちゃんと返してくる辺り人間ができている。

 ただ、セナがここまで不機嫌さを顕にしてんのは珍しい。

 公演前の初日舞台あいさつの時間が迫る中、その剣幕が異様だと感じた俺は鼻息の荒いセナに近寄って行った。


「どうしたんだよ、セナ。大丈夫か?」
「いや悪い。お前らにキレてるわけじゃねぇんだ。よく分かんねぇ女に付きまとわれてさ」
「えっ、女に付きまとわれたの? セナに話しかけて付きまとうなんて勇気あるなぁ、その子」


 あー……なるほど。不機嫌な理由が分かった。

 こう見えてセナは肉食系女子が苦手だ。

 どこからどこまでがそれに当てはまるのかは知らねぇが、言い寄ってくる女の中でも特に気の強そうなタイプを敬遠する傾向にあった。

 しかめっ面で「付きまとわれた」と話すセナが、相当に嫌がってるのは表情で見て取れる。かなり強引に迫られたんだろう。

 長い付き合いのケイタも察したらしく、俺達の方に近付いてきながら濃い苦笑を浮かべた。


「ちなみにどこで?」
「裏から入ってすぐだ。そこの廊下まで追いかけてきてな。ヘアメイクだか何だか知らねぇけど、今度担当させてくださーいって。ガッツリ谷間見せてきやがって。魂胆丸分かりなんだよっ」
「……肉食系ダメだもんな、セナ」
「ムリ。マジでムリ。あんま大人しいのもヤだけど、あんなに女を前面に出されると鳥肌が立つ」
「あ~分かるーっ! まだその子廊下にいるのかな? 見てみたーい!」
「あ、おいケイタ! 覗き見は失礼だぞ!」


 まるで学生のノリだ。

 俺が止めても言う事なんか聞きゃしねぇ。

 楽屋の扉を少しだけ開けたケイタが、コソッと廊下を窺う。その後ろにセナも張り付いた。

 やめろっつったのに……。


「ねぇねぇセナ、……あの子?」
「ん? ……あっ、そうそう。アイツだよ」
「まだウロチョロしてたんだ。セナの次は向田くんがターゲットになってるね」
「誰でもいいんだよ、あの手の女は」
「試しに俺も外ウロウロしてみようかなー。俺は声掛けられなかったりして。あの肉食系女子にも好みがあるかも。俺もセナも向田くんも全然タイプ違うじゃん? 実験しよ、実験」
「なんで舞台裏がナンパロードになってんだ」


 二人の背中を見てる俺の位置からは、その肉食系女子の姿は拝めなかった。

 セナの次は共演者の向田という役者をターゲットにしてるらしいが、それがマジならどんだけ必死なんだって話だ。

 明らかに面白がってるケイタが、自分も声をかけられるのかどうかという悪趣味な実験をしたくてウズウズし始めている。

 だがあと十五分で舞台あいさつなんだ。俺は、セナとケイタの悪ノリを全力で止める義務がある。


「あははっ、それじゃ俺もナンパされてこよーっと!」
「やめとけ。悪趣味だぞ、お前ら」
「俺は被害者! 逆セクハラ受けた気持ちになってっから被害者同然!」
「分かった。セナ、分かったからそんなに顔を近付けるな」


 ここは女に飢えてる男子校かよ。ノリがマジで男子校のそれなんだが。

 俺がセナの顔のドアップに怯んだ隙に、ケイタに「行け」と指示を出したボスは、さっきの不機嫌がウソみてぇに晴れやかな表情をしていた。

 ゴーサインを受けたケイタが迷わず廊下に出て行く。

 肉食系女子に好みってもんがあるのかっつー興味深い実験のためだからって、あんなに颯爽とナンパされに行く奴が居るかよ。


「アキラ、見てみろ。あれが肉食系の本性だ」
「あ?」


 その実態を見逃すまいと廊下を覗いていたセナが、ふと俺を振り返ってきた。

 お前らと同レベルにはなりたくねぇ。……と仏頂面をかましてた俺の腕を、セナがガシッと掴む。


「おいっ、俺は別に……!」
「いいから見てみろって。ケイタ、あれまんざらでもないんじゃねぇ? 仲良く喋ってんじゃん」
「はぁ? …………っっ!」


 強引に共犯への道を辿らされた俺は、仕方なく扉から廊下を覗いてみた。

 ドラマのワンシーンを撮ってるような画角で、肉食系女子とケイタの談笑する姿がバッチリ目に入って鼻で笑おうとした、んだけど。


「……アキラ?」
「…………」


 少し離れた位置でも、両目の視力が1.5以上の俺には、ケイタはもちろんその前に居る露出高めの服を着た女のツラも、そりゃあもうクッキリと見えた。

 そのおかげで、俺は中腰で一歩後ずさる。


「おいアキラ、どうした?」
「いや……」


 どうしたもこうしたも。

 ケイタの実験に引っかかった肉食系女子ってのが、見たことあるって言葉では足りないほどよく知ってる女だった。

 そういやセナがめんどくさそうに言ってたっけ。『ヘアメイクだか何だか知らねぇけど……』って。

 じゃあもう、〝そう〟じゃん。

 確実にアイツじゃん。


「あれ……俺の元カノだ」



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