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◇ 分岐点 ◇
⑫-2
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怒涛の日々の成果がいよいよ形となって表れる、舞台初日。
俺とケイタは大部屋でなく二人きりの楽屋を割り当てられていて、本番の一時間前には準備万端整っていた。
重たい衣装とカツラを装着した俺たちは、クタクタになった台本を開いて最終確認をした。
今日ついに、披露できる。ミュージカル初心者の多い現場で、スタッフ連中にははじめこそ若干の懸念を抱かれていただろうが、ゲネプロではみんな完璧だった。
早くも体内にアドレナリンが湧きつつあったが、似たような緊張感はCROWNの歌披露の本番前で何度も経験済みだからか、そこまで気負いが空回ることもなかった。
ただただ、練習の通りにこなすのみ。
舞台に立つのがまったくの初めてではないことも功を奏し、顔合わせから今日までかなりしんどくもあったが、稽古はわりとスムーズだったように思う。
まだ観客への披露前の初日でありながら、俺には確かな自信と余裕があった。
おそらくケイタもそうだったんだろう。
一旦休憩しようと、俺たちはどちらからともなく台本を閉じ飲み物を手に取った。そして、あまり根詰め過ぎて集中力を鈍らせないために、休憩も兼ねたリラックスモードに頭を切り替えた。
「── 別れてから全然連絡取ってないの?」
「は?」
ケイタのそれが何のことを言っているのかすぐに気付きはしたんだが、それにしても唐突だった。
いくら明け透けな仲だからと、大切な本番前にするような話じゃない。
黙った俺に、ケイタは金髪セミロングのカツラをなびかせながら「どうなの?」とグイグイ迫ってくる。
物理的にじゃない。ケイタ特有の興味津々オーラで、俺を精神的に追い込んでくるんだ。
どれだけ図体が大きくなろうと、この弟っぽさを無自覚に出されると弱い。俺もセナもひとりっ子なのに、ケイタより年上だってだけで随分と兄貴風吹かせてたしな。
バリバリの西洋軍服に身を包んだアイドル兼俳優が、本番前は恋バナに咲かせてるなんてシュール過ぎるが、ケイタは目を爛々と輝かせている。
この調子だと俺が口を開くまで「どうなの?」攻撃を仕掛けてくるんだろうから、早めに答えてやった方が時間の無駄にならなくていい。
「……その日のうちに向こうの番号は消したし、俺は俺で番号変えたから連絡の取りようが無い」
俺に彼女が居たことを事後報告で知ったケイタは、怒り心頭だった。
〝なんでもっと早く教えてくれなかったの〟、〝セナとアキラで俺のこと仲間外れにしようとしてる!〟……そう言ってガチめにキレていた。
まぁ、どうして俺が二人にさえ彼女の存在を明かさなかったかを説明すると、めちゃめちゃ不貞腐れてはいたが納得はしてくれたんで安心した。
何しろケイタはセナと同様に、俺が隠していたことについてを一切咎めなかった。裏切っててゴメン、と謝る隙も無く〝仲間外れ〟にキレていた。
あげく、俺が一番ツラい時に話を聞いてやれなかったことが悔しいんだって……薄っすら涙目になっていやがった。
セナもケイタも、お人好しが過ぎる。
そんなだから俺の中に、お前らのためなら何でもするぐらいの気概が生まれちまったんだよ。
「へぇ~、そうなんだ。でもそんなにスッパリ切れちゃえるもんなの?」
かつて辟易していた俺への究極の選択は、説明上話さなきゃいけないことでケイタも知るところとなった。
『その子はアキラのこと何にも分かってない』と憤慨していたケイタに、決めきれなかった俺にも責任があると話すも、そこはあんまり納得していない風だった。
「だって、何年も付き合ってたんでしょ? 彼女も……あ、いや元カノか。元カノもさぁ、アキラが人気者になったからっていきなり別れを切り出すなんておかしいよ。アキラはCROWNでデビューする前から芸能人だったわけじゃん。それを分かってて付き合ってたんじゃないの? どうして俳優だったら待てて、アイドルだったら待てないの? アキラ、元カノが言ってることおかしいって思わなかったの?」
「んー……」
怒りが先行していたせいで聞きそびれた事を、今がチャンスとばかりに尋ねられてる気がしてならない。
そう言われても……と、突っ張るカツラに触れた俺は彼女の別れの言葉を思い出していた。
俺は、彼女に強い結婚願望があったから別れを選択されただけだと思っていて、ケイタの言う〝おかしさ〟をどうしても見つけられなかった。
ていうか、俺は彼女が望む幸せをすぐには与えられない。だから、〝しょうがなかった〟。
早い段階でCROWNの方に比重が傾いてたし、ケイタがそこまで憤る意味も分からない。
「あのな、引かれるの覚悟でぶっちゃけるけど。今となっちゃ、ハッキリ言って元カノのこと好きだったかどうかも分かんねぇんだ。間違いなく情はあったんだけどな」
そんなに感情的になることはないだろ、と苦笑いしながら、別れてから気付いた俺の不甲斐ない本心を打ち明けた。
「アキラがそう言うってことは、ちゃんと好きだったんだと思うよ?」
「どうだかな。俺は薄情だって自覚はある」
えー、と顔を顰めるケイタには、自らを卑下する俺が彼女を庇っているように聞こえているのかもしれない。
そんな意識はまったく無いんだが、彼女との付き合いを否定したくない気持ちが僅かにあったのは事実だ。
ただしそれは、あくまでも〝情〟。
ケイタが納得いかなくても、俺は納得してるからいい。それだけの事だ。
しかしお年頃なケイタの口は止まらない。
「アキラってガチの一人っ子気質じゃん。気になることには首突っ込むけど、興味無いことには一切無関心だもん。何年も情だけで付き合えるほど器用な男じゃないと思う」
「……さりげなくディスってねぇか」
「自分で言ったんじゃん~! 薄情だって自覚はあるんでしょ? 俺が言いたいのは、薄情な人が興味無い人と何年も続かないよってこと~」
「…………」
はぁ。言いたいことは分かったよ、ケイタ。
口の周りをチョコで汚しまくってた子どもと同一人物とは思えない。
いつからケイタは、こんな的確に俺のことを分析してやがったんだ。
自分のことで精一杯だった一つ下のガキんちょが、いつの間にか俺の終わった恋愛に物申すようになっている。
「浮気も許したらしいじゃん」
「それはまぁ……。俺が悪かったんだろうし」
「ヘンなとこで優しいよね、アキラ。昔からそう。浮気された方が悪いって、そんな無茶苦茶な定義無いよ」
「寂しいと誰かに縋りたくなるもんだろ」
「そういうとこー! ……あーぁ、どうしてそこで薄情さを出さなかったのかな。浮気したこと許したのに、結局向こうから別れを切り出されちゃってるじゃん。アキラのこと振り回さないでほしいよ」
「振り回されるも何も、もう別れてっから」
「そうだけどさぁ……」
ケイタは俺側の人間だから、話だけ聞いてる限りじゃ彼女を良く思えないのは当然だ。
それより何より、マジでどうして、セナもケイタも付き合ってたこと自体を俺に追及しねぇのか。
これはダチ同士で語る恋バナとはワケが違えんだぞ。
二人とも、俺が理不尽な別れを余儀なくされて可哀想だって同情してんのか? 俺自身が納得済みなのに、なんでこんなに自分のことのように感情を爆発させられるんだ。
別れて正解、ぐらい言ってくれていいんだが。
「あ、そういえば今日セナが観に来るって言ってたね」
まだ話し足りない雰囲気を出しつつ、ふとケイタが立ち上がった。
どこに向かうのかと思えば、ロングブーツの踵を鳴らして長机に向かう。そこには、とても二人じゃ処理しきれねぇほどのお菓子の山と飲み物が並んでいた。
甘いもの好きは変わらないケイタが、魅力的な山からゴソっとお菓子を一掴み取って戻って来る。
「……初日だからな。セナなりに責任感じてんだろ」
「セナもほんっとお人好しだよねぇ。ていうか優しい。見た目あんなにチャラいのに」
「お前それ本人に言わない方がいいぞ」
「え、なんで?」
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