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◇ 分岐点 ◇
⑪-2
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「── え、CROWNに舞台の仕事?」
それは、いよいよ完成したアルバム発売を翌週に控えた週末の事だった。
社長からの呼び出しで集められた俺たち三人に、ミュージカル主体の舞台のオファーが来ていることを発表された。
なぜか俺らメインキャスト以外は、全員駆け出しの役者。
その場で仮の台本を読ませてもらったが、CROWN人気にあやかってることがありありと分かる配役と演出に、俺らは一様に謙遜の気持ちを抱いた。
何しろ俺が主役だったからだ。
「いや……俺は無理だ」
台本をパラパラと捲り、ロクに目を通しもしないでそう呟いたのはセナだ。
俺とケイタはともかく、役者の道を自ら諦めたセナには確かに酷なオファーだと思った。
案の定、滅多に見せない苦笑いを浮かべてそっと台本を閉じたセナに、誰よりも事情を知るはずの社長が食い下がる。
「監督はCROWN三人の出演を熱望しているが。アキラとケイタはどうだ。やる気はあるか」
「うーん……」
「…………」
セナから俺たちに視線を移した社長が問うも、俺とケイタは渋い表情で顔を見合わせた。
この頃、三人の中で一番背が低かったケイタは無事に成長期を迎え、俺とほぼ目線が変わらなくなっていた。
セナはというと、出会った頃よりさらにデカくなりやがって、俺をあっさり置いて百八十五の大台を突破。
まだ足が痛いとぼやくケイタにも、近いうちに俺は追い抜かされるだろう。
まるで少年だった顔も大人びて甘いマスクに、そのうえ背も伸びたとくれば恋愛ドラマや映画に引っ張りだこなのも頷ける。
対して俺は、年齢のわりに堅い職業の役柄が多い。
キャスティングするうえで顔の印象ってのはかなり重要なんだってことを、身に染みて感じている。
「── アキラ、どうだ? お前はミュージカルは何度か経験があるから、セナやケイタに良いアドバイスが出来るんじゃないか?」
社長は何としてでもセナを丸め込んで、三人での出演を実現させたいらしい。
ミュージカル経験のある俺が主役に抜擢されてる辺り、そういう事なんだろう。
ただ俺は、セナがオファーを受ける受けない関係無く、信条として決めていることがあった。
「いや……今の状況だとちょっと厳しいかも」
「俺もそう。ていうかその舞台受けちゃったら、ダブルブッキングになっちゃうよ」
「そうなんだよな。俺もケイタも再来月までドラマの撮影入ってるんだ。合間にCROWNの活動もあるし、正直その舞台までこなせる自信も余裕も無え」
期待のこもった目で見てくる社長に歯向かうようで悪いんだけど、俺もこれだけは譲れない。
役者の仕事は、CROWNをより大きくするための個々の活動の一環に他ならない。俺の好きなことでもあるし、熱中できることでもあって、それがCROWNの飛躍に繋がるならって以前とは確実に違う心持ちで臨んでいる。
俺も、そしてケイタも、CROWNを最優先に考えてるのは同じだ。
スケジュールの調整さえすれば、ダブルブッキングでもこなせない事はない。
何たって俺とケイタは、主役や準主役として来た仕事は全部断ってるから。
セナだけでなく、俺とケイタまで難色を示したことで社長はガッカリしちまってるが、こればっかりはしょうがない。
「……なぁ、割って入って悪いんだけど」
静まり返って気まずい空気が漂っていた社長室に、セナの声がやたらと響いた。
俺とケイタが並んで腰掛けてる向かいで、一人で悠々とソファを占領しているセナが顔に似合わない小首を傾げる。
「二人は自信と余裕が無えんだよな? なんで?」
「な、なんでって……」
「なんでって……」
素朴な疑問にしては、核心を突いている。
だからって言い合いする空気でもないし、俺は至って冷静に返した。
「俺らドラマが入ってるって言ったけど、一番はCROWNの活動に支障をきたしたくないからだ」
「主役級の話を全部断ってるのも、そういう事だよ。俺もアキラも、CROWNが一番大事だから。セナだってそうでしょ? モデルの専属契約してる雑誌は一社だけだって聞いてるよ? ホントは六社から話あったのに」
「なんで知ってんの」
マネージャーが同じなんだから、知らない方がおかしいだろ。
無邪気に痛いところを突いたケイタの言葉に、セナの眉間に皺が寄る。
それを見た俺もかなり険しい顔をしていたと思う。
だってさ、自分は信条貫いて断る気満々のくせに、俺らだけ出演させようとしてるのが見え見えなんだよ。
気に食わねぇじゃん。
三人ともCROWNが一番大事だって言ってんだから、断って済む話だろ。
「とにかく俺らは、アルバムも発売されることだし今はCROWNが最優先なんだよ。舞台ってなると稽古とゲネプロ(総稽古)と本番でかなりスケジュール持ってかれる」
「両立する自信と余裕が無いってことなんだよ」
あくまでも俺とケイタは、セナの出演辞退を理由に断るつもりじゃないってことを強調した。
ケイタも、セナが役者の道を諦めた経緯を知ってたし。無理強いさせたくなかったんだと思う。
だが次の瞬間、セナは俺とケイタの思いを軽々と一蹴しやがった。
「何言ってんだ、お前ら。それもったいなさ過ぎんだろ。……いいか、よく聞け。アキラとケイタは、役者の仕事がきたら台本読んで「内容的に無理」だと思った作品以外は断るな。CROWNの仕事を減らしてでもやれ。お前らはそっちのが向いてんの。てかなんで現時点で役者の仕事減らしてんだ。ンなの俺は許さねぇよ?」
「は……?」
「セナ、何言ってるの……?」
許さねぇって……それマジで言ってんのかよ。
ケイタも呆気に取られていた。
静かに俺らの会話を聞いている社長も、今はちょっと口を挟むべきじゃないとばかりに黙り込んでいる。
「俺は、アキラとケイタに役者の道を諦めてほしくねぇんだ。俺には無い才能を二人は持ってんだろ。てか二人は、CROWNが始動しなきゃその道で食ってくつもりだったんじゃねぇの? 好きなんだろ、芝居が。なんで夢中になれることを我慢する必要があるんだ。CROWNの活動が最優先だって気持ちは分かるけど、アイドルが役者極めたっていいじゃん。ダブルブッキングなんかスケジュール調整すりゃいいんだし」
「…………」
「…………」
セナは、その時も熱かった。
自分勝手で視野が狭い俺とは違って、自分のことはもちろん他者にも目を向けることが出来るセナの思いに、俺もケイタも、社長も、なぜかグッときていた。
子役上がりで役者の道を進み続けるのは、かなり困難な道のりだ。要求されることが多くなるにつれ、相当な努力をしないと生き残れねぇ世界。
そうこうしてたらどんどん若い芽が出てくる。努力を積んでる間に、一瞬にして忘れ去られてく非情な業界で生き残るには、突出したものが必要になってくる。
果たして俺には、それがあるのか。
考えただけで背筋が寒くなる。
もはやCROWNあっての俺だ。CROWNという看板があってこそだと、俺は思っていた。
しみじみとセナの話を聞いてたケイタも、おそらく同じ思いに駆られていたんだろう。
最優先にすべきCROWNの活動より役者の方に重きを置けと、リーダー直々に言われてしまい二人して面食らった。
俺たちには才能がある、そう断言されて嬉しくないはずがなかった。
「……でもセナは出演しねぇんだろ」
「俺には二人みたいな才能がまるで無いからな。諦めたってより、潔く身を引いたんだって最近は思うようにしてる」
「…………」
「セナ……」
いや、……いいと思う。
当時のセナの辞める勇気と覚悟は、俺にはとても計り知れない。
〝潔く身を引いた〟── 英断と言っていい。
「これはCROWNのリーダーとしてのお願いだ。アキラ、ケイタ。この話……受けてやってほしい。CROWNの活動のことなら、俺がカバーする。お前ら二人が役者とアイドルを両立できるように、俺には俺の出来ることをするから。この舞台だけじゃねぇ。今後の役者の道も、二人には我慢しないで思いっきりやってほしい」
思いきりのいいセナの説得は、終盤に入ってさらに俺とケイタの心を鷲掴んできやがった。
〝好きなこと、夢中になれることを我慢するな〟
〝両立なんて無理だとは言わせない〟
〝俺がカバーする〟
〝俺には俺の出来ることをする〟
セナのこの言葉が、まったく乗り気じゃなかった俺とケイタが出演するに至る、大きな決め手になった。
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