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◇ 分岐点 ◇
⑨-2
しおりを挟む同僚や先輩説はおろか、親父を下の名前で登録してるかもって線もほんの十秒で消えた。
無言で通話を終了した俺は、顔だけじゃなく全身が真っ青になった彼女に携帯電話を突き返し、そそくさと服を着る。
「ね、ねぇ明良……! ち、ちがうの、今のは……!」
俺はガキだから、彼女の浮気を知って冷静でなんかいられるわけがなかった。
「〝こないだのホテル〟ねぇ。手持ちが無えらしいからここに呼んでやったらいいじゃん。俺は〝今日〟で、アイツは〝明日〟なんだから。鉢合わせることはねぇ。うまくやったな」
「────っ!」
皮肉たっぷりに言って、ひどくバツの悪そうな彼女からの制止にも耳を貸せない。
彼女には何も届かなくて当たり前だった。
どんな言葉も、ガキなりに考えた不安にさせないための努力も、無意味なはずだ。
他に男が居たんだから。
「あ、あの……明良……!」
仏頂面で帰り支度をする俺を、彼女が必死で止めていた。「違うのよ」と何回も言ってたけど、いったい何が〝違う〟んだか。
俺の服を引っ張ってくる度に、玄関を出るまで三回はそれを振り払った。
「待って、明良……! 明良!!」
全裸の彼女が外まで俺を追ってくることはなかったが、あの場で明言を避けたのはただただショックだったからで。
告白してくれた時から、彼女は好きって気持ちをストレートにぶつけてくれていた。そんな彼女が、他の男にも同じようにそう言ってたんだと思うと、怒りより、悲しくて悔しい気持ちの方が強く湧き上がった。
「俺が不安にさせたから、……?」
でもあれ以上どうすればよかったんだ。
究極の選択を迫ってくるほど不安に駆られる彼女に、俺は精一杯の誠意を見せていた。言葉で伝えることは少なかったが、俺も好きだと態度で示していた。
だがそれが、彼女には足りなかったらしい。
他に男がいるとは思いもしなかった。予想だにしていなかった。
まるで昼ドラじゃん、と呟いて実家に帰ったことだけはハッキリと覚えている。それから数日は、どんなに仕事で疲れ果てていようが眠りが浅かったことも。
彼女からひっきりなしに謝罪のメールが届くも、すべてシカトした。着信拒否をして連絡を断ち、彼女を忘れようとした。
別に男がいるなら、俺は用無しだろ。
そうなって初めて、彼女の存在の大きさに気付いたが遅かった。
どうすれば彼女が他の男にうつつを抜かさずに済んだのか、色恋の経験乏しいガキの分際ではいくら考えても分からなかった。
裏切られて悲しい。とにかく、悲しい。
俺の思いが全然伝わっていなかったこと、彼女の「好き」がその程度だったことが本気でショックだった。
ただしこれを、俺は誰にも相談できなかった。
セナとケイタにですら彼女の存在を隠していたから、悟られるわけにはいかなかったんだ。
多分俺は、そのせいで血迷った。
浮気が発覚して一ヶ月後、別の端末から着信を寄越してきた彼女から泣きながら復縁を懇願された俺は、己の未熟さゆえに許してしまった。
着信拒否をするのみで電話番号を変えなかったところが、俺も未練タラタラだったことを物語っている。
──「二度と明良を裏切らない」
その言葉通り……かは正直分からないが、その後一年は何事もなく順調に付き合いは続いた。
CROWN初のオリジナルアルバムの発売が決定し、そのレコーディングに入るまでは……。
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