CROWNの絆

須藤慎弥

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◇ ◇ ◇



 三回目の選択を迫られないように、俺は彼女との連絡を以前よりマメに行うようにした。

 メールだけじゃなく空き時間に電話で直接話すようにしただけで、彼女は目に見えて機嫌が良かった。

 「お疲れ様」という彼女からの何気ない一文であったかい気持ちになれていたってことは、俺にできる精一杯の努力が形になったんだと思うと嬉しかった。

 ちなみにデビューから一年が経っても、CROWNの人気は衰え知らずだった。

 スケジュールはいつも真っ黒。

 セナは雑誌のモデル、俺とケイタもそれぞれ活躍の場を広げたことで、三人揃っての仕事は前年より減りはしたものの、個人での仕事がCROWNの糧になるならと足並み揃えて頑張っていた。

 彼女と会える頻度も時間も大して変わらなかったが、日々の賜物で以前より小さな口論は減った気がしていた。

 その頃、忙しい毎日に慣れてきてほんの少し心に余裕ができたってのもある。それも、俺を安定させてくれていた要因の一つだろう。

 だからまさか、前回からたった半年でこのセリフを吐かれるとは夢にも思わなかったんだ。


「── 私と仕事、どっちを取るの」


 順調だと思ってたのは俺だけだったみたいだ。

 都心から少し離れた彼女の一人暮らしの家で、ついさっきまでそういう行為をしていた俺にそんなことを言う彼女の気が知れなかった。

 しかも裸のまま、いかにも気だるげに俺にすり寄ってきながら。


「……は?」


 俺はそのセリフを言われたくないがために、彼女を不安にさせないように出来るだけのことをしてきたつもりだった。

 メールでも通話でも機嫌が良かった彼女も、その気持ちに応えてくれてるもんだとばかり思っていた。


「……またその話かよ」


 俺の落胆ぶりは激しく、「もう一回」と催促されたがとてもじゃないが勃たなかった。

 たった今俺にとって最悪な究極の二択を迫っておいて、どの口が言ってんだと腹が立った。


「何回同じ話をしたらいいんだ」


 ため息まじりにこう言ってしまうのも、無理もないだろ。

 どういう情緒をしてんのか、キレながら〝もう一回〟を期待している彼女には悪いが、俺は頭を冷やすためシャワーを借りようと細い腕を振りほどいた。

 このまま彼女の顔を見ていたら、沸点の低い俺でもさすがにキレ返してしまいそうだったんだ。

 だが彼女は、立ち上がった俺の腕をガシッと掴んで「話は終わってない!」と喚いた。

 その時の彼女の感情を表すような真っ赤な付け爪が、腕に食い込んで痛かった。思わず眉を顰めると、彼女は俺の嫌いな怒声で喚き散らし始めた。


「私だってこんなこと何度も言いたくないわ! 明良が言わせてるんじゃない! 私を不安にさせてるのは明良でしょ!?」
「俺がいつ不安にさせたよ」


 そうさせないように、俺は努力していた。

 好きだったから。別れたくなかったから。

 かなり先にはなるが、彼女との将来も一応は考えていたから。

 仕事が詰まってなかなか会えなかったり、約束をキャンセルせざるを得ない時もあったりして、〝申し訳ない〟とまで思っていた。

 優しいメールの文章の裏では強がってないか、寂しがってないか、俺なりに気にもしていた。

 ガラにもなく「不安になってねぇか」と直接聞いたこともあった。そのとき彼女は「大丈夫。大好きだよ」と返してくれた。

 俺がそれこそ、彼女を蔑ろにするような態度とか、業界に染まって浮気を繰り返してるとかなら、どれだけ怒鳴られようが俺の自業自得だ。

 でも俺がいつ、そんなことをした?

 俺にはあと、どんな努力が必要なんだよ。

 もう……分かんねぇよ。


「そんなに言うなら教えてくれ。これ以上何をどうしてほしいわけ? 俺はどうしたらいいんだよ」
「だからそれは……っ」


 目を血走らせた彼女が言いかけたと同時に、どこからか振動音が聞こえてきた。実はこれは、口論が始まる前から度々鳴ってるみたいだが、俺は気付かないフリをしていただけだ。

 行為に夢中だった彼女も知らん顔していたようで、ふと室内が無音になった拍子にやけにそれが響いてしまっていた。


「……さっきからずっと鳴ってるみたいだけど」


 この振動音の長さからして、着信だ。

 ヘアメイクアーティストの見習いである彼女への、もしかすると重要な仕事の連絡かもしれない。

 俺はそう思って、振動音の出どころを探ろうと気を回した。

 だが俺が動いたと同時にベッドから素早く下り立った彼女は、自身の鞄の中から携帯電話を取り出すなり一気に青ざめた。

 震え続ける携帯の画面を見つめて、不自然に固まっている。


「出なくていいの」
「い、いいのよ、今は明良と話してるんだから」
「誰?」
「あ、待って……!」


 彼女の様子は、おかしいってもんじゃなかった。

 そんな分かりやすい狼狽え方されて、彼氏としては黙っていられない。

 彼女の手から携帯電話を奪うと、案の定画面には男の名前が表示されていた。でも同僚や先輩の線も捨てきれない。

 ……疑うより信じよう。

 声を出すと俺だとバレる恐れがあるんで、とりあえず通話を開始してスピーカーにした。

 相手が勝手に喋りだすかどうかは賭けだったが、……。


『あ、俺ー。明日ってこないだのホテルでおけ? オレ手持ち無えから出来ればお前ん家がいんだけど。あ、でも近々彼氏が来るって言ってたっけ。なぁ、どうするー? おーい、聞こえてるー?』
「…………」



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