CROWNの絆

須藤慎弥

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◇ 分岐点 ◇

⑧-2

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 二ヶ月に一度会えると言っても、数時間だけという縛りがある彼女には、きっと寂しい思いを抱かせている。

 俺も決して、会いたくないわけではなかった。

 この時間を睡眠にあてることだって出来たのに、会いたいから……無理してでも時間を作った。彼女との関係が、周囲や世間に対して俗に言う〝裏切り行為〟にあたることを承知の上で、だ。

 こうもあからさまに不機嫌さをぶつけられると、ガッカリもするだろ。


「…………」
「私言ったよね。明良がCROWNとしてデビューするってなった時も」
「……なんて言ってたっけ」
「忘れたの!?」
「……ごめん」


 ルームミラー越しにキッと睨まれ、口論を避けたかった俺はふいと窓の外に視線を移した。

 今日は一段と機嫌が悪い。

 メールではそんな風に感じなかったから、すっかり油断していた。

 表情から察するに、心のこもっていない俺の謝罪が火に油を注いでしまったようだが、怒り任せに車が停まることはなかった。

 初体験以来、彼女は俺と会えば決まってホテルに直行する。少し車を走らせ、変装した俺に気付く者など居なさそうな田舎のラブホテルに向かい、そこでやることは一つだった。


「明良は、どうせ私のことなんか捨てちゃうんでしょ!?」
「そんなわけないだろ」
「分かんないじゃない! 明良、去年もそう言ってくれてたけど! たった一年で周りがガラッと変わったの、自覚してないとは言わせないわよ!」


 走り出してものの十五分で俺は疲労を感じ始めたが、彼女はお構いなしに車を飛ばした。

 メールでは聞き分けの良い彼女なのに、会えば毎回ちょっとした口論になる。

 ただ、俺が忙しくなればなるほど会えない日は続く。俺に猛アピールしてきた彼女のことだ。寂しさから俺にあたってるんだろうと思えば許容できた。

 だがしかし、俺にはとても選べるはずもない二択を迫ってきたのは、今日で二度目。

 この選択だけは俺の中の許容範囲を超えていた。


「……変わったから何? なんでそれが、どっちを取るかみたいな話になるんだよ」
「だってこのまま付き合い続けるのは不可能じゃない!」
「いやだから、なんでそんなことが分かるんだ」
「だって、だって……!」


 女の怒声は聞くに耐えない。物分かりのいい文面だけの方が、俺は癒されていた。

 俺は言ったはずだ。

 事務所とメンバーを欺き、リスクを背負ってでも、得意の芝居と仏頂面で彼女の存在は隠し通す。

 別れる気はさらさら無かったから、デビューした今もこうして隠れて会ってるんじゃねぇか。

 不安に陥る気持ちは分かる。疲れ果ててメールの返事を返さないことも結構な頻度であるが、それでも二日と絶やしてないはずだ。

 会えなくて不安になるだろう分を穴埋めするつもりで、どうにか彼女がこの選択を俺に突きつけないように努力していたんだが。


「はぁ。……何を一人でそんな焦ってんのか知らねぇけど、アイドルでも隠れて女と付き合ってるヤツなんかゴマンと居るじゃん。付き合い続けるのが不可能って、そんなの決め付けんなよ」
「……信じていいの?」
「いいよ」


 俺を勝手にクソ男に仕立て上げるな。……とまでは言えなかった。

 衛生的に大丈夫かってくらい古ぼけたラブホに到着し、俺の言葉でいくらか機嫌を直した彼女が、変わり身早く欲情した女の顔になっていたからだ。

 これから俺を二時間弱独占できるともあって、浮かれているようにも見えた。

 こういうところは、可愛いと思う。

 少しくらい気が強くても、別に構わない。女は何かと相手の気持ちを確かめたがるものだ。

 俺はそこまで怒りの沸点が低くないし、イライラはしてもよほどのことがない限り声を荒げたりしない。

 不安にさせてるのは俺なんだから、彼女がああなる原因は俺にある。……となると、今後もう少し俺側の努力が必要そうだが、それが面倒だと思うならとっくに彼女と別れているしな。

 ──だがあの二択だけはマジで嫌だ。

 別れる、別れないの話なら百歩譲って許せるが、仕事と自分のどちらかを選べというのはやっぱりどう考えても度が過ぎている。

 さすがにもう、三回目は聞きたくない。

 デビューしてから確かに周囲は変わった。仕事の幅が広がり、関わる人の数も桁違いになると、正直そっちの誘いも増える。

 でも俺には付き合って三年の彼女が居るから、誰にも何にもなびかなかった──ってことを、ちゃんと彼女に伝えてやればよかったんだろうけど、その辺が俺はまだまだガキだった。

 その日も一回目同様、宥めることが出来た気になっていたんだ。



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