CROWNの絆

須藤慎弥

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◇ 分岐点 ◇

⑥-2

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 この時俺は、こんなセナの表情は誰にも見せらんねぇ……ってか〝させちゃいけねぇ〟と思った。

 知れば知るほどセナという男は奥が深い、とも思った。

 例えばコイツが、アイドルなんか絶対ムリってツラしてたら。見た目を裏切らない薄情なヤツだったら。もう少しレッスンにも不真面目だったら。過去を反省するように〝黒歴史だ〟って言わなかったら。

 心を開いた瞬間、懐っこい犬並みに感情を爆発させるような男じゃなかったら。

 俺は……コイツとなら頑張れる、コイツについていこう、なんて……思わなかったのに。


「でもそれ、二人に迷惑かかんない?」
「俺らは……って言うとケイタの意見にもなっちまうか。少なくとも俺は、別に何とも。セナが言ったことを信じるし、他がどう言おうと関係無えかな。事務所とか社長がなんて言うかは分かんねぇけど」
「ははっ、まぁ……そっか。アキラがそう言ってくれるんなら……ちょっと気が楽になった」
「……気にしてたんだな」
「そりゃあな。俺の過去が原因でこのグループが潰されるようなことになったら、事務所にもお前らにも相当な迷惑かけちまうじゃん。CROWNのデビューに向けてどれだけの大人と金が動いてんだって話だし。でも写真はもう世の中に出ちまってるわけだから、俺はどうすべきかを考えてた。……ずっと」
「…………」


 額の汗を二の腕でカッコよく拭うセナが、こうして真剣なツラでまともな事を語る度に、俺の知ってるセナ像がどんどん覆されていく。

 もっと早くにセナの闇を知ってたら、俺にも何か出来たんじゃねぇかって……そんな熱いことを思わされる。

 今からでも遅くないかも、とか。

 そんな、らしくないことを考えてっから、俺はレッスンの時間が迫ってんの分かってて話を広げちまったんだ。

 今がその時だとばかりに。


「なぁ、なんで社長が親代わりなんだよ。セナんとこそんなに家庭がフクザツなのか?」


 セナのプライベートに踏み込むのはご法度。そんな暗黙の了解的なものが、レッスン生の中でも事務所の人間の中でもあったと思う。

 血が繋がってねぇのに、なんで社長はセナを〝息子同然〟だと触れ回って便宜を図ってんのか、誰もが聞きたくても聞けない領域だったんだ。

 あんまり口にしたくないようなら、俺だって空気を読んであっさり引くつもりだった。


「……いいや? そんなことねぇと思うけど」
「え?」


 しかしセナは平然と首を振り、若干の薄ら笑いを浮かべて語り出した。


「月一で会えばいい方だった父親から去年見放されて、今一人暮らししてるってだけ。ちなみに母親は不明。戸籍にあるのは見たことも聞いたこともない女の名前だった。それが多分母親ってことになるんだろうけど、今生きてんのか死んでんのかもさっぱり。その戸籍見たのもかなり前だからさ、あんま覚えてねぇんだな、これが」


 ……あ? なんだって?

 父親から去年見放された? 月一で会えばいい方? しかも母親が不明?

 聞いた俺が言うのもおかしな話だが、そんなフクザツな家庭環境、まるで世間話の延長みたいに軽い調子で語るもんじゃねぇだろ。

 てか、てか、……!


「……そ、そんなことあるじゃねぇか……! フクザツ過ぎてすぐには理解出来ねぇよ!」
「あはは……っ、保険かけたんだよ。俺が気にし過ぎてるだけで、実はありきたりな家庭環境かもしんねぇじゃん?」
「ンなわけねぇだろっ」


 何が保険だよ。ありえねぇ。

 そりゃグレるわ。塞ぎ込みたくもなるわ。

 両親健在の平凡な家庭の一人っ子で育った俺には、到底その寂しさとか悲惨さを分かってやれる気がしねぇ。

 セナの気持ちを考えることすら出来ねぇ。


「じゃあその、……0歳ん時から事務所に入ってるってのは……」
「あぁ……それはな、俺の親父と大塚社長がダチだったらしくて、そのツテでここに入った。って言うと聞こえはいいんだけど、親父はただ俺を社長に押し付けただけなんだ。どうも仕事人間みたいでな。はなから育てる気が無かったんだよ、俺のこと」
「…………」
「毎月金だけ渡しに来るんだぜ。家で寝泊まりしたことないし。女でも居るか、もしくは別に家庭持ってるんじゃねぇの? 見放されてせいせいしたよ。むしろスッキリした」
「…………」
「俺が荒れたのもさ、なんか……無駄な期待してたのを粉々に打ち砕かれて、最後まで親らしくなかった親父を恨みまくったからなんだよ。喧嘩してたら忘れていられたんだ。中二病みたいで恥ずかしいんだけど、マジでそう言い切れる。くだらねぇ小さい世界が、俺のすべてだった」


 ほんの一年くらい前の〝ヤンチャ〟時代を思い出してでもいるのか、走り去るいくつもの車を視線で追うセナは遠い目をしていた。

 俺は黙って話を聞いてたんだけど、思った以上に深かった闇に、なんて言えばいいのかマジで分かんなくて。

 社長がセナにやたらと目をかけてたのは、うそ偽り無く〝息子〟だと思ってたからなんだ。




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