12 / 30
◇ 分岐点 ◇
⑥-2
しおりを挟むこの時俺は、こんなセナの表情は誰にも見せらんねぇ……ってか〝させちゃいけねぇ〟と思った。
知れば知るほどセナという男は奥が深い、とも思った。
例えばコイツが、アイドルなんか絶対ムリってツラしてたら。見た目を裏切らない薄情なヤツだったら。もう少しレッスンにも不真面目だったら。過去を反省するように〝黒歴史だ〟って言わなかったら。
心を開いた瞬間、懐っこい犬並みに感情を爆発させるような男じゃなかったら。
俺は……コイツとなら頑張れる、コイツについていこう、なんて……思わなかったのに。
「でもそれ、二人に迷惑かかんない?」
「俺らは……って言うとケイタの意見にもなっちまうか。少なくとも俺は、別に何とも。セナが言ったことを信じるし、他がどう言おうと関係無えかな。事務所とか社長がなんて言うかは分かんねぇけど」
「ははっ、まぁ……そっか。アキラがそう言ってくれるんなら……ちょっと気が楽になった」
「……気にしてたんだな」
「そりゃあな。俺の過去が原因でこのグループが潰されるようなことになったら、事務所にもお前らにも相当な迷惑かけちまうじゃん。CROWNのデビューに向けてどれだけの大人と金が動いてんだって話だし。でも写真はもう世の中に出ちまってるわけだから、俺はどうすべきかを考えてた。……ずっと」
「…………」
額の汗を二の腕でカッコよく拭うセナが、こうして真剣なツラでまともな事を語る度に、俺の知ってるセナ像がどんどん覆されていく。
もっと早くにセナの闇を知ってたら、俺にも何か出来たんじゃねぇかって……そんな熱いことを思わされる。
今からでも遅くないかも、とか。
そんな、らしくないことを考えてっから、俺はレッスンの時間が迫ってんの分かってて話を広げちまったんだ。
今がその時だとばかりに。
「なぁ、なんで社長が親代わりなんだよ。セナんとこそんなに家庭がフクザツなのか?」
セナのプライベートに踏み込むのはご法度。そんな暗黙の了解的なものが、レッスン生の中でも事務所の人間の中でもあったと思う。
血が繋がってねぇのに、なんで社長はセナを〝息子同然〟だと触れ回って便宜を図ってんのか、誰もが聞きたくても聞けない領域だったんだ。
あんまり口にしたくないようなら、俺だって空気を読んであっさり引くつもりだった。
「……いいや? そんなことねぇと思うけど」
「え?」
しかしセナは平然と首を振り、若干の薄ら笑いを浮かべて語り出した。
「月一で会えばいい方だった父親から去年見放されて、今一人暮らししてるってだけ。ちなみに母親は不明。戸籍にあるのは見たことも聞いたこともない女の名前だった。それが多分母親ってことになるんだろうけど、今生きてんのか死んでんのかもさっぱり。その戸籍見たのもかなり前だからさ、あんま覚えてねぇんだな、これが」
……あ? なんだって?
父親から去年見放された? 月一で会えばいい方? しかも母親が不明?
聞いた俺が言うのもおかしな話だが、そんなフクザツな家庭環境、まるで世間話の延長みたいに軽い調子で語るもんじゃねぇだろ。
てか、てか、……!
「……そ、そんなことあるじゃねぇか……! フクザツ過ぎてすぐには理解出来ねぇよ!」
「あはは……っ、保険かけたんだよ。俺が気にし過ぎてるだけで、実はありきたりな家庭環境かもしんねぇじゃん?」
「ンなわけねぇだろっ」
何が保険だよ。ありえねぇ。
そりゃグレるわ。塞ぎ込みたくもなるわ。
両親健在の平凡な家庭の一人っ子で育った俺には、到底その寂しさとか悲惨さを分かってやれる気がしねぇ。
セナの気持ちを考えることすら出来ねぇ。
「じゃあその、……0歳ん時から事務所に入ってるってのは……」
「あぁ……それはな、俺の親父と大塚社長がダチだったらしくて、そのツテでここに入った。って言うと聞こえはいいんだけど、親父はただ俺を社長に押し付けただけなんだ。どうも仕事人間みたいでな。はなから育てる気が無かったんだよ、俺のこと」
「…………」
「毎月金だけ渡しに来るんだぜ。家で寝泊まりしたことないし。女でも居るか、もしくは別に家庭持ってるんじゃねぇの? 見放されてせいせいしたよ。むしろスッキリした」
「…………」
「俺が荒れたのもさ、なんか……無駄な期待してたのを粉々に打ち砕かれて、最後まで親らしくなかった親父を恨みまくったからなんだよ。喧嘩してたら忘れていられたんだ。中二病みたいで恥ずかしいんだけど、マジでそう言い切れる。くだらねぇ小さい世界が、俺のすべてだった」
ほんの一年くらい前の〝ヤンチャ〟時代を思い出してでもいるのか、走り去るいくつもの車を視線で追うセナは遠い目をしていた。
俺は黙って話を聞いてたんだけど、思った以上に深かった闇に、なんて言えばいいのかマジで分かんなくて。
社長がセナにやたらと目をかけてたのは、うそ偽り無く〝息子〟だと思ってたからなんだ。
11
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
思春期ではすまない変化
こしょ
青春
TS女体化現代青春です。恋愛要素はありません。
自分の身体が一気に別人、モデルかというような美女になってしまった中学生男子が、どうやれば元のような中学男子的生活を送り自分を守ることができるのだろうかっていう話です。
落ちがあっさりすぎるとかお褒めの言葉とかあったら教えて下さい嬉しいのですっごく
初めて挑戦してみます。pixivやカクヨムなどにも投稿しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる