CROWNの絆

須藤慎弥

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 ◇



 俺が中学二年、ケイタが中学一年、セナが中学三年時は、まさしくレッスンに明け暮れためまぐるしい一年だった。

 デビューを控えた俺たちのメンタルケアの一貫なのか、周囲の大人たちは分かりやすく持て囃してきて笑った。

 グループ内にセナが居る以上、社長の目が光ってることを大人たちは知ってるから。

 どこの世界も〝長い物には巻かれろなんだなー〟と、当時から俺は自分の置かれた状況さえ達観できる冷めたガキだった。


「セナ! アキラ! 見て見て! ドラマのスタッフさんからお菓子いっぱいもらってきちゃった! 分けっこしよー!」


 ──助かった……。来るの遅えよケイタ……。


 夕方から二十一時までの、三人だけのレッスン日。

 先にスタジオに入っていた俺とセナの重たい空気を切っていたのは、いつもケイタだ。

 二人だと、何を話していいのか分からなかった。

 挨拶を交わして、近くには座る。だが絶妙な距離を保ったまま沈黙が続いて、せっかくシューズの紐を固く結んだのにどちらからともなくトイレに逃げる。それも交代で。

 ケイタが居なかったら一言も会話らしい会話をすることが無いほど、俺とセナの間には妙な溝があった。

 グループを組むことになる前の方が、もっと自然に喋れていた。


「俺は食わねぇから、俺の分ケイタにやるよ」


 セナはそう言うと、ケイタが床に広げた大量のお菓子を紙袋にしまい始めた。


「えー! セナお菓子食べないの!? なんでっ?」
「なんでって言われてもなぁ。……辛党だから?」
「からとうって何?」
「甘党、辛党。甘いものが好きな人は甘党、辛いものが好きな人は辛党。そういう意味」
「へぇー! セナは辛いものが好きなんだね!」
「あぁ、……まぁ」


 ケイタにも分かるよう説明したセナの横顔を、俺は意外な気持ちで見つめた。

 辛党ってそういう意味だっけ。酒が好きな人のことを言うんじゃ……という堅苦しい訂正は、心の中だけに留めた。

 忘れてたんだ。

 セナは見た目こそ厳ついし口調もいいとは言えないが、声も話し方も穏やかで優しい部類に入る。

 中学に入ったばっかで二つ下のケイタには特に、怖がらせないよう気を遣って喋っていた。


「アキラは? 分けっこするよね?」
「あ、あー……」


 うん、と頷こうとして、少し考えた。

 セナは断ってたのに、俺がここでお菓子をもらうのはちょっとダサいんじゃないか。

 でも俺はそこまで〝辛党〟じゃねぇ。実は一つ、ケイタが「分けっこしよー!」とお菓子を広げた瞬間に好物を見つけてしまっていた。


「い、いや……俺もいいや」
「えっ、アキラもいらないのっ?」
「うん。全部ケイタが食え」


 俺は、カッコつけたい年頃だ。

 彼女とのデート代をガキの分際で全額支払うような男が、お菓子一つで目をキラキラさせてちゃカッコつかねぇだろ。

 セナがジッと見てる手前、俺はダサいヤツだと思われたくなくて強がった。

 だがその瞬間、〝分けっこ〟したかったらしいケイタは俺ら二人ともから要らねえと言われて落ち込んでしまった。


「……そっかぁ、二人ともいらないのかぁ」


 わざわざドラマの現場から俺たちのために持ち帰ってきてくれたものを、セナはともかく俺はしょうもない理由で断った。

 ショボンと肩を落として紙袋にお菓子を全部しまい、大事そうにそれを抱き抱えた背中がなんとも哀愁漂っている。

 そんな背中を見ちまうと、否が応でも俺の中に小さな罪悪感が生まれた。

 三人兄弟の末っ子であるケイタは、こういうところがあった。

 声変わりもまだで体もかなり小さく、何が楽しいのかとにかく笑顔を絶やさない。人に甘えるのがうまいし、俺みたいな生意気さとか大人ぶりたい気持ちなんかも一切見えないから、セナはケイタを可愛がるんだろうと思う。

 あんなに凹むなら、しょうもないこと言ってねぇで一つくらい貰ってやれば良かった。俺は欲しいお菓子があったんだから。


「あ、ケイ……」
「ケイタ待って」


 俺が一歩踏み出すより先に、身軽に立ち上がったセナがケイタを呼び止めた。


「やっぱ一個ちょうだい。アキラもさ、せっかくだし貰っとこうぜ。あと三時間レッスンあるんだ。晩メシ前のつなぎになる」
「あ、あぁ……」


 そう言われ、俺は咄嗟に頷いた。

 なんだよ。……セナ分かってんじゃん。

 セナはケイタの肩を抱いて、しまい直したお菓子を紙袋の中でゴソゴソと物色する。それだけで、無邪気なケイタの顔はパッと晴れた。


「うん、いいよ!! なにがいいっ? どれでも好きなものどーぞ!」
「じゃ、これ貰うわ」


 一番甘さ控えめなやつを選んだセナは、ガチのお菓子は食わねぇ辛党な男らしい。

 それなのに俺ときたら……。



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