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◇ 分岐点 ◇
③
しおりを挟む◇ ◇ ◇
俺には好きな人がいた。
思ったことをズバッと言わねぇと気が済まないかなりキツい性格で、ガキの俺にも容赦なく言いたいことを言いまくるような大人げないところがある反面、ふいに見せる思いやりに絆された俺は若干十三歳でその女性を好きになった。
その人は十も年上だった。
ただガキの頃からこの世界に居る俺にとって、年の差なんか何の弊害にもならないと思っていた。
まだまだ青くさかった中坊の俺と、ヘアメイクアーティストを目指していた彼女は、とあるドラマの現場で知り合った。
はじまりは向こうからグイグイこられてのスタートだったが、恋愛のれの字も知らねぇようなガキにはちょうどいい熱さと言えた。
口うるさいが世話焼きで、好き好きアピールを欠かさなかった彼女は、実家暮らしの俺を子ども扱いしつつもいろんな所へ連れて行ってもくれた。
幸いその辺の同級生より少々多めの小遣いを持っていた俺は、デートと称し連れ出してもらう度に男の威厳を保てていたと思う。
何せ当時十三、十四の歳だ。カッコつけたい年頃だろ。
「──俺、アイドルになる」
「え?」
時を同じくして俺は、セナ、ケイタと共にアイドルグループを結成することになった。
そのことを自分の口で一番に報告したのは、親でもなく彼女だ。順番が前後したのは、それを社長から告げられてすぐに彼女と会う約束があったから。
別に深い意味は無かった。
彼女の愛車であるクリーム色の四角い軽自動車に乗り込むや、俺は数分前の社長からの発表を思い切って告げてみたのだが、……。
「アイドル? 明良(アキラ)が?」
「そう」
「何なの、いきなり。誰がそんなこと決めたの?」
「社長」
「…………」
なかなか車を出さず、恋人の新たな道を祝う「おめでとう」の一言も無く、かなり不満そうな表情でそう詰め寄ってきた彼女が難色を示したことで、俺はすぐさま〝言わなきゃよかった〟と後悔した。
彼女がなぜそんな顔をしていたのかまでは考えるに至らなかったが、かくいう俺も、突然告げられた〝アイドル〟に実は消極的だった。
大塚芸能事務所初の男性アイドルグループとあって、すでにグループ名まで決めて意気込んでいた社長の熱量は相当で、とても「嫌だ」なんて言える空気じゃなかったんだ。
隣にはお菓子に夢中の恵大(ケイタ)、目の前には激痩せして顔色の悪いセナを前に、俺が言えたのは大人ぶった「いろんはないです」のみ。
社長が、同じくメンバーとなったセナの保護者代わりだってのは知っていた。
事務所内で問題児扱いされていたセナは、特別不真面目ってことはなかったものの良い噂は無く、何と言っても十四のナリをしていなかった。
金髪に染めた髪、ピアスだらけの耳、これだけで普通の中坊は「ヤンキーだ! 逃げろ!」と騒ぐだろう。
おまけにセナは年齢=芸歴の大先輩。さらには当時からかなりガタイが良く、中坊のくせに身長は百七十五を超えていた。
死んだ魚のように生気の無い目で高い位置からジロッと見下ろされたら、そりゃセナを知らねぇ同年代のガキらは逃げ出してもおかしくない。
それくらい威圧感があって近寄りがたいセナと、まだランドセルを背負って色気より食い気のケイタ、そして役者道を邁進中の俺が三人組のアイドルになる……そんなことを急に言われてもって感じだった。
「ねぇ、なんで急にアイドルなの? 明良はこれからも役者でやってくんじゃないの?」
「俺もそのつもりだったけど、社長がそう言うんだからしょうがねぇじゃん。俺に拒否権は無い」
「明良にアイドルなんか無理よ。いっつも仏頂面してるし。アイドルって常に笑顔でいなきゃなんないし。明良にできるの? 明良が笑った顔なんて一年付き合ってる私でも見たことないんだよ? てか明良、笑ったことある?」
「…………」
──笑ったことくらいあるに決まってんだろ。面白いことが無えのにニコニコしてたら逆に怖えって。
でもなんとなく、彼女の言いたいことは理解できた。
俺はアイドルに向いてない。……そう言いたかったんだろう。
子役上がりだが順調にキャリアを重ねてる段階だった俺は、マジで今後もこの道一本で食ってくつもりだった。
正直、当時の俺はセナよりもメディアに出てる本数は多かったし。
だから納得いかなかったんだよな。
その頃、いきなり見た目が派手になりだしたセナは芸能活動をセーブしていた。それまでは一クールおきにドラマや舞台に出ずっぱりだったのに、それはマジでいきなりだった。
年に一、二本程度CMの仕事をこなしてるだけのセナを、明らかに社長は祭り上げている。アイドルグループ結成も、セナのためなのが見え見え。
……とはいえ俺はセナを嫌ってたわけじゃない。本人は決して悪いヤツではなかったからだ。
見た目は厳ついがガチの美形で、もっとやる気出せばこれからもどんどん仕事が入ってきそうなツラしてんのに、久しぶりに会ってみれば猫背がひどくて病人みたいにフラフラしてて、目はずっと死んでいた。
かつての〝日向聖南〟の面影がまるでなくなった覇気のないセナを見て、なんだコイツと思った。
社長はなんで、仕事のやる気が感じられないセナなんかをアイドルにしようとしてんだ。
俺とケイタを巻き込むなよ。── そう思っていた。
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