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◇ 分岐点 ◇
①-2
しおりを挟む「──……ハッ! え、だ、だ、誰!? ですかっ?」
衣装直しが終わり、ケイタと待ち合わせているレッスンスタジオで一息ついていると、髪を一つ結びにしたハルがやって来た。
隣のブースでボイトレでもしてたのか、ここではよく見るジャージ姿だ。
「ちょっ、えっ!? ホントに誰なんですか!? あれっ、ここ大塚のレッスンスタジオじゃ……っ!?」
「…………」
衣装からメイクから完全に役柄になりきっている俺を見て、ハルが慌てふためいている。
俺が誰だか分からないらしい。
ハルは一度足を踏み入れたスタジオから一旦通路へ出ると、辺りをキョロキョロ見回してもう一度スタジオに入ってきた。……が、警戒心とコミュ障を発揮して俺に近寄ってくる気配が無い。
まぁ、マント付きの軍服を着た赤い長髪男が(しかもバシッとメイクまでしてるし)、まさか俺だとは思わないよな。
我が物顔でパイプ椅子に座り、膝下まであるロングブーツを見せびらかすように足まで組んでんだから。
「……よぉ、ハル。お疲れ」
「そっ、そそその声はアキラさんですか!? お、おおおおお疲れさまです! って、待ってください! いえ、あのっ、アキラさん! そのコスプレはいったい……!?」
「ははっ、コスプレじゃねぇよ。舞台の衣装だ、衣装」
「衣装!?」
「えぇーー!!」という大絶叫が、男にしては高めの声でスタジオ内に轟いた。
レッスンシューズが床に擦れる音さえ響くここでそんな大絶叫をされると、さすがに耳が痛い。
自分じゃ絶対に認めねぇ天然発言に笑うも、ハルは入り口から三歩進んだ辺りで立ち止まったまま。
腹からよく声が出てる。やっぱボイトレしてたな? と、棒立ちになったハルに尋ねようとしたんだが、次なる来訪者によってそれは叶わなかった。
「お疲れ~! って、あれ、ハル君じゃん。どしたの?」
「えぇぇ!?!? け、ケイタさんまで!? うわぁぁっ!?」
待ち合わせ時間ピッタリに現れたケイタも、事前に受け取っていた衣装を着て現れた。
直しやメイクはまだのようだが、俺と似た軍服を着たケイタを見たハルが、またしても相当いい反応を見せている。
二度目の大絶叫に、俺は耳を押さえながらも笑いを堪えきれない。
「わぁ、スタジオに響き渡ったね。……ハル君、マジでどうしたの」
必要以上に驚かれたケイタはというと、そこにハルがいることよりも絶叫されたことに首を傾げていて、さらに俺の笑いを誘った。
「ハルは俺らがコスプレしてると思ってんの」
「えー!? あはは……っ、違うよ。これは衣装だよー」
「そ、それはさっきアキラさんから聞いたんですけど、あの……っ」
ハル。なんでそこで真っ赤になるんだ。おまけに顔を隠してその場で足踏みをしている。
両手で顔面を覆ったハルをジッと見つめると、「ひぇぇぇ!!」と妙な声を上げて遠ざかっていった。
「あ、おいっ……」
「痛てっ!」
「ちょっとハル君! 大丈夫っ?」
ほら、言わんこっちゃない。背中が壁に当たって派手によろけたハルを、ケイタが支えてやっている。
大丈夫か。
てか何なんだ。そんなに何回も絶叫するほど、俺の格好ヘン?
セナの話によると、ハルはコスプレが好きらしい(三月の決算パーティーを毎年楽しみにしてると聞いた)。
それは、自分が何かになりきるというより〝誰か〟のコスプレ姿を見るのが好きっていう……まぁなんつーか、お察しのやつ。
だから俺とケイタは例外だと思ってたんだが、ハルの反応を見る限り、もしやそうじゃねぇのか?
「……ん?? なんかアキラに釘付けだね、ハル君」
「す、す、すすすみません……っ」
断じて俺はコスプレしてるわけじゃねぇんだけど、ハルにはそう見えてんだろう。
パーティーでの俺のコスプレ姿に、ハルはいつも「お金持ちっぽい」とかいうよく分かんねぇ感想をくれる。
これは例えば、友達の恋人を初めて見た時、褒めるとこがなくて悩んだ末に出る最強の常套句「優しそう」みたいなもんだ。(だからってなんで俺が金持ちキャラなのか未だに謎)
あれだけイケてる彼氏が居りゃ、そりゃ他は例外だと思うじゃねぇか。
だが今日のハルは様子がおかしい。まるで俺の熱狂的なファンみたいな反応だ。
とはいえまんざらでもない俺でも、あの目力が指の隙間から覗いてんのはちょっと……いやガチめに怖い。
見つめてくれんのは百歩譲っていいとしても、なんかやっぱ……照れもするし。
「……あのさ、照れるからあんま見ないでくれるか?」
「すみません……っ!!」
「あはは……っ! ハル君、指の隙間から見てる見てる!」
「すみませんーー!!」
フルメイク、フル装備の今日の俺にどんな感想を抱いてんのか知らねぇが、ハルは凄まじい圧で指の隙間から凝視してきやがる。
ハルは性格もいいが、見た目や挙動が男殺しなんだ。
こんな古典的で可愛い行動されて、照れないヤツがいるかよ。
遠くからだが、凝視に近いほど見つめられた日にはいくら俺でもそっぽを向くだろ。
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