狂愛サイリューム

須藤慎弥

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49♡デート

49♡14

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 頑固なのはどっちなの。

 俺だって聖南の立場だったら「そうじゃない」って言い張るんだろうけど、これに関しては聖南も前科があるじゃん。

 密着取材にストレスを感じてるのも、俺との別居が追い討ちをかけてるようにしか思えなかった。


「わぷっ……!」
「とりあえずメイク落とすから。シーっな」


 ちょっとした言い合いのあと、聖南が問答無用で俺の顔にクレンジングオイルを塗りたくる。

 分厚く感じてた顔が、人肌に温まったオイルでどんどん崩されてく感じはもう慣れっこだ。

 顔全体に馴染ませてから、指の腹で各部位を丁寧に円を描くようにくるくる動かしてく聖南の手付きも、さすがモデル経験が長いだけあって手慣れてる。

 目を瞑って、聖南の気配を感じながらされるがままになっていると、突然「フッ」と笑われた。


「…………っ?」
「フッ……フフッ……」


 ── え、なんでそんなに笑ってるの。


 「フッ」が一回だけじゃなかったことに、不安と不満が増す。

 オイルでベトベトになった唇を動かすわけにはいかなくて、俺は瞳を閉じたまま首を傾げた。

 でも聖南は、その理由をなかなか教えてくれない。

 なんだか楽しげに洗面台の蛇口を捻って何かを濡らし、その何かをぎゅっと絞ってる。


「……じゃあ葉璃ちゃん、そんなに言うなら週に一回はデートしてよ」
「ふぇっ?」


 濡れた何かは、ホットタオルだった。

 お湯で程よく温もったそれを顔に当てられて、優しくまんべんなく汚れとオイルを拭き取られていく。

 あったかくて気持ちい……と普段ならうっとりするところなんだけど、聖南の言葉でそれどころじゃなかった。


「で、デート、ですかっ?」
「仕事で疲れてるとか眠いとか知らねぇ。どんな理由も却下。七日に一回会う日を作って俺のこと見張ってよ」
「えぇっ!? 見張るって……っ」
「このままじゃ聖南さん倒れちゃうーって、心配なんだろ?」
「い、いや……そりゃ心配ですけど……!」


 汚れたタオルを洗面台で洗いながら、冗談めかしてそんなことを言う聖南の隣で、心の中をぜんぶ見透かされてた俺はただただあたふたした。

 聖南は、何か打開策はないかなって、俺がこっそり考えてることまでお見通しだった。


 ── 七日に一回、会う日を作る……デートって名目で、聖南のことを見張る……。


 そんなの、ダメ元で俺から提案したかったくらい願ってもないことだよ。

 仕事の現場や聖南の自宅から、俺の家は遠い。道が混んでると、普通に車で一時間近くかかっちゃう場所なんだ。

 俺と聖南の仕事量を考えても、「会う時間を作ってほしい」なんて駄々っ子みたいなことは言えない。

 たとえ聖南を見張るのが名目であっても、俺からはとても言い出せなかったことを聖南はサラッと口にした。

 言うだけ言ってタオルを洗うことに専念してる聖南からは、それが冗談なのか本気なのかちょっと読めないんだけど。


「そ、それって……俺はともかく、聖南さんの負担が増えません? 俺ん家、遠いじゃないですか。聖南さんの毎日の仕事量、俺知ってますし……」


 聖南のことが心配で見張りたい気持ちは山々で、俺も会えるもんなら会いたいよ。

 でも、わざわざ来てもらうのは悪い。

 どう考えても聖南の負担になる気しかしなくて、遠慮が先立った。


「それが葉璃の本心?」


 何を考えてるか分からない横顔が、ふとこちらを向く。

 前屈みだった背中がピンと伸びて、すると俺のことを簡単に見下ろす聖南の瞳は真剣そのものだった。


「本心っていうか、その……」
「遠距離恋愛って、定期的に会ってイチャイチャして、名残惜しく別れて、また次の予定決めてウキウキする……そういうもんなんだろ?」
「…………っっ」
「てか、葉璃ちゃんが言ったんだろ。遠距離恋愛を楽しみたいって」
「えぇ……っ」


 そんなこと、俺言ったかな……っ?

 それに近いことは言ったかもしれないけど、さすがの俺もそんな能天気な発言はしてな……って、……しちゃったのかな。

 どうだったっけ。

 たしかに俺は、聖南と一緒に住む前のドキドキ感をまた味わえるならって……思ったことはあった。

 〝NO〟と言えない状況だったとはいえ、俺らしくなく前向きに考えられた理由の一つだったのは間違いない。

 聖南はそれを、律儀に覚えてたってことだ。

 会いたい気持ちを限界まで我慢して、俺が頑固者になることまで見越して、〝それ〟を最終奥義みたいにチラつかせてきた。


「今日のこれも、俺はデートのつもりなんだけどな」
「…………っ」


 お湯で温もりきった手のひらが、俺のほっぺたをさらりと撫でる。

 見上げた先には、とても冗談を言ってるようには見えない眼差しと、目尻の下がった優しい笑みがあった。


「葉璃は会いたくない? こんな情けねぇ恋人とは会いたくねぇか?」
「聖南さん……。俺の返事分かっててそんな言い方してるでしょ……」
「分かんねぇよ。分かんねぇから聞いてる」
「うぅ……っ」


 口ごもると、聖南の瞳がヤンチャな色に変わった。

 遠慮と我慢を脇に置いて、とにかく俺の気持ちを知りたい聖南の圧力ったら凄まじい。

 ほっぺたをぷにっと摘んでくる聖南を上目遣いで睨んでも、許してくれそうにない。


「はぁ。やっぱ、会いたいって思ってんのは俺だけかぁ」
「ち、違います! 俺も会いたいですっ、会いたいに決まってますっ!」


 ……言うしかなかった。

 聖南がさらに目尻を下げたのを見ると、カッと全身が熱くなった。

 本音を言うのはすごく照れくさいって聖南は知ってるはずなのに、白状させられてしまった。


「良かった、葉璃も会いたいと思ってくれて」
「~~っっ!」


 よく言うよ! という俺の照れ隠しの怒号は、抱き寄せてきた聖南の胸にあっさりと吸収された。


 ── 聖南さんには一生敵わないな……。


 最初から考え抜かれた策だったのか、俺との言い合いでひらめいた思いつきなのか知らないけど……聖南はやっぱり、とんでもない策士だと思った。





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