狂愛サイリューム

須藤慎弥

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49♡デート

49♡11

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「……そうじゃないって。葉璃がそんな顔することない」
「ウソはダメですよ」
「……そう言われてもなぁ……」


 隣に座ってるからって、俺と目を合わせようとしないのにそれは通用しないよ。

 さっきまで遠慮なく甘えて抱きついてた腕は今、どこにある?

 そうじゃないって言うなら、どうしてそんなバツが悪そうな顔してるの?

 それもこれも、痛いところを突かれたからでしょ?

 普段の聖南だったら、誰よりもうまく誤魔化すことが出来たはず。

 声もどことなく元気が無いし。

 『はじめまして』の挨拶を終えた途端に、充電させてと飛びついてきた必死さ。

 俺に指摘されて思いっきり動揺してるのに、それを悟らせたくないみたいにすぐ離れてったことからも、今の聖南に余裕が無いのがよく分かる。


「ま、そうじゃないこともないかもって感じ。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし、俺にはどっちとは言えない。出来るだけ葉璃ちゃんには怒られたくないからな」


 それでも聖南は、鈍感の世界の頂点に居るかもしれない俺でも気付いちゃったことを誤魔化すために、虚勢を張った。

 頭をごっつんこしたまま、長い足を組んで普段の調子で「フッ」と笑う。

 俺は、聖南が言ったことを頭の中で考えた。

 ちゃんと説明してくれてるようで、全然意味が分からない。

 俺に理解出来ないように、わざとそういう風に言ってるとしか思えなかった。


「え……? あの……むずかしく言ってません……? ちょっと理解が……」
「それでいいんだよ。問い詰められても断言する気ないよ、俺」
「うーーっ?」
「あはは……っ! 相変わらずかわいーな、葉璃ちゃん」


 こっちを向いてくれないのを承知で、俺はクスクス笑う聖南の横顔を見つめた。

 少し前のめりになって肩を揺らしてる聖南に釘付けになった俺の脳内は、またもや完全にバグってしまった。

 俺と離れて暮らすことで、聖南が人間らしい生活を忘れちゃうっていうなら打開策を考えないといけない。

 軽はずみにプチ遠距離恋愛を推しちゃった俺に、相当な責任があると思ったからだ。

 だからここは、誤魔化すんじゃなくて本心を言ってほしかった。

 俺に怒られるのがイヤだなんて子どもみたいなこと言ってないで、聖南が寂しかった分の思いをもっとぶつけてくれていいよって、そう言いたかった。

 それなのに、あっという間に聖南のペースだ。

 生で聞く「かわいー」に思いっきりたじろいじゃって、ムリして笑う横顔にも見惚れちゃって、手を伸ばせば触れられる距離にいることに感動すら覚えた。


「あんま心配かけたくねぇからそこは濁させてよ。マジで大丈夫だから」
「……むぅ」


 振り返って微笑んでくる聖南に、俺は何て返したらいいか分かんなくて、めいっぱい照れながら膨れた。

 触ってみて思わずハッとしちゃったほど痩せておいて、しかも気弱にも見える笑顔で『心配しないで』は……どう考えてもムリなんだけど……。

 聖南には聖南の考えがあるのかもしれない。

 俺が聖南の立場でも、きっと同じように虚勢を張る。

 相手に心配かけたくないって気持ちは、痛いほどよく分かるもん……。


「こうしてたまに会って充電させてもらえれば、俺は平気。葉璃ちゃんは面倒だろうけど。……これで察して?」
「…………」


 面倒だなんて、そんなこと思うはずない。

 さっきとは打って変わって遠慮がちに俺の手のひらを握ってきた聖南のあったかい体温に、膨れてたほっぺたも自然と萎んでいく。

 俺は、いくらプチ遠距離恋愛を推したとはいえ離れて暮らすことをはじめから良しとしてたわけじゃないんだよ。

 すぐに納得したわけでもない。

 今考えると、どちらかといえば俺の方が、虚勢を張って聞き分けのいい恋人を演じてた節だってある。

 だって……俺にはどうすることも出来ないことだから。

 いつどこで俺との同居(同棲)がバレちゃうか分かんない密着取材がある、レイチェルさんから本格的に名指しで疑われてる── このダブルパンチを躱すには、俺と聖南が物理的に離れておくしかないじゃん。

 っていうか、一番確実で安全な方法がそれしかなかった。

 根っからネガティブな俺が、今の今までポジティブ思考でいられたのも、聖南のためだったら少しの我慢くらい大した事ないって思えたからなんだよ。

 でも、一ヶ月も経たないで聖南に限界がきた。

 俺の知らないところで、俺以上に我慢してた。

 聖南が〝セナ〟である以上、俺が〝ハル〟である以上はしょうがないにしても、やっぱり打開策は必要なんじゃないかな。

 お互いの我慢を減らすようにしなきゃ、あと三ヶ月も乗り切れないよ。


「── ところで、それはルイ発案?」
「えっ? あ……これ、ですか?」
「そう」


 俺に問いかけながらゆっくり立ち上がった聖南は、備え付けの小さな冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを二本取り出した。

 そのうちの一本を手渡されて受け取ると、またしても自分の姿を忘れてたことに気付いて下手くそな笑顔を返す。


「俺にもよく分かんないんですけど……聖南さんと会うなら別人で行けってことらしいです。今日だけじゃなくて、今後も」
「〝ハル〟じゃマズいからな。気を回してくれたんだろ」
「それは分かるんですけど……」
「なんか不満そうだな?」
「い、いえ……不満とかじゃなくて……」
「ん?」


 話題を変えられたな、と内心では思いつつ、聖南にならってお水を一口飲んだ。

 ふと飲み口に薄く色が付いたのを見て、苦笑してしまう。




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