狂愛サイリューム

須藤慎弥

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49♡デート

49♡7

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 慣れた手付きで俺の肌を整えてく春香は、口と手を同時に動かしながら饒舌に語り出した。


「まだちゃんと付き合う前だったかなー。セナさんから連絡こなくなった時あったじゃん。……あっそうだ。セナさんがお腹刺されて入院してた時」
「そんなニュースあったな。あれ三年くらい前か? 意識が戻らんて連日ニュース沙汰やったけど」
「そうそう。葉璃ってば、あの〝CROWNのセナ〟から猛アピールされときながら逃げまくってたのよね。それなのに連絡こなくなったらしょんぼりしちゃって。もう答え出てるじゃん、ってお尻叩きたくて仕方なかったわよ」
「へぇ~」
「そ、そんな昔の話やめてよ……」


 語る合間に「目閉じて」と言われたから、俺の視界は真っ暗だ。

 だからなのか、振り返るには甘酸っぱすぎる懐かしいエピソードが鮮明に蘇ってくる。

 春香の言う通り、あの時の俺はもう聖南のことを好きだったように思う。

 いろんな卑屈な考えが邪魔をしてなかなか素直になれなかったけど、聖南が怪我をして目を覚まさないってニュースを見た時、心臓が止まりかけたもんな。

 でもあの頃の俺には、目覚めない〝セナ〟との連絡手段は限られていた。

 見かねたアキラさんが動いてくれなかったら、俺はずっと何にも出来ないまま、心配と不安に押しつぶされて……とうとう自分を見失っていたかもしれない。

 二度と会えなくなる可能性があると知った途端、聖南の気持ちに応えたい……応えなきゃ一生後悔するって思った。

 ただこの時でさえ俺は、『きっと一時的な感情だろうから。〝セナ〟が飽きるまででいいから。俺なんかに〝愛〟はもったいないから』── こんな卑屈な考えを心の中で持ち続けていた。

 おかげでその後もたくさん、聖南やみんなを振り回して大いに迷惑かけてしまったんだけど……。

 そう考えると、俺ってば今、すごくすごくすごく贅沢になっちゃったんだな。

 トラブル的な何かがあったわけじゃなく、俺も聖南も納得したうえで離れて暮らすことにしたっていうのに、ちょっと会えないだけで寂しい気持ちでいっぱいになって、春香にもルイさんにもそれを悟られて。

 一生懸命隠してたつもりなのに、自分のことで精一杯になってしまった結果……俺は今、なぜかルイさんに見守られつつ春香からメイクを施されている。

 それはたぶん、今日もいつものことながら女の子に変身するための別人級メイクってやつなんだろうな。

 俺が、〝ハル〟だから── 。


「そういや、ハルポンとセナさんはどこでどうやって知り合うたん?」


 黙ってされるがままになっていた俺の左横から、いつにも増してトーンを抑えた声がした。

 俺はその瞬間、『ギクッ』となった。

 ルイさんとはたくさん会話の機会があるけど、そういえばその話はしてなかったんだっけ……。

 そりゃあ不思議に思うよね。

 この際に、とばかりにド直球なルイさんの問い。今まで尋ねてこなかったのが逆に妙なくらいだ。


「まだハルポンはデビューする前で、ダンスレッスンに通う普通の根暗男子やったんやろ? それがトップアイドルとどう繋がるんよ。いくら考えてもハルポンとセナさんに接点ないやん。ひと足早くデビューしとった春香ちゃんは相澤プロ所属やし」
「あれっ!? ルイくん知らなかったのっ?」
「知らん知らん」
「…………」


 春香に怒られそうで、俺は人形状態のまま二人の声に集中した。

 何しろ、俺と聖南の出会い……あれこそ〝ハル〟の極秘任務のはじまりだった。

 バレたら終わりの大き過ぎるプレッシャーのなかで、今でも『完璧にやり遂げた』とは言いがたい。

 無の境地に立って、とにかく一生懸命〝春香〟を演じ上げることだけに集中していて、正直なところ今思い返してみても俺は聖南のことなんてほとんど覚えてない。

 撮り直しのきく収録ならまだしも、生放送での一発本番が俺の精神を限界まですり減らしてたからだ。

 でもそれをルイさんに告げてしまっていいものか、迷った。

 ルイさんのこと、すごく信頼できる人だって思ってはいても、それとこれとは話が別かもしれない。俺の独断で話していいことじゃないのに、勝手に秘密を漏らしたら後で大変なことになるんじゃ……。


「恭也に聞いても、なんや濁して教えてくれんでなぁ」
「あっ、もしかしてアレも極秘任務だったからかな? 口が堅い恭也くんなら濁すかも」
「なになに? アレ? 極秘任務? ハルポンとセナさんはやっぱワケあり交際やったん?」
「ワケありっていうか、特殊な出会い方に違いないわよね。……恭也くんはどんな濁し方してたの?」


 真っ暗な視界の中でぐるぐるしていると、さすがの春香も〝アレ〟については慎重になるべきだと思ったみたいだ。

 性格上すぐに話しちゃうかと思いきや、同じ問いをされて困った恭也がどんな濁し方をしたのか聞き返している。

 きっと恭也も『ギクッ』となったに違いないのに、その場でどんな風に躱したのか俺も気になった。


「恭也はそやなぁ……。memoryの出演番組を片っ端から見てみろ、……そう言うてた気する」
「うん、大正解。ルイくん、恭也くんのそれ大ヒントだよ」
「いやいや……あれマジやったんか。誤魔化すための口からでまかせやとばっかり思てたわ」
「でまかせじゃないよ~! ね、葉璃!」
「う、うん……!」


 まぶたを閉じたまま、恭也の躱し方のうまさに感心しながら、俺は首を動かさずに声だけで頷いた。

 恭也も、ルイさんに隠しとくのは忍びないって思ったんだろうな。

 だからといってペロっと話していい内容でもないし、だったらルイさん自身で見つけたらいいって。

 さすがだな、恭也。

 知らず口元がニンマリしちゃってた俺の顎を、春香の細い指がやんわりと掴む。会話の最中も絶えず動かしていた手が、ぴたりと止まった。


「葉璃、目開けて」




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