狂愛サイリューム

須藤慎弥

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49♡デート

49♡6

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 言い終わらないうちに、ルイさんは俺が後から指差した方の扉をノックした。しかも一応は女の子の部屋なのに、中から返事が返ってくる前に扉を開けちゃっている。

 俺がいつも春香にされて嫌な事ナンバーワンが、これ。

 ノックと同時に扉を開けられちゃ、心の準備が出来ないじゃん。家族なんだから心の準備なんていらないでしょ、って春香は言うんだけど俺は納得いかない。

 春香も、いざ自分が俺の立場になったらきっと「ムキィーー!」っと目尻吊り上げて怒るんだ。

 何にも考えてなさそうなルイさんには悪いけど、自業自得だよ。絶対に雷が落ちるよ……と怯えた俺は、ルイさんの背中に隠れて一瞬で気配を消した。


「よっ。今ええか?」
「あっ? えっ? ルイくんだ! 驚いたー! どうしたの!? いらっしゃい!」


 ── えぇっ? 怒らないのっ?

 いきなり部屋の扉を開けられたのに、なんで『驚いたー!』で済んじゃうの!?

 雷を恐れてた俺は、一度だって〝ノックと同時に入る〟をしたことがなかった。自分がイヤだと思うことを、すすんでしたくないってのもあった。

 だから……春香の反応とルイさんの無鉄砲さに、ものすごい衝撃を受けた。


「ささっ、座って座って! もぉ、急に来るからビックリするじゃん!」
「すまんすまん。急遽やったもんでな。春香ちゃんに話があって寄らせてもろたんやけど」
「えーっ、話!? なになに!」
「それがなぁ、……」


 えーっと……。

 コミュ障をこじらせてる俺がおかしいのかな……?

 ルイさんが来て一分……も経ってないよ?

 こんなにすぐ打ち解けられるもの?

 上機嫌の春香に難無く迎え入れられたルイさんは、さっそくラグの上に腰を下ろしてくつろいでいて、ベッドの上で髪のお手入れ?をしていた春香と楽しくお喋りし始めている。

 昔からの友達みたいなノリで、時々声を潜めながら談笑する二人を見てると、ホントに二人には俺の姿が見えてないんじゃないかって不安になってきた。

 扉前で棒立ちになってる俺は、もちろんうんと昔から気配消すの得意だけどさ。

 漏れ聞こえた話の内容的に、出来れば俺も仲間に加わりたいなって感じだ。


「── っちゅーわけなんよ。そこで、春香ちゃんに協力してもらわれへんかなと」


 俺にはもったいぶった提案を、ルイさんはとっても流暢に春香に語って聞かせていた。

 これから俺と聖南が密会することも含めて、どうしても春香に協力してほしいんだって。

 俺には途中までしか理解できなかった〝別人級メイク〟を、他でもない春香に施してもらうためにルイさんはわざわざ順を追って説明していたんだ。

 いやいや、そんなこと春香に頼めないよ……なんて、俺はこれっぽっちも思わなかった。

 なぜなら春香は、いつどんな状況でもこの手の話にはイヤな顔ひとつしないからだ。

 それどころか……。


「そんなのお安い御用よ! うふふふ……っ、腕が鳴るわねぇ」


 コミュ力お化けな二人を呆然と見やる俺にニヤリと笑って見せた春香の瞳が、爛々と輝いちゃっている。

 春香は、俺と聖南が絡むとさらに協力は惜しまない。いつかの恩返しだとか言って、めちゃくちゃ張り切ってくれる。


「春香ちゃんならそう言うてくれると信じてたわ。俺にそういう技術があれば話は早いんやが、あいにくな。こういう事は女の子に任せた方が絶対ええやんか」
「そりゃあそうよ! 私だったら事情を一から十までぜーんぶ知ってるし、何もかも見てきたし! 姉として、葉璃の一番の理解者だって思ってるし!」
「うん。素晴らしい姉弟愛やなぁ」
「うふふっ、でしょ!」


 あぐらをかいたルイさんがフッと微笑んで、春香もそれにつられるようにフフフッと不敵に笑った。

 ヘンテコな無表情は、俺だけだ。

 それにしても……ルイさんは分かってたのかな。

 春香が協力を惜しまない事とか、理由を説明したら俄然燃えちゃう事とか。

 今でこそニコニコだけど、ルイさんが話してる最中の春香の表情は穏やかとは程遠かった。

 その険しい顔が『誰かに似てるなぁ』と思ったら、〝レイチェルアレルギー〟だなんて失礼なことを言う聖南と似てるんだって気付いて苦笑いしてしまった。


「それじゃ早速やっちゃお! いつセナさんから連絡あるか分かんないんでしょ? てか葉璃、いつまでそこに突っ立ってんの。こっちおいで! ここに座って!」
「え、あ、……うん」


 ぼふぼふっと布団を叩いて呼ぶ春香の声に、一度ビクッと肩を揺らして近寄っていく。

 春香の真似して布団の上に座っていいものか迷っていると、かなり強い力で腕を引っ張られた。


「ルイくんが動いてくれて良かったぁ。私も心配してたのよ。だって葉璃、みるみる元気がなくなってくんだもん。なんだかねぇ……最初の頃を思い出しちゃったわよ」
「最初の頃?」
「最初の頃て?」


 向かい合って座る俺と春香の間に、スキンケア用品とメイク道具がバラバラと広げられる。

 ヘアメイクさんみたいに腕まくりして、俺の前髪をダッカールで留めた春香のしみじみとした呟きに、そばで見守るルイさんと思わず声が被った。



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