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49♡デート
♡ 葉璃 ♡
しおりを挟むどうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……!!
「…………ッ!」
聖南からのメッセージにつられて、十日以上も我慢してた「会いたいです」を送っちゃった俺は、こじんまりとした控室で一人激しく動揺していた。
専属モデルとして起用してもらってる雑誌の撮影の合間、春物コーデに身を包んで澄まし顔をする事、五時間。
冬の晴れ間に当たって、外での撮影は午前中に撮り切った。残りは一パターン、移動して来たスタジオで撮れば今日の仕事は終わり。
着替えもヘアメイクも済んで、あとはスタッフさんに呼び込まれるのを待つばかり……となったその時、何気なくスマホを掴んだ瞬間に届いた、聖南からのメッセージに俺は息を呑んだ。
だってそれが、あまりにも……なんていうか、見えないSOSみたいに感じて。
──〝会いたい〟。
思わず二度見した。
同時に、心配にもなった。
聖南がその一言だけを送ってくることなんてあり得ないから。
いつもだったら、最初に『はるちゃん』って呼びかけてきて、それから『会いたいよ』と可愛い絵文字付きで続く。
絵文字だったり顔文字だったり、顔に似合わずそういうのを使っちゃうタイプの俺に合わせて、聖南もだんだんそうなってきた。
文字だけだと堅い印象を受けるかなって。そっけなく感じるかもって。
本人が暗い分、文面だけでも柔らかく見せたいって俺らしくない虚栄心に近いものを張ってるんだ。
だからってわけじゃないけど、聖南のシンプルな〝会いたい〟には何か別の思いも含まれてる気がした。
大丈夫ですか、とか。今何してるんですか、とか。
いっぱい聞きたいことはあったんだけど、気付いたときにはすでに、しかもほぼ反射的に、〝おれも会いたいです〟と返事を打っていた。
聖南がどんな状況で、どんな気持ちであの一言を打ったのか……十日以上も離れてる俺にはまったく想像がつかなくて、とにかく偽ってちゃいけないと素直に本心を連投した。
いきなりどうしたんだろって心配にもなりながら、聖南と直接会話してるくらいスピーディーなやり取りをした俺は、驚きよりも嬉しさが勝っていた。
「やっと、会えるんだ……っ!」
聖南の言い方だと、どんなに遅くなっても会いに来てくれるって感じだった。俺が寝落ちしてたら、いっぱい電話して起こしてくれるとも言ってたし。
寝過ごすのが不安でああ言った俺だけど、きっと楽しみすぎて眠気なんかこない。
なんたって十日以上ぶり。十日を過ぎてから数えるのが億劫になっちゃったほど、聖南とは何日も会えてない。
俺はそろそろ、発狂しちゃいそうだった。
毎日連絡を取り合って、その時だけは離れて過ごす聖南を近くに感じられて、付き合ってることを実感できたらそれでいいと思ってたのに、贅沢な俺はそれじゃ我慢できなくなっていた。
聖南のせいだ。
俺がこんなに我慢のきかない男になったのも、聖南の〝会いたい〟に飛び付いて同調しちゃったのも、聖南が俺を甘やかすからこうなった。
「……うわっ、!」
「──っ!」
浮かれに浮かれて、控室の中で怪しくウロウロしてた俺を、トイレから戻ってきたルイさんが怪訝な顔で見てきた。
スマホ片手に若干ニヤニヤしながら、猫背になってウロついてる俺の姿は、さぞかし不気味だったに違いない。
今日は送迎ついでに一日俺に付き添ってくれてるルイさんを、驚かせるつもりはなかったんだけど。
トイレに立ってほんの数分で様子がおかしくなった俺を、ルイさんは相当奇妙がっていた。
「なに、なんや。ハルポンどないしたん。不気味に揺れてんとちょっと座り? 怖いから」
「ル! ルルルル……ッ!」
「おぉ? キツネでも呼んでるんか? コンコンッ。何をそんなにパニクってるんだコンッ」
狼狽えた俺を揶揄って、右手でキツネを作ったルイさんが真顔で近付いてくる。
こうやってすぐふざけるところはルイさんの良いところでもあるけど、たまにイラッとすることもある。
喜びを隠しきれなくて動揺しちゃってる俺は今、心に余裕がない。
「ち、違いますよっ!! キツネなんて呼んでません! ルイさんはどっちかっていうとワンちゃん顔でしょ!」
「ワンちゃん……?」
少し垂れ目のルイさんは、間違いなくワンちゃん顔じゃん。キツネさんじゃない。
イラッとしたついでにそう言うと、ルイさんはおもむろにポケットからスマホを取り出して何かを調べ始めた。
そんなに声を荒らげることもなかったのに、冷静さを欠いていた俺は自分で自分が恥ずかしくなってきて、こっそりパイプ椅子に腰掛ける。
聖南と会えるのが楽しみで浮かれちゃったからって、ルイさんは何にも関係ないのに悪いことしちゃった。
ルイさんはワンちゃん顔でしょ、だなんて……。
「ハルポン、見てみ。俺の顔が犬顔やっちゅーのはおいといて、キツネはネコ目イヌ科らしいで?」
「えぇっ? それどっちなんですかっ? ネコちゃん? ワンちゃん?」
「イヌ科イヌ亜科」
「ワンちゃんってことですか?」
「みたいやな」
「へぇー! キツネってワンちゃんの仲間だったのかぁ。顔はネコちゃんぽいですよね」
そうなんだぁ、と突然のキツネ雑学講座に感心した俺は、隣からの揶揄い混じりの視線に気が付かなかった。
「キツネの話題、まだ続けるか? ハルポンが知りたい言うなら、撮影終わるまでにキツネについてとことん調べてまとめとくけど」
「い、いえ……大丈夫です。すみません、ワンちゃん顔だなんて言って……。ルイさんがコンコン言うからつい……」
「俺のせいかい」
「……いえ、俺のせいです……」
元を辿れば、俺が悪い。ただトイレに行って戻ってきただけのルイさんは何も悪くないんだから、幸せな八つ当たりはしちゃいけなかった。
でも譲れないのは、ルイさんがワンちゃん顔だって事。ちなみに俺の周りだと……ワンちゃん顔はアキラさんしか居ない。
あとはみんな、恭也も、ケイタさんも、佐々木さんも、ネコちゃん顔。もちろん聖南もだ。
聖南なんか一番ネコちゃんっぽい。真っ白で毛足の長いフワフワした毛並みで、外国のお金持ちな家で優雅に暮らしてる大っきなネコちゃん。
「てかマジでどないしたん? なんでここウロついてたん?」
「あ、いや……別に何でもないですよ、何でも……」
「ふーん?」
誰がワンちゃん顔で誰がネコちゃん顔かって、すごくどうでもいいことに考えを引っ張られてた俺は、そばで飲み物を飲んでるルイさんを横目に見た。
やっぱりルイさんはワンちゃん顔だなぁ、なんて懲りずに思っていると、ふとルイさんが俺に向かって親指を立てる。
「もしや、連絡あったんか?」
クイクイっと親指を見せつけられて、それが何を意味してるのか分かった途端、俺の顔面がボンッと熱を持った。
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