狂愛サイリューム

須藤慎弥

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❤︎ ❤︎ ❤︎



 空っぽ間近だった聖南の心は、葉璃のおかげで満タン寸前にまで回復した。

 スタッフらと合流し、指定された会議室まで向かう足取りも軽やかだ。

 ロングコートを翻し、長い足で颯爽と廊下を歩く聖南は、後方から駆け足でついて来るスタッフがまったく気にならなくなっている。

 葉璃とのメッセージが弾んだだけ。

 今夜、葉璃と会う約束をしただけ。

 葉璃も聖南と会いたがっていると知れただけ。

 単純なことだが、これらはお互いが遠慮し合っていては確認のしようが無かった。

 必死の思いで打った聖南の想いを、葉璃が吸収してくれて本当に嬉しかった。

 これからの数時間を思うと気が重い。だが葉璃が、面と向かわずとも、愛おしい声を聞かせずとも、聖南に生気を分けてくれた。

 ハツラツと廊下を闊歩する聖南の様子が、さっきと打って変わっていることにスタッフらは気が付いているだろう。

 しかし誰がどう思おうと、そんなものどうでもよかった。

 葉璃のおかげで、挫けそうだった仕事への意欲を持ち直したこと。それが一番重要で、満タンでなくてはならない心が今は何より必要なのだ。


「寄りでは撮らないでくれ。書類の内容映ったら面倒だから。出来れば隅で撮ってて」
「はい! 分かりました!」


 会議室に入るや、すでにそこに居た面々に軽く挨拶をすると、聖南はすぐに振り返って密着スタッフらに声を掛けた。

 仰せのままに! とでも言いそうな勢いで、スタッフ三名はそそくさと聖南の指示通りの場所へ向かう。

 聖南は、なぜかあつらえたように一席空いていた椅子に腰掛け、手元の資料をパラパラと捲った。

 右隣の金髪女性には、着席時に一応「お疲れっす」と挨拶はしたが、彼女からの返事には頷くに留めている。

 なぜなら、その様子をカメラに撮られること自体は了承しているが、だからといって仲睦まじく見えるように撮られることは許せないからだ。

 必要最低限の会話のみで場は成り立つのだから、この後に備えて不必要な労力は使いたくない。……のだが、彼女に透明な意思表示は伝わるわけがなかった。


「── セナさん、つかぬ事をお尋ねしても?」
「……何?」


 体ごと傾け話しかけてきた彼女に、一瞬だけ聞こえないフリをしてしまおうかと大人げない考えが浮かんだ。

 けれど人のいい聖南にそんな事は出来ず、会議に必要な面子の一名が到着するまでの間、着席している面々の雑談に紛れヒソヒソ声で会話を続けた。


「申し上げにくいのですが……どうしてカメラが……? あの方々はいったい……? なんだか私、緊張してしまいますわ」


 聖南がカメラを手にした密着スタッフを連れ立ってやって来たことで、レイチェルは緊張しているらしい。

 今春のデビューは極秘事項ではないのかと、彼女からは不安そうな視線が送られてくるが、その白々しさに思わず聖南の眉間が険しくなる。


「あぁ、話してなかった。ごめんな。俺いま密着の仕事が入ってんの。あと二ヶ月はカメラに追い回される生活だ」
「まぁ、そうなのですね。それでは……プライベートもあちらの皆さんと共に過ごされているのですか?」
「そんなわけねぇだろ。仕事は仕事、プライベートはプライベート」
「うふふっ、そうですよね。セナさんはプライベートもお忙しい方ですものね」
「…………」


 ── 喧嘩売ってんのか。


 含んだ言い方と不適に微笑まれた気配に、険しかった眉間がついにはくっついて離れなくなった。

 密着取材が入っているということは、〝普段は忙しい〟聖南はもしかすると恋人 ─葉璃─ ともしばらく会えていないのかもしれない……レイチェルは、そういう考えに至ったのだろうか。

 ここで笑みを浮かべる理由はそれしか考えられず、苦笑が漏れる。

 どこまでも周りが見えていない彼女に、聖南は忠告の意味で「あのさ」とさらに声を潜めた。


「今日、これ終わったら時間作れるか」
「もちろんです。おじさまからそう伺っています」
「そう時間は取らせねぇから」


 聖南のトーンに合わせ、レイチェルも幾分静かに、だがかなり嬉しげな様子で即答した。

 そこへ、聖南とよく連絡を取り合うサムデイの重鎮が会議室へとやって来た。

 雑談で微かにざわめいていた室内の空気が、たちまちピリつく。


 〝一晩中だって構わないわ〟


 隣からこんなとんでもない台詞が聞こえてきた聖南だけは、別の意味でピリピリとしてしまったのだが。





❤︎



 レイチェルの今春デビューに向けての販促最終会議は、休憩を挟みながら約二時間ほどで終了した。

 当初の打ち合わせ通り、彼女が大塚社長の姪であることは大々的に公表はしない。帰国子女であることや歌唱力の高さ、異国の女性ならではの美しくも濃い顔立ちを強く売り出す予定である。

 その中で、より良いデビューを果たすためレイチェル本人の意向も取り入れていった。

 会議としては有意義なものだったと思う。

 サムデイ側が主にレイチェルと会話をしてくれたので、聖南は特に口を挟む事も無く済んでホッとしたが、仕事はまだ終わっていない。


 ── こっからが本番だ。


 『今日はこれがケツだ』と密着スタッフに伝え、彼らが完全に社を出るまで見張っていた聖南は、事前にDレーベルに話を通し借り切った小会議室へと足早に向かった。

 レイチェルはすでに、その場所で聖南を嬉々と待っているだろう。

 密着スタッフらがタクシーに乗り込み、走り去るまでを抜かりなく見届けていたので、少なくとも三十分は待たせているが、他ならぬ聖南からの呼び出しだ。

 自惚れでも何でもなく、彼女は相当浮かれているに違いない。

 とはいえ待たせてしまったのは確かだ。

 社会人としての礼儀は通さなければと、小会議室前で一度深呼吸し、聖南はドアノブを回した。


「悪い、遅くなっ……」
「嬉しいわ! セナさんと二人きりだなんて!」 


 扉前で張ってでもいたのか、ピョンッと聖南の方へ軽やかにジャンプで寄ってきたレイチェルと、よもや衝突する寸前だった。

 〝嬉しいわ!〟の声量で『ヤバイ』と感じた聖南が慌てて扉を締め、彼女との接触を避けるために既のところで身を翻したせいで、壁に二の腕をぶつけた。


 ──痛ってぇ……。思ってた以上だぞ、こりゃ……。



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