狂愛サイリューム

須藤慎弥

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 葉璃はデビュー間もなくから、月刊のファッション雑誌の専属モデルになった。

 オファーは複数社から来ていたが、聖南と事務所スタッフが〝ハル〟のイメージに合った雑誌を厳選し、本人の意向も交えて現在に至ったという経緯がある。

 この話を持ちかけた際、もちろん葉璃は持ち前のネガティブを大発揮した。『俺なんて載ってたら誰も買いませんよ……』と俯き、なかなか首を縦に振らなかったので焦ったものだ。

 聖南とスタッフによるダブル説得でようやく契約に漕ぎつけ、半年ほどで一人で現場に赴けるようになり、今では現場スタッフとわずかだが談笑する仲になっているという。

 月に二回、葉璃は季節を先取りしたコーディネートに身を包みカメラの前に立っているが、スケジュール表によると今日はまさにその撮影日である。

 聖南も長くモデルとして活動しているため分かるが、撮影中は休憩時間と言えどほぼ休めない。

 肌の調子を整えるだとか、メイク直しをするだとか、髪型を変えるだとか、今撮った写真を確認してほしいだとか、次の撮影の手順を説明するだとか、密着取材のように終わりが遠くない分割り切れるが、雑誌撮影もとにかく一人にはなれないのだ。

 聞いた話では、先月行われたCM撮影もそのような感じだったと葉璃がゲッソリしていた。

 そう。だからなぜこんなにも早く、しかも聖南のハートをやすやすと撃ち抜く返信が届いたのか分からず、一瞬目を疑ってしまった。


「なっ、……っ!?」


 驚きをもって画面を見詰めていると、聖南の手のひらの中でスマホが短く震えた。

 聖南からの返信を待たずして、葉璃からメッセージが届いたのだ。


「クッ……!」


 そのメッセージを読んだ聖南は、奥歯をギリッと噛み締めた。

 珍しく葉璃が連投してきたかと思えば、それは──。

 撃ち抜かれたハートが甘く疼き、あまりの愛おしさにくらりと目眩を起こしかけ、そこがどこだかも忘れて絶叫しそうになったのを堪えなくてはならないほどのメッセージだった。


〝おれも会いたいです〟
〝せなさん〟


 二度、同じ文章がきた。そして名前を呼ばれた。

 それらは自動的に葉璃の声で脳内再生され、聖南はトイレの個室内で何度も「くぅ……っ!」と声にならない声を上げた。


 ── かわいー……!! クッソかわいーー!! 会いてぇよなぁ!? 葉璃もそう思ってくれてんだよなぁ!? それなら何としてでも会わなきゃだよなぁっ!?


 胸が熱くなった。

 会いたいと思っているのは、自分だけではなかった。

 二度も同じ文章を寄越したのは、葉璃もきっと、聖南を恋しく思ってくれているからだ。

 聖南ははやる気持ちを抑え、脅威のスピードで指を動かした。


〝今日、会える?〟


 文章で見るとそうでもないが、実際の聖南はとても人様には見せられないほどだらしのない顔をしていた。

 今どういう状況なのか分からないが、葉璃からはすぐに返信がきた。


〝今日ですか? せなさんは何時にお仕事終わりますか?〟
〝わかんねー。終わったら連絡するけど、遅くなっても起きてられる?〟


「…………」


 我ながら自分勝手だなと思いつつ、葉璃の返信スピードに対抗するようにメッセージを打った。


 ── 会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。葉璃ちゃん、会いてぇよ……っ。


 実家が主な仕事現場から遠いため、葉璃は朝が早い。ともなれば必然的に、このところの葉璃の生活パターン的に同棲していた時より早めに眠りについてしまう。

 起きていられるか自信が無い── そんな返事を覚悟した聖南だが、届いたメッセージは意外なものだった。


〝ほっぺたひっぱたいてでも起きてます。〟


「プッ……!」


 葉璃の気持ちは、その一文で十二分に伝わった。

 我が恋人の無限の可愛さにやられた聖南は、口元を手のひらで覆い、「かわいー!!」と絶叫しないよう努め返事を打つ。


〝そこまでしなくていいよ。俺のほっぺたでもあるんだから、ひっぱたくなんてやめろ〟
〝でも寝落ちしてたら明日の朝悲しくなります。なのでもし一回で出なくても何回も鳴らしてください。おれが起きるまで鳴らしてほしいです。着信の音、いちばん大っきくしとくので。おねがいします。〟


 ── かっ、かわいーが過ぎるぞ葉璃ちゃん……!!


 口元が緩んで仕方がない。

 聖南からの連絡を取り損ねたくないという気持ちが、レア中のレアである長文に表れていた。

 『そろそろ限界だから充電させて』、と聖南がみっともなく嘆く間も無く、葉璃の方から必死さを感じられるとは思わなかった。


〝分かった。遠慮なく叩き起こすよ〟
〝そうしてください。楽しみにしてます。〟


「── っシャァ……! やる気出てきた……!」


 互いの隙間時間が合致し、まるで通話をしているかの如く早いテンポでやり取りをした聖南は、たちまち自身の体内が正常に戻っていく感覚にとうとう吠えてしまった。

 聖南が必死なら、葉璃も必死だった。

 会いたくてたまらない気持ちが、返信スピードと文面から痛いほど伝わってきた。

 聖南の着信に気付かず会う約束が流れてしまったら、〝翌朝悲しくなる〟と彼は感じるらしい。会えるチャンスをみすみす逃してしまうのが耐えられない、という風にも捉えられる。

 毎日の通話では平気そうに振る舞う葉璃だが、聖南と同じくあれは空元気に過ぎないのではないのだろうか。

 必死の思いで打った聖南の〝会いたい〟に、葉璃があれほど素直に応えてくれたことが嬉しくてたまらなかった。

 たった五分足らず、しかも文面でのやり取りだけで聖南の不調を治す葉璃は、やはり精神安定剤に他ならない。




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