狂愛サイリューム

須藤慎弥

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47♡日常

47♡9

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 聖南の名案で、明後日に迫ったギリギリのタイミングだけどあっさりサプライズの品が決まった。

 俺が一人で悩んでたら、今頃まだうんうん唸っていつの間にか寝落ちしてるパターンだったよ。

 持つべきものはトップアイドル様だ。頼りになる。


『なぁ葉璃。そのでっけぇ花束、俺が手配していい?』
「え!? 聖南さんが!? そんな……っ、そんなの申し訳ないですよ! 言い出しっぺの俺が自分で……っ」
『memoryには、この一回の花じゃ足んねぇほどの借りがあるからな。どうせならCROWNとETOILEの連名で特大の花を贈ろう。その方が樹も喜ぶよな』
「え、えぇ……っ!?」


 聖南との通話が終わったら〝スタンド花〟の検索をしなきゃと思ってたところに、これだ。

 カチ、カチ、とクリック音がする。

 俺の返事も聞かず、すでに手配するために動き出してる聖南に、たぶんもう何を言っても無駄だ。

 ……それにしても、お花じゃ足りないほどの借りってなんだろう?


『んーと、明後日だよな? あ、普通は一ヶ月前の予約が原則なのか……。でもま、何とかなるだろ』
「そ、それは何ともなりませんよ!」
『何とかするんだよ。俺を誰だと思ってんの?』
「……聖南さん」
『あはは……っ、それはそうなんだけど。CROWNのセナに不可能は無ぇんだな、これが』


 いやいや……うん。

 〝セナ〟さんだったら、わりと何でも思い通りになることくらい知ってるけど。

 俺は、実物を見たことがあるから分かる。

 あれを一日で作ってもらうなんてムリだ。

 物によってはお花に混じって色んな飾りも付いてて、大小あるプレートには様々な書体で文字が印字されてた。

 豪華であればあるほど、手間と時間がかかりそうなんだ。

 そもそも一ヶ月前の予約が原則ってことは、最低でもそれくらい余裕を持ってオーダーしてくほしいってことじゃん。

 そりゃあね、聖南の言動も、ちょっとカッコつけて言い切るところも俺はすごく好きだよ。

 俺にはムリだと思うことでも、聖南だったら不可能を可能にしちゃうかもしれない。

 だけど、……。


「あの……聖南さん。聖南さんに不可能は無くても、お花屋さんにはあるかと……」
『正論で返すなよ!』
「だ、だって……っ」
『大丈夫、ガチで何とかすっから。春香たちが度肝抜くやつ発注して、入り口にドーンと飾ってもらおうぜ』
「聖南さん……っ」


 もう予約出来た気でいる……!

 しかも入り口に飾ってもらう前提だし、聖南のことだから大奮発して超特大のものを発注しそうだし、俺のサプライズ案は結局ライブ前にバレちゃうことになりそうだ。

 絶対ムリだと思うんだけどなぁ……。

 ただ聖南は、柔軟な考えを持ってるとはいえ俺と同じくらい、コレと決めたらやり通す人。

 それを証明するかのように、善は急げとばかりに聖南からどんどんサンプル画像が送られてくる。通話の最中に、だ。

 どのお花メインでいくか、色合いはどうするか、どれくらい装飾してもらうか、聖南に問われるままに俺は答えていった。

 聖南の意見も交えつつ、俺たちは〝おやすみ通話〟で初めて一時間近く話し合っていた。

 ちょっとしたアドバイスをもらうだけのつもりが、聖南はとっても真剣に俺のサプライズ案を悩んでくれて、あげくの果てには不可能を可能にしてくれようとしてる。

 memoryには借りがあるから、そのお礼も兼ねて特別豪華なものを贈りたいと、途中からは聖南の方がたくさん意見を出していたくらいだ。

 何にでも一生懸命で、義理堅い。

 こういう一面を見せられると、ヘンにカッコつけられるよりよっぽど惚れ直しちゃうって。


『── 喜んでくれるといいな、春香たち』
「はい、……っ、はい! 喜ばないはずないです! 聖南さん、ありがとうございます!」


 仕事前の打ち合わせみたいに、みっちりと案を出し合って決まったmemoryへの激励の花束。

 春香たちにとって夢だった「ツアー」に、俺は一度も足を運ぶことが出来なかったから……。ギリギリになっちゃったけど、最終日を知れたのは何かの導きかもしれないと思った。

 ずっと一緒にレッスンを受けてたmemoryのみんなには、笑顔でいてほしい。驚きと同時に、チョイスしたポジティブカラーのお花でやる気を漲らせてくれたら、言うことない。

 それもこれも、聖南のおかげ。

 聖南が俺のサプライズ案に耳を傾けてくれなかったら、一時間やそこらでこんなに素敵な贈り物は決まらなかった。


「ホントに、ありがとうございます……! 聖南さん……っ」


 思わず感極った俺は、目の前に聖南は居ないのにペコペコと頭を下げて感謝した。

 すると聖南が、大真面目にこんな事を言って俺をヒヤリとさせる。


『お礼は、ちゃんと手配出来た時でいいよ』
「えっ……!?」
『あはは……っ、冗談だよ』
「もうっ! 聖南さんっ!」
『あはは……!』


 俺を揶揄う時だけ大根じゃなくなるんだもんなぁ。

 予想通りの反応をした俺が可笑しいらしく、「葉璃かわいー」と言いながら聖南は大笑いしてる。

 まったくもう……俺のこと言えないくらい、聖南の冗談は冗談に聞こえないんだってば。

 俺を揶揄ってばっかりだったら、もっと文句も言えるのに。


『かわいーなぁ、葉璃ちゃん。暖房効かなくて寒かったんだけど一気に体温もったわ』
「暖房が効かない……? 聖南さん、今どこに居るんですか?」
『ん? 俺は今事務所だよ。俺専用の個室』
「あぁ、あそこですね」


 事務所の聖南専用の個室にいる……ってことは、俺との通話が終わってもまだ聖南は仕事が残ってるんだ。聖南にのみ使用が許されてる〝あそこ〟は、いかにも創作が捗りそうなそれに特化した空間。

 俺が居ない家には帰りたくない、寂しいから寝るためだけに帰る、そう言ってた聖南がそこで時間を潰してると考えると、何だか切なくなってくる。


『せっかくだし詞を作ろうと思ってな』
「…………?」
『葉璃と離れて暮らしてる今しか書けない詞もあるんだよ、多分』
「ん……? 多分? 多分って言いました?」
『言った。だってまだ一行も書けてねぇんだ。嘘は吐きたくねぇ』
「あはは……! 聖南さん真面目ですね……っていうか、一行も書けてないの……俺と長電話しちゃったからですよね。俺が余計な話をしちゃったから……」
『一時間しか話してねぇのに長電話とか言うなよ。俺は幸せだよ、葉璃とたくさん話が出来て』
「…………っ」


 わぁ……そんな風に思ってくれるんだ。

 「おやすみ」の前の他愛もない会話は、聖南が俺の睡眠時間を気にして、長くても十五分くらいで終わっちゃうもんね。

 いっぱいお話できて嬉しい……こう思ってたの俺だけじゃなかったんだ……。

 それをストレートに言ってくれちゃう聖南に、キュンとした。そしてまた、よくない思いが湧き上がってくる。


『あとさ、なんかちょっと分かったんだよ』
「わ、分かった? 何がですか……?」


 ついポロっと言ってしまいそうになる言葉を、俺はゴクンと飲み込んで何食わぬ顔をした。

 聖南のしみじみとした声色で、何となく今言うべきじゃないと直感したからかもしれない。


『葉璃が言ってたろ。「プチ遠距離恋愛楽しみです」って。その気持ちが分かってきた』
「え……っ?」
『すげぇ寂しいのは変わんねぇんだけど、連絡取り合って、一日一回はこうして声聞けて、確かにプチ遠距離恋愛みたいでテンションは上がってる。それに葉璃、こうも言ってたじゃん。「また一緒に暮らした時、今よりもっとこの生活に幸せを感じるんだろうなー」って』
「はい、……言いました、けど……」
『あれな、俺を元気付けてくれる魔法の言葉みたい。ネガティブ葉璃ちゃんから授かった、ありがたーいポジティブ魔法』
「…………」


 聖南は、この「プチ遠距離恋愛」を受け入れて楽しみ始めていると、前向きに捉えられたことをちょっとだけ嬉しそうに俺に話してくれた。

 らしくないポジティブな言葉で聖南を説得した俺の方が、今や寂しくてたまんなくなってる。

 会いたいって気持ちが……強くなっちゃってる。


『葉璃、おやすみ。また明日な』
「はい。……おやすみなさい、聖南さん」


 年上の恋人ぶる聖南から切り出されて渋々応えなくちゃならない俺は、いつも自分から通話を切る。

 その理由は二つ。

 もっと聖南の声を聞いていたいと、繋いだままにしておきたくなっちゃうから。

 通話を終えてすぐに届く〝好きだよ〟のメッセージで、寂しさを埋めたいから。




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