狂愛サイリューム

須藤慎弥

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47♡日常

47♡3

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♡ ♡ ♡



「……寂しい……」


 ……どうしよう。

 これは……思ってた以上に寂しい、かもしれない。

 プチ遠距離恋愛が始まって二日目にして、とてつもなく大きな穴が心に空いてしまったみたいに寂しい気持ちが加速している。

 聖南とバイバイする瞬間。一年前の今頃と同じシチュエーションでのお見送り。車が見えなくなるまで佇んで、見慣れた自分の部屋に戻った時の何とも言えない悲しさ。

 それを二日間ずっと、引きずってる。

 一昨日、聖南がここに送ってくれた時は部屋に上がってないし大丈夫だと思ってた……のに。

 俺自身が聖南のにおいでいっぱいだった。

 先に実家に送っておいた二つのダンボールは、もっとヤバくて。

 開けたと同時に、俺は聖南のお家に瞬間移動した。……って、いや、そんなはずないんだけど。

 嗅ぎ慣れたセクシーな香りが部屋中に漂って、クラクラしたのはホントだ。

 その香りは、俺の幼稚な部屋にはまったくもって似合わない。

 背が高くて、日本人離れした顔面を持っていて、笑うと八重歯が可愛いあの人しか……。


 ──トントントン。


「……っ、はーい」


 ベッドに座って呆然としていた俺は、ノックの音にビクッと肩を揺らした。

 俺の返事と同時に扉を開けるのは、春香しか居ない。


「良かった、葉璃起きてた」
「……ねぇ春香。いつも言ってるけど、ノックの意味無いよね」
「あはは、そのセリフ懐かしい。一年前は毎晩のように聞いてて耳タコだったけど、いざ久しぶりに聞くといいもんだね」
「…………」


 よくない。何にもよくないよ。

 男女の姉弟なんだから、もう少し気を遣ってほしい。

 俺はあからさまに嫌な顔をしてると思うんだけど、悪びれずに「懐かしい」とまで言って笑う春香はホントに肝が据わってる。


「セナさんとラブラブ中だったら悪いじゃん? だから一応ノックしてみたんだけどー」
「今まさに連絡しようとしてたよ」
「あ、そうなの? 私黙ってるから、どうぞどうぞ」
「い、いや……春香の前で出来るわけないじゃん……」
「今さら恥ずかしがることないよ! 私、今までどれだけセナさんと葉璃のラブラブシーン見せつけられてると思ってんの?」
「……ら、ラブラブシーンって……!」


 そんなの見せたつもりないんだけど……!

 いつのことを言ってるんだろう、春香。

 もしかしてあの時のこと? それともあの時?

 ……思い当たる節があり過ぎる。


「連絡しなくていいの? 約束してたんでしょ? マジな話、私お邪魔だったら出てくよ?」
「あ、……ううん。いいんだ。大丈夫」
「ホント~?」
「うん。お風呂に入る前に送ったメッセージに、まだ既読が付かないんだよ。絶賛仕事中に電話しちゃ迷惑だろうから」
「そうなんだ。撮影が押してるのかな?」
「たぶん……」


 夜の十一時を過ぎて、聖南に連絡しようか迷っていたのはそのせいだった。

 聖南とのやり取りの画面を開いたスマホを握りしめて、十五分。〝既読〟が付くのをぼんやり待って、メッセージを連投するのを躊躇い続けていた。

 自分で「眠る前に聖南さんの声を聞きたい」なんて言っておきながら、昨日も今日も俺から連絡をすることが出来なくて。

 いざ離れてしまうと、あんなに近かった聖南との距離がものすごく遠いものに感じるんだ。

 聖南は忙しい合間にもマメに連絡をくれるし、俺は決して不安になってるわけじゃない。

 心が繋がってれば大丈夫だって、その考えが変わってるわけでもない。

 ただ、聖南との毎日がいかに俺にとっての当たり前になっていたか、わずか二日で思い知ってしまった。

 朝起きても聖南が居ない。羽交い締めにされてないから、寝つきが悪い。

 聖南の高い体温が恋しくて、少しでも寝苦しくなるように毛布をもう一枚出した。それに包まってると、気休めの重みと暑さで何となく聖南を感じることができる。


 ──あ、……マズイ。また寂しくなってきた。


 そっくりそのまま、出て行った時の状態で残してくれてた俺の部屋には今、春香も居るのに。

 鼻の奥がツンとする。俺はそれを誤魔化すように、小鼻を摘んで涙を堪えた。


「ねぇねぇ、葉璃」
「……ん、?」
「ホントは何かあったんじゃないの?」


 春香は、俺の勉強机とセットの椅子がお気に入りで、この部屋に来ると大体そこに反対向きに座る。

 背もたれに腕を乗せて、その上に顎をついた春香は、まるで俺の心を読んだかのようなトーンで「違う?」と首を傾げた。


「な、何かって何が?」
「ここに帰ってきた理由よ。母さんには、セナさんに密着の取材が入ったからって言ってたじゃない? でも私、どうしてもそれだけじゃない気がして」
「いや何言ってるの。そ、そそそれだけだよ。は、はは……っ。やだなぁ、もう。春香ってば勘繰り過ぎだって~」


 なんで春香は……っていうか女の子は、こんなに勘が鋭いんだろう。

 母さんに心配をかけたくないから、レイチェルさんが俺たちを探ってるという話はしなかった。

 聖南は洗いざらい話す気でいたのかもしれないけど、俺が「言わないでほしい」とお願いして、そういう事になった。


「……葉璃、相変わらずウソがヘタね」
「うっ……」


 ウソっていうか……言わなくていいことを言わなかっただけで、どうしてこんなに後めたい気持ちになるのかな……。

 隠してることがあるから?

 ホントは、〝レイチェルさんのせいでこうなった〟と思いたくないから?

 心配をかけたくない、なんて方便を使ったから……?

 何にせよ、俺は春香の女の勘にタジタジになった。

 モゴモゴと口ごもって、下を向く。

 スリープ状態になった真っ暗な画面に、俺のヘンな顔が映っていてさらに気分が落ち込んだ。


「そうそう。聖南さん、わざわざ家まで来たのよ。一緒に暮らすことをお願いしに来た時みたいに、スーツ着てね」
「えっ!? いつ!?」


 パッと顔を上げた俺に、春香は「知らなかったの?」と目を丸くした。

 ……全然、知らなかった。

 そもそも聖南に、そんな時間はないはず。都心からここまで車で三十分以上、道が混んでたら平気で一時間はかかっちゃうくらいなんだ。

 デビュー前、実家から大塚のレッスンに通ってた時は電車に揺られてウトウトする事も少なくなかった。

 聖南は「車だとすぐだよ」と言うけど、絶対そんな事ない。

 ただでさえ忙しい聖南が、俺に内緒で来たっていうの? わざわざスーツを着て……?

 
「報告の電話くれた三日後? くらいだったかな。お父さんとお母さんに頭下げてたよ」
「え……?」
「自分の都合で葉璃を振り回す形になって申し訳ないって」
「そ、そんな……」


 頭を下げただなんて……。

 何にも悪くないのに、聖南が「自分のせい」だと思い込んでるところだけはちょっと許せない。

 聖南にそんなことをさせちゃった俺も、「申し訳ない」だよ。

 俺に内緒にしてたって事は、春香が教えてくれなかったら聖南は黙ってるつもりだったんじゃないの?

 いつもいつも甘えん坊な大型犬みたいなのに、こんな時ばっかりかっこいいなんてずるいよ。


「葉璃って生活能力ないじゃない? だから一人暮らしさせるより、誰かに面倒見てもらった方が安心なんだよね。ここから仕事に通うって手ももちろんあったんだろうけど、ETOILEの仕事量考えたら一年目で力尽きてたと思うし」
「え? ……うん?」


 俺がしんみりしちゃってるのはお構いなしに、お喋りな春香は口を動かし続けた。

 頷いたものの、話が脱線してるような気がする。

 俺に生活能力が無いって、そんなの今関係ある? と、俺は春香を見つめて続きを待った。

 握ったスマホが明るく照らされるまで、ひとりぼっちにならなくていいのは助かったと思いながら。


「セナさんが葉璃を引き取ってくれて、お母さんと私はホッとしてたのよ。お父さんはちょっとだけ複雑だったみたいだけどね。葉璃がセナさん家に行って一週間くらい、「嫁にやった気分だ」って寂しそうで笑っちゃった。ほら、私とお母さんは葉璃たちの関係知ってるからさ」
「そ、そうだったの……」


 同い年なのに〝お姉ちゃん〟風を吹かせる春香は、心なしか嬉しそうに俺が出て行ってからのことを色々聞かせてくれた。



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