狂愛サイリューム

須藤慎弥

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46❤︎最善策

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 レコード会社から事務所まではやや距離があるため、ひとまず葉璃に「今終わったよ」と簡潔なメッセージを送った。


「お、ちょうどいいじゃん」


 すると信号待ちで操作したスマホに、すぐに返信がくる。スケジュール通りであれば、葉璃の仕事は二十時頃には終わっているとの読み通り、彼もこれからルイの車で事務所に戻るとの事だった。

 少し待たせるかもしれないが事務所で待つよう返事を送り返すと、丸っこいうさぎが〝OK〟の札を持っている可愛らしいスタンプが送られてきた。


「フッ……かわい」


 葉璃と接していると、聖南が鬱々となる間も無い。

 同棲前はこれが当たり前だったので、葉璃はきっとこういう些細なやり取りにも胸を弾ませていたのだろう。無論、聖南もそうだ。

 真剣な交際というものに縁が無かった聖南にとって、葉璃と付き合ってからは何もかもが新鮮に感じ、何もかもを共有したいと思うようになっていた。

 葉璃にも見せたい、葉璃にも聴かせたい、葉璃にも味わってほしい、葉璃がそばに居てくれたらな……と、毎分毎秒葉璃の事ばかり考え、次に会える日を待ち侘びた。

 そう考えると、大好きだと思える人と愛し合えるのがどんなに幸せな事か、改めて噛み締めざるを得ない。


 ── 〝想いを諦めさせる〟か……。


 聖南の成すべき事は一つ。

 ただしそれは、〝人の心を動かす〟のと通ずる。

 葉璃の手前さも簡単そうに言ったけれど、かなり労力が要りそうだ。

 思い返せば、聖南があの時夢中になって追いかけ葉璃の心を射止めなければ、紙一重の差で佐々木に彼を奪われていたかもしれない。

 そうなった時、聖南は諦めきれたかと言われると簡単には頷けない。どうにかして葉璃を掻っ攫う算段をつけ、二人の仲を裂こうとした。

 聖南の横槍で愛し合う者たちが引き裂かれようと、葉璃を手に入れられるなら何でもする、くらいの気概で猛アタックし続けたに違いない。

 実際にそれを実行に移したわけではないので当人の気持ちは分からないが、おそらくその時、大好きなはずの葉璃が傷付いたとしても聖南は強硬手段に打って出る自信しかなかった。


「……マジで、まんま一緒じゃん……」


 ハンドルを握りながら、聖南は近頃で一番の苦笑を浮かべた。

 同族嫌悪とはよく言ったものである。

 〝なんか嫌だな〟と早々と彼女を嫌悪し始めた頃から思っていたが、猪突猛進なところが本当によく似ている。

 しかもレイチェルに至っては、こちらが下手を打つと必然的に厄介事が生じる切り札まで握っているのだ。

 何としてでも聖南を手に入れたい、という強い想いでそんな暴挙に出ているのだろうが、本来は淡く甘いものであると知った聖南にはレイチェルの行動に不快感しか抱けない。

 それが逆効果だという事を、自身では気付けないところまで彼女は突き進んでいる。

 その暴走とも言うべき想いを諦めさせるにはどうしたらいいか──。

 実は聖南は、現状何も、手立てを思い付いていない。


「混んでんな……」


 急いでいる時に限って、よく赤信号に引っかかる。

 一秒でも早く葉璃を迎えに行ってやりたいのに、週末だからなのか車通りも多く事務所までもうしばらく時間がかかりそうだった。

 待ちぼうけの葉璃にその事を伝えるべく電話を繋ぐと、もののワンコールで『聖南さん!』とはしゃぐ愛おしい声が聞けた。


「……あ、俺だけど。もう事務所着いてるよな?」
『お疲れさまです! 今ルイさんの車の中ですよ。事務所のロビーが暗くなっちゃってるんで、ルイさんが駐車場で一緒に待っててくれて』
「あぁ、そうなんだ。悪いな。もうちょいかかりそうなんだ。こっちすげぇ車混んでて。おまけに赤信号マジックにも引っ掛かってる」
『あっ、そうなんですね? ……ルイさん、聖南さんもう少しかかるんですって。先に帰ってもいいですよ? 待たせちゃ悪いので……』


 電話越しの葉璃の申し訳なさそうな声が、ほんの少し遠のいた。事務所まで送ってもらい、聖南が迎えに来るまで話し相手になってくれているという、ルイの『かまへんよ』の声も遠い。

 家に帰っても寝るだけだと豪語するルイは、〝暇〟と〝免許〟があるからと率先して葉璃の世話を焼いてくれるので助かる。

 はじめはヒヤリとしたものだが、彼の祖母の一件から、葉璃に対し心を開いてはいるものの下心のある接し方には見えないところも好印象だ。


「葉璃、ルイには俺の声聞こえてる?」
『いえ。お話があるならスピーカーにしますけど』
「ん。頼むわ」


 これから数ヶ月の間、おそらくルイには今よりもっと面倒をかけてしまう。だがそれも、本人の許可を得てからの話だ。

 葉璃の操作によって音質が変わったのを見計らい、聖南は電話口の二人に話し掛けた。


「そういや、恭也は一緒じゃねぇのか?」
『セナさんお疲れっす。恭也は林さんが送って行きましたよ。なんや恭也に話でもあったんすか?』
「いや、恭也にも後々話すんだけど、今日はルイと話がしたい……」
『エェッッ!? 俺と話がしたいぃッッ!?』


 聖南の到着を待っていてくれるなら、今後の話をするいい機会だ。そう思い何気なく夕食を誘おうとするも、ルイの素っ頓狂な声に阻まれた。

 あげく電話の向こうで、『怖ッ!』と少々取り乱している。


「……ん? なんでそう怯えるんだよ。大事な話があるんだ。だから……」
『いやいや待ってくださいよ! 俺なんもしてへんっすよ!? 真面目にレッスン受けてるし! レッスン終わったら恭也とハルポンについて回って林さんの手伝いしてるし! 俺かなりお利口さんにしてるつもりなんすけど!?』
「あぁ、めちゃめちゃ助かってるよ。いつもありがとな。てか俺、話がしたいって言っただけだぞ? ンなビビんなよ」
『セナさんの「話がしたい」は「タイマンしようぜ」に聞こえるんすもん!!』


 黒歴史は世間では風化しつつあるというのに、ルイは事あるごとに聖南の過去を思い出し、怯えるような言動をする。

 彼の祖母が亡くなった日に葉璃が一晩付き添っていた時にも、「なんもしてへんので殺さんといてください」などと大袈裟に距離を取られた。

 当時は心境的に腐る事が多く、目に映るものすべてに苛立っていたが、現在は温厚が服を着て歩いているようなものだ。

 そこまで怯えられるのは心外である。


「……ったく。そんなわけねぇだろ。俺をイカれた野郎みたいに言うな。……お、葉璃笑ってんな」
『……セナさんのおかげで爆笑してますわ』
『だって……っ、ルイさんの慌てようったら……っ! 聖南さんめちゃくちゃ怖がられてるし……っ』
『そらビビるやろ! セナさんの呼び出しやで!? タイマン怖いって!』
「タイマンじゃねぇっつってんだろ!」
『あはは……っ!』


 むしろ今日は、ルイに〝お願い〟をしに行く立場だ。聖南はそれ以上怯えさせるのをやめ、ケタケタと笑う声に耳を澄ませる。

 引き笑いになっている事からも、葉璃が腹を抱えて爆笑しているのが目に浮かんだ。


「フッ。元気だな、葉璃。もしかして仕事うまくいったの?」
『あっ、分かりますか!? そうなんですよー! 今日はなんと三回も答えたんです! ピンポーンッてボタン押しちゃいました! 三回も!』
「あはは……っ! そっか、クイズ番組だったもんな。三回も答えたなんてすげぇじゃん」
『えへへっ、……そうなんです。へへっ……』


 なるほど、と聖南は目尻を下げた。

 バラエティー番組ではいつも恭也の背中に隠れ、うまく気配を消そうとしている葉璃が積極的に番組に参加し結果を残そうとしたのならば、それはそれは上機嫌なはずだ。

 『聖南さんに褒められた』、『良かったな』という会話が聞こえ、さらに微笑ましい気持ちになる。


「葉璃、今からルイ連れてメシ行くぞ。食いたいもん二人で話し合って、場所決まったら連絡してくれ。俺もそこに向かう」
『え、俺もいいんすか!?』
『やったー! ルイさん、何食べますっ?』


 今しがた「話がある」と言ったはずなのだが、聖南の奢りを察知した瞬間にルイは殊勝な態度になった。

 対して我が恋人は、「話」などそっちのけで食い気に走っている。通話を切る間際まで、『何食べよっかなぁ』と可愛く悩む声が聞こえた。


「はぁ。かわいー後輩たちだな」


 葉璃と二人きりの夕食でない事を〝楽しみ〟だと思えるようになった聖南は、もしかすると器が僅かばかり大きくなったのかもしれない。

 年末の一件で、協力者は多い方が断然いいと聖南は学んだ。

 幸いにも聖南と葉璃の関係を知る周囲には、足を引っ張るような低俗な輩も、立場に嫉妬するような卑しい輩も居ない。

 しばらく離れなくてはならない葉璃とも、心が繋がっていればきっと、きっと、何か良い方法が見つかるはず。

 葉璃との付き合いのなかで〝我慢〟の他に〝一人で抱え込まないこと〟も覚えた聖南の心は、黒く染まりようがないのだ。





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