狂愛サイリューム

須藤慎弥

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46❤︎最善策

46❤︎9

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❤︎ ❤︎ ❤︎



「── ん、じゃあそういう事で。打ち合わせ日決まったらそれ優先してスケジュール組み直していいから。……あぁ、よろしく」


 通話を終え「ふぅ」とひと息吐いた聖南は、眼鏡を装着するなり車を発進させた。

 「密着取材のオファーを受ける」── その一言で、あからさまにホッとした様子の成田から「分かった、ありがとう」とお礼を言われた。

 CROWNの三人ともが密着を嫌うせいで、毎年三回は局に断りを入れなくてはいけない成田も胃が痛かったのかもしれない。

 今回、年齢=芸歴の聖南が芸能人生初の仕事を受けたわけだが、それをきっかけにアキラとケイタもどうかと便乗のような形でオファーがいってしまうのは目に見えている。

 だが聖南は、自身が矢面に立つことで二人に無茶をさせないための言い分を、すでに考えていた。

 今断るのは得策でない、と彼には珍しく語気強めだった成田の考えが手に取るように分かるので、ここは聖南が折れるべきなのだ。


「あ……もうこんな時間か」


 車内に内蔵されているデジタル時計に目をやると、〝20:48〟と表示されている。

 ついさっきまで、聖南はCROWNとETOILEがお世話になっているレコード会社に居た。リテイクによって延びた、レイチェルのデビューに関する話し合いが行われていたのだが、不自然なほど聖南の口数は少なかった。

 言ってしまえば、葉璃と別居する羽目になったのは彼女が原因なのである。わだかまりがある以上、進んで発言しようという気にならなかったのが本音だ。

 ただ、まさかあの葉璃が「プチ遠距離恋愛みたい」などとプラスに捉えてくれるとは夢にも思わなかった。

 どうして自分達が犠牲にならなければ……と大きな不満を抱えていた聖南だが、他でもない葉璃のおかげで取り乱さずに済んでいる。

 理解の早い葉璃ママも寛大で、非常にスムーズに最善策を進められる事になった。

 ちなみに、葉璃が実家へと一時帰宅する理由として、葉璃ママには密着取材のみを話す事にした。二人で話し合った結果、母親に余計な心配をかけたくないという葉璃のたっての希望だ。

 それは聖南も同感で、長丁場を覚悟した葉璃へ「レイチェルの件は密着取材の期間中に必ずカタをつける」と約束した。

 常々、自身を〝卑屈ネガティブ野郎〟と卑下する葉璃が、あんなにもポジティブに別居を容認してくれたのだ。

 聖南もその思いに応えなくてはいけないだろう。

 だからといって、それが葉璃のすべて── 本心だとは思っていない。もしかすると、聖南にとってはとてつもなく恐ろしい案を隠している可能性もある。

 不安でたまらなかった聖南は、心の奥底に殺しているかもしれないその本音を聞き出そうとした。

 あれは話し合いの翌日、つまり昨日の夜の事だ。


『なぁ葉璃。……葉璃も俺と暮らせなくなんの寂しい?』
『え?』


 〝セナ〟であれば絶対に見せない、まるで年上とは思えない不安気な表情で問うも、彼は凛と答えた。


『寂しいですよ。寂しいに決まってるじゃないですか』
『そ、そっか……そうだよな』


 じゃあやめちまうか、と喉まで出かかった聖南だが、葉璃の瞳が爛々としていて言えなくなった。

 『寂しいなら一緒に居ようよ』も、プチ遠距離恋愛に心を弾ませている葉璃には通用しなさそうだった。

 何しろ彼は、いつでも出て行けるようにと昨夜のうちに身の回りの物をまとめてしまったのだ。

 万が一に備えて、聖南の物である言い訳が難しい品はすべて段ボールに仕舞い、クローゼットの奥に隠すように置かれている。


『な、なぁ、いくら何でも気が早くねぇか? そんな急いで身支度しなくても……』
『でもオファーを受けたらすぐに取材開始だって言ってたじゃないですか。だったら、早い方がいいです。いつどこでレイチェルさんが見張ってるかも分かんないし。荷物はまとめちゃったんで、俺明日にでも出て行けますよ!』
『明日にでもって……葉璃ちゃーん……』


 ふふんっ、と得意げな葉璃は、キビキビと動き回る姿が新鮮でとても可愛かった。

 今までのように卑屈にならず、ネガティブな考えも鳴りを潜め、自分が何をすべきかを葉璃なりに考えて行動しているので、聖南は葉璃の後ろをついて回りながらも止められなかったのだ。

 こんな事にならなければ、葉璃はずっと聖南のそばに居られたはずで、荷物をまとめさせるという面倒をかける事もなかった。

 聖南は機敏に動く葉璃を捕まえ、背後からギュッとその身を抱く。すると、ぶつけようのない怒りが沸々と込み上げた。

 〝愛し合ってる俺たちを引き裂きやがって〟と、今すぐにでもあの粘着質な箱入り娘を怒鳴りつけてやりたい気分だった。

 しかし肝心の葉璃が、そうさせてくれない。

 聖南の腕にそっと手を添えた葉璃は、穏やかで聞き心地の良い声で『聖南さん』と宥めるように呼んだ。


『お仕事が終わったら、何時になってもいいので電話してください。寝ちゃってたらごめんなさいだけど、出来るだけ……聖南さんの声を聞いてから眠りたいんです』
『……分かった』
『あと、忙しかったらしょうがないですけど、週に一回は会いたいです』
『うん。絶対会いに行く』
『あと、あと、今までみたいに時間が空いたらでいいので、メッセージくれると嬉しいです』
『当たり前だろ。今まで以上に送るから覚悟しとけ。「聖南さん、ちょっとウザいです」なんて言わせねぇからな?』
『あははっ、そんなこと言うわけないです』


 遠慮を滲ませた控えめなお願い事に、聖南の心はキュンと甘くときめいた。

 そこまで言うなら、聖南も寂しがってばかりはいられないと思った。

 どれだけ聖南の体内に負の感情が渦巻こうと、愛おしい愛おしい恋人が一瞬にしてそれを払拭してしまった。

 葉璃は、少しも不満を抱いていない。自分が離れる事で聖南を守れるならどれだけでも待つと言ってくれるほど、聖南の身を案じてくれている。

 〝誰か〟に対する怒りを持つ事はおろか、聖南の前で悲しむ素振りも見せない。

 そうする事で、聖南がもっと駄々をこねてしまうと葉璃は知っているのだ。


『……俺だって、実家に帰りますなんて言いたくなかったです。これを言う時は、聖南さんとお別れする時だなって勝手に思ってたんで』
『なっ……!? やめろよ! 冗談でもそんなこと言わないでくれ! お別れなんて物騒なこと言うな! 俺は絶対に葉璃とは別れねぇからな!』
『せ、聖南さん、落ち着いてください!』


 真面目な顔で恐ろしい台詞を吐かれ、背筋が寒くなった聖南は葉璃の体を持ち上げんばかりにキツく抱き締めた。


 ── あれには肝が冷えたぜ。まったく……。


 葉璃がぐるぐると思い悩む事無く、ひどく冷静でいてくれるのはありがたい。

 とはいえそこまであっけらかんと振る舞われると、複雑な心境にもなるというものだ。

 葉璃依存症の聖南は、もはやもう寂しい。


「でもま、……凹んでてもしょうがねぇよな」


 具体的な日取りはこれからだが、おそらくこの一週間のうちに色々と物事は決まっていく。

 すでに気持ちを切り替えている葉璃のために、聖南が成すべき事は一つなのだ。



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