狂愛サイリューム

須藤慎弥

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45.5★♣

♣ ルイ ♣

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♣︎ ルイ ♣︎



 ハルポンの背中を見送った恭也の顔は、声かけんのも躊躇するくらい悲哀たっぷりやった。

 打ち上げには行かんと、さっさとハルポンを連れて行ったセナさんに社長がなんも言えるわけない。ただ、セナさんがどんな気持ちで打ち上げを断ったか、同じ男やったらあの目で分かるやろ。

 ショボンとなった社長の肩をポンと叩いて、「また今度メシ連れてってや」と気休めのフォローをした俺は、こっちはこっちでゲッソリしとる男を無理やり連れ出した。

 卑屈・ネガティブ・思い込みが激しいの三拍子揃ったハルポンが、「解散したくない」と涙ながらに訴えてきたからや。

 多分あの時、恭也と俺はおんなじ思いに駆られた。


 ── しもた。勘違いさすような発言、ハルポンには絶対したらあかんかった。


 ハルポンのぐるぐる沼は底無しや。

 俺と恭也が意図せん方へどんどんハマり込んでくって知ってたんに、先輩らの到着をバンザイして喜んでたの見て腹立ってんもん。ちょっとだけやで、ちょっとだけ。

 なんで俺らじゃダメなん。俺らもハルポンのこと大事やし、出来ることは何でも協力したるぐらいの意気込みあんのに、先輩らと俺らに何の違いがあんねん。

 付き合いの浅い俺でさえそう思たんやから、恭也の嫉妬は凄まじかったんやないの。

 セナさんと帰って行くハルポンを見つめてる顔は、とてもやないけど〝親友〟には見えへんかった。

 本人は絶対否定するやろが、もしかしてマジで恭也はハルポンのこと親友以上に見てんちゃうの。── 俺はその真相を確かめるために、二人きりになれる場所を選んだ。


「分かるんよ。俺も大概よくないことしてもうたって、自覚してるし。でも恭也はな……ハッキリ言わしてもらうけど、ハルポンの一番でおりたいんやろ? セナさん居るから実質二番目になるんかもしれんけど、それをちゃんと自分の中で消化して、把握してるか? 恭也のハルポンへの感情て、マジでちょっと異常やと思うわ」
「そんなの、言われ過ぎてて、今さら何とも、思いません」
「ハハッ……そうかい」


 暖簾に腕押しとはこの事やな。

 ハルポンに対する感情が異常やって自覚はあるらしい。言われ過ぎてる、いうことはセナさん本人からも異常認定されとるんやろか。

 それでも、ハルポンのそばに居ることを許可されとる……ほんま不思議な話やで。

 恭也とハルポンの関係は、〝男女の友情は成立するのか否か〟いう永遠の議論テーマと同じ匂いがする。

 恭也の分のおかわりを作りながら、俺は苦笑を消して言うたった。


「……こんなん改まって言うつもりなかってんけど、俺にも妬くようなったらこれから大変やないの。そこは大丈夫なんか」


 一月に入ってから、三人でのレッスンが始まった。

 まだ俺の加入を世間に発表する日程なんかはまったく決まってないと聞いとるが、春辺りにこれまで発売された曲を三人バージョンで録り直すて話になってるし、ETOILEの形態が間違いなく変わろうとしとる。

 俺自身の感覚では、もうETOILEのメンバーの一人やと思てんねん。

 ハルポンのことも、恭也のことも、たった半年しか関わってないのになんか知らんがめっちゃ好き。

 人付き合いにおいて〝三〟って数字はよくないとばあちゃんはよう言うとったが、俺はそうは思わん。

 二人とはうまいことやっていきたい。マジで。

 せやから、恭也が俺を恋敵みたいに感じて、つまらんいざこざなんか起きてほしくないんよ。


「正直、はじめの頃は、妬きまくってました」
「そうやろなぁ。ばあちゃんの事黙ってて言うてたし、全部バレてまうまでヤキモキしてたんちゃう。ハルポンはウソつかれへんから、様子がおかしいて問い詰めても無駄やったやろしな」
「……葉璃から、何か、聞いたんですか?」
「いいや、なんも聞いてへんよ。て事は問い詰めた事があるんか」
「…………」


 人のいいハルポンと恭也は、〝ばあちゃん〟という単語一つで表情が曇る。

 口止めされたからいうて、ハルポンは恭也にもセナさんにもその事をずっと黙ってた。それがキッカケで、俺はハルポンを全面的に信用するようになった。

 しかし恭也は面白なかったやろ。

 妬きまくってた、て。

 遠慮ナシに言うてくれたんは嬉しいが、少々本音過ぎんか。

 つくづく、ハルポンは罪な男やで。


「ハルポンはなぁ、不思議な子やと思うわ」
「…………?」


 カウンター越しにそう言った俺を、恭也が首を傾げて見とる。

 俺と恭也は誰が見ても対照的なんやけど、こうして話してる分にはあんまり〝合わん〟とは感じひんかった。

 どっちかいうと、ハルポン相手より落ち着いて話せる。大抵、話題がハルポンの事やからかもしらんが。


「葉璃は、不思議……ですか?」
「うん。人間てさ、誰にでも好かれたい生き物やんか。けどそんなん絶対ムリで、合う合わんがあって当然やと思うんよ。こんなん本人の前ではよう言わんが、ハルポンなんか特に好き嫌い分かれるタイプの子やん。俺も最初は「なんやコイツ」から入ってるし」
「葉璃に対して、そんな事、思ってたんですか」
「テレビで観てる時の話や。言わんかったっけ。ハルポンのアレ、全部演じてると思てたから」
「あぁ……」


 俺はその事を、ハルポン本人にも言うてまうくらい明け透けな男。

 言わんでいい事やろうし、わざわざ恭也に話す事でないのも分かっとる。

 俺は、誤解せんといてほしかったんや。

 ハルポンが悩んでた、泣きべそかいて俺らに謝ってきた、それを何とも思わんはずないって。


「でもハルポンはテレビのまんまやった。いや……テレビよりヒドかった」
「ヒドいって……」
「俺にとってはええ意味やで。この業界で裏表の無い人間なんかおらん。恭也も映画の撮影入っとるから分かると思う。演技の世界はそれがより顕著や。言うても、子役時代に見てたもんやから、もちろん全部とは言わんけど。大多数がそうやろ」
「……まぁ……」
「それが悪い言うわけやないねん。多少なりとも表裏はあってええと思う。しかしなぁ、ハルポンほど表裏無い、っちゅーか人間として好ましいと思た子が初めてやったんや。最初突っかかってたんは、アレが演技かどうか確かめようとしててん。まぁ結果、見事にハルポンの〝素〟にやられたわ、俺も」


 子役時代、スナックでの客……これまで色んな大人を見てきた俺は、ハルポンほど素直な人間がほんまに居るんかが信じられへんかっただけ。

 恭也を〝異常〟やと言うたけど、理解できんわけやない。ハルポンにはそれだけの魅力があると、俺でもそう思うねんから。


「ふふっ……。ルイさんも、異常な友情、芽生えちゃってますね」
「……はぁ?」


 恭也の口調は、めずらしく揶揄いを含んどった。

 言うてることもよう分からん。

 俺にそんなん……芽生えとるわけないやん。


「さっき、セナさんの声でそう言ってるのが、聞こえたんです。俺と同じです、ルイさん」
「いや俺はな、ハルポンのこと好きやけど、〝仕事仲間〟、〝ダチ〟止まりよ」
「そんなわけ、ないじゃないですか。俺と同じタイミング、理由で、嫉妬した。葉璃の「ごめんなさい」で、自分の行いを悔やんだ。こうして俺と、反省会してる」
「…………」
「俺はいつも、葉璃にこう言っています。〝葉璃のこと、友達より大好きで、恋人よりは愛してない〟……って。どうですか、しっくりきませんか?」


 はぁぁ???

 友達より大好きで、恋人よりは愛してない???

 なんやそれ。ワケ分からん。

 しっくりくるか言われても、俺は恭也ほど年季の入ったハルポンガチ勢やないねん。

 〝好き〟やのに〝愛してない〟……異常やと自覚のある恭也らしい哲学的な発言に、俺は深く考えることをやめざるを得んかった。


「……ようセナさんにぶん殴られへんな、恭也」
「……求めていた答えと、違います」
「そらスマン」


 俺は真顔で恭也を見返し、空っぽになったグラスを意味もなくクルクル回す。

 今頃、おっそろしい目したセナさんとお楽しみ中のハルポンは、俺と恭也がこないして語り合ってるなんて夢にも思わんやろな。

 カシスシロップとオレンジジュースを絶妙な配分で作った二杯目を、なんも言わんと俺から受け取ってグラスに口をつける恭也は、不敵に笑っとる。

 結局俺は、恭也がハルポンに恋愛感情があるかどうかを探ろうとしたのに、なんも分からんまま〝反省会〟はお開きになった。




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