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45♡撮影当日
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百二十秒を数えた辺りで、自分から籠城しておいてソワソワしてきた。
俺はどうしてこう、感情に任せて突っ走るんだろ。
撮影中なんだから気を引き締めてないといけないのに。そうでないと熊さんの機嫌が悪くなって、スタッフさんが怒鳴られちゃうのに。
現場の雰囲気が良くなかったら、満島さんだってもっと不安になっちゃうよ。
……と言っても、一人で突っ走ってワァーッてなっちゃった俺がいけないんだけど。
二人に悪いことをした。
一から十まで言わなくても、俺の気持ちが全部伝わるなんてそんなの驕りだよ。
恭也とルイさんも、今日のためにスケジュールを動かして朝から俺に付き添ってくれてる。
緊張しぃな俺のことが心配で、少しでもホッとできるようにってたくさん気を回してくれてるんだ。
ありがとう。ホントにありがとう。
俺がそう心で思ってても、二人に伝わってなかったら何にも意味が無い。
二人がこわい顔をしてたのは、俺から感謝の気持ちとか誠意が伝わらなかったからなんだ。
「……ありがとうとごめんなさいは大事、だよね……」
俺は自分のことで精一杯になり過ぎちゃって、二人に甘え過ぎてた。
こんなとこで籠城してないで、早く楽屋に戻って恭也とルイさんに謝らなきゃ。
そもそも二人が居なかったら、このスタジオに来るまでに三回は意識が飛んでたはずだもん。
── よし。ぐるぐる終わり!
自分を戒めてグッと握り拳を作った、その時だった。
「ハールくーん」
「──っ!」
誰かがトイレに入って来た物音がした次の瞬間、やわらかな物腰のよく知る声が俺を呼んだ。
「おーい、俺だよー。ケイタさんだよー」
「……ケイタさんっ……」
やっぱりそうだ!
どうしてここにいるって分かったのか、ケイタさんはピンポイントで俺が居る個室の扉をノックしてきた。
ご丁寧に鍵まで締めて籠城してた俺は、ほんの少しだけ扉を開けて片目でケイタさんの姿を確認する。
「あはは……っ、怖い怖い! オバケみたいに覗かないで!」
「す、すみません……っ」
覗き込んできたケイタさんと目が合うと、「怖いってば」と盛大に笑われてしまって恥ずかしい。
そしてなぜか、ケイタさんも個室に入ってきた。カチャ、と鍵を締める音がして、何が起こったのか一瞬分からなかった。
「お邪魔するよー」
「え、なんで……えっ?」
狭い個室だから、自然と体の一部が触れて緊張してしまう。
実は俺、ケイタさんとは一対一で話したことがほとんど無い。いつもアキラさんか聖南がそばに居て、ケイタさんと二人きりになる機会そのものが無かったんだよね。
まだ聖南と暮らす前、一度だけ実家に送ってくれたことがあったけど、二人きりでちゃんと話したのってその一回だけかもしれない。
駆けつけてくれて嬉しいと思ってるのはホントで、CROWNではいじられ役だけど俺にとってケイタさんは頼れるお兄さんの一人だってのも本心だ。
でも、どうしてケイタさんまで籠城仲間になったのか、なんで鍵を締めちゃったのか、それを尋ねる勇気は無かった。
「ハル君がここにいること、恭也が教えてくれたんだよ」
「あ、……っ、恭也が?」
すごい……ケイタさんが俺の心を読んだ。
俺の行動パターンを知られている恭也に言われて来たんなら、納得だ。
「よく分かんないけど、ハル君と話してあげてほしいって言われてね。何かあった? 撮影は順調?」
「……いや、あの……」
ここまで走ってきて乱れた髪をサラサラと整えてくれながら、ケイタさんが優しく微笑んだ。
何かあったかって聞かれても、別に何にも無い。
俺がちょっと無神経だったせいで二人を怒らせちゃって、俺は俺でカッとして楽屋を飛び出して、お約束のトイレに籠城……。
これについては、全面的に俺が悪い。
もう一つケイタさんが心配してる撮影に関しても、順調なのかどうか分からないけどスムーズに進んでると思う。
プロフェッショナルな熊さんの相手が、俺みたいなド新人で申し訳ないと思いながらの撮影だけど、何とか意識は飛ばさずにここまできた。
「どうしたの? 満島さんから意地悪された?」
「えっ!? 意地悪ですかっ?」
沈黙した俺が何かを言い渋ってると思ったのか、ケイタさんはさも「当たりでしょ」と言わんばかりだ。
この籠城に、満島さんは関係ない。何ならすっかり忘れてたくらいだよ。
「いえ、全然! 満島さんが来てるっていうのは知ってるんですけど、俺は撮影でいっぱいいっぱいで……実はまだ姿も見つけられてないです」
「そうなの? じゃあまだ向こうからアクション起こされてないんだね?」
「はい、何にも」
「そっかそっか。良かったよ。ハル君が満島さんからイジメられたらどうしようって心配でさ、急いで来たんだ」
「そんな……っ」
ケイタさんは、俺が満島さんから何かされると思って慌てて来てくれたらしい。すぐには思い付かないけど、それって撮影を妨害されるとか、そういう事なのかな。
こんなことを聞いちゃうと、芸歴が長いケイタさん達と俺の認識はやっぱり全然違うんだなと思った。
聖南も「異例だ」ってプンプンしてたし、アキラさんも「ありえねぇ」って呆れた顔してたもんな。しかもコンクレの先輩後輩さんまで不満そうで。
俺にはとても、そんな悪いようには感じなかったんだけど……。
「ハル君がここに居た理由って、撮影とは関係無いのかな?」
「えっ? あ……それは関係ない、です……。俺、二人を怒らせちゃって……」
「怒らせた? 二人って……恭也と誰? ルイ?」
「はい……」
恭也から俺との会話を託されたケイタさんが、沈黙が続かないように話しかけてくれる。
少し長めの休憩をもらったからって、撮影中の身でこんなところでいじけてたなんて知られてバツが悪かった。
「あの二人がハル君に怒ったっていうの? どうしてまた」
「それが……。ケイタさんとアキラさんがもうすぐ来るよって林さんが教えてくれたんですけど、俺……それを聞いて嬉しくなっちゃって過剰に喜んでしまって……」
「ん? ……うん」
「やったー! ってバンザイしてたら、「俺たちじゃダメなの」って怒っちゃって……」
「うん……? そうなんだ?」
「二人がいるだけじゃダメだなんて、俺そんなこと微塵も思ってないんです。ありがとうの気持ちいっぱいなんですけど、二人が怒るってことは、俺がちゃんとそれを伝えてなかったからだって……ここで頭冷やして、反省してました」
話してるうちに、どんどん視界が下がっていく。
おしゃれなケイタさんの高級そうな靴にまで視線が落ちた俺は、さっきの二人の表情を思い浮かべてまた凹んだ。
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