狂愛サイリューム

須藤慎弥

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43★CM撮影〜三日前〜

44❤︎20 CM撮影〜当日〜

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 マネージャーの林が運転するセダンタイプの社用車に、聖南らと同じく今日のスケジュールを動かした恭也とルイも同乗しているのを確認してから、聖南はバラエティー番組の収録のためテレビ局へと向かった。

 昨夜の聖南との戯れが功を奏したのか、葉璃は少々奇妙に映るほど普段通りだった。

 通常であればあり得ない〝見学者〟が、おそらく周囲を固めてやって来る。レイチェルの件はともかく、今日が心配だった聖南は何度も「大丈夫か?」と瞳を覗き込んだ。だが葉璃はその都度「大丈夫です」、「あんまり気にならないです」とけろりと言ってのけていた。

 聖南はどんなに早くとも、正午を過ぎてからの合流になる。そのことを伝えた時だけ、ほんの少し残念そうな表情を浮かべていた。

 口には出さなかったが、〝出来ることなら撮影の頭から居てほしい〟という葉璃の心の声が聞こえた気がして、グッと胸元を押さえた聖南は背中を向けこっそり感極まった。

 兎に角にも、葉璃一人で現場に向かわせたわけではないので、ひとまずは問題無いだろう。たとえ葉璃が土壇場で上がり症を発揮したとしても、彼に甘い仲間がそばに二人も居る。

 プライベート用のスマホに今朝届いた二通のメッセージを見る限り、葉璃の仲間である彼らは信用に値する者達だ。

 二人になら、葉璃を任せられる。


「……頑張れよ、葉璃」


 ハンドルを握る聖南の口元が、知らず笑んでいた。

 ETOILEのデビュー前後から考えると、目まぐるしく変化した葉璃の周囲。思えば聖南は、心配だ、心配だ、と気を揉みながら仕事に赴くことが少なくなった。

 信頼のおける周囲は、二人の関係を知ってなお応援してくれるどころか多大に協力してくれる者ばかりで、日々感謝せずにはいられない。

 こうして聖南が葉璃を愛し続けていられるのも、周りの思慮あってこそ。この世界でしか生きる術のない聖南には、それがどんなに例外的で珍奇なことか、よくよく分かっているつもりだった。


「……ん?」


 テレビ局の駐車場に到着した聖南のスマホが、それを見計らったように震え出した。

 黒色のカッターシャツの胸ポケットに入れているそれは、仕事用の方だ。


「成田さん? どした?」
『昨日話した例の件、あるだろ?』


 短く朝の挨拶を交わすなり、賑やかな場所から車内へ移動した様子の成田が早速本題を切り出した。


「あぁ……うん。それがどうかした?」
『実は今朝、返事を急かされたんだ』
「急かされた?」


 エンジンを切ろうとしていた聖南の動きが止まる。

 聞いた話ではそう急ぎでもない仕事だったように思うのだが、成田の声色は昨日とは打って変わっていた。


『そうなんだ。ほら、二月はETOILE、三月はCROWNのシングルが発売されるだろ。告知入れるなら早い方がいいんじゃないかって』
「……昨日聞きそびれたんだけど、それって期間どのくらいなんだよ」
『長くて三ヶ月だそうだ』
「三ヶ月か……」


 長えな……と苦々しく呟いた聖南に、成田は間髪入れずに『短い方だぞ』と笑った。


『すぐに開始したとして、四月末に即編集、月を跨がず放送日が決まるだろうな。何たってこれまで一度もこの手の仕事は受けなかった〝セナ〟の密着だ。他局がやっかむくらい視聴率取れるだろうからな。すぐにでも放送したいはずだ。何ならセナの返事待ちかもしれないぞ、ラテ欄』
「そう言われてもなぁ……」


 昨日の情報過多のうち、先陣を切ったのはこの成田から告げられた仕事── 〝密着取材〟だった。

 朝の仕事開始、つまりどこかで落ち合うやカメラを回され始め、それからどこへ行くにも取材スタッフが同行し、帰宅するまでを常に追われるこの仕事を、聖南は常々嫌がっていた。

 元々がマイペースな性分で、よほどの事がない限りロケ中や現場間の移動も聖南は愛車を運転し一人で向かう。

 CROWNの三人それぞれにマネージャーをつけると言った社長の厚意も、無下に断ってしまうほどだ。

 成田とは聖南たちが小中学生だった頃からの付き合いで、お互いの人となりが分かっている。たまにふらりと現場にやって来ても、特別彼らの面倒を見ようとはしない。

 聖南だけでなく、アキラとケイタもそういう性分なのだ。

 出来れば一人の時間を多く持ちたい、構われてもどうしていいか分からないので放っておいてほしい。

 マネージャーである成田にでさえそうなので、人気者の証である〝密着取材〟の仕事をCROWNの三人は誰も受けたことがなかった。


『セナ、気持ちは分かるが今この仕事を断るのは得策じゃない』
「分かってる。でも密着だと……」
『あぁそうだな。彼との同棲は一旦やめてもらう事になる。それがネックなんだろ?』
「当たり前じゃん。それ以外に渋る理由無えよ」
『これまでとNG理由が違うな』
「フッ……それを言っちゃおしまいよ」


 乾いた笑いを零す聖南には、もう一つ断りたい理由が出来てしまった。

 カメラを止めたとしても、スタッフがどこまで追ってくるかは分からない。密着取材と言うからには、聖南に内緒でプライベートな部分にまで入り込んでくる可能性がある。

 恋人の存在を明かしている聖南は、この仕事を受けたと同時に彼らの記者根性と戦わねばならないのだ。

 四六時中カメラを回される煩わしさよりも、これは由々しき重大なNG理由である。


『最終的にどうするかはセナに任せるが、俺の耳にもゴシップ写真のことは入ってるからな。得策じゃないって言った意味、よく考えろよ?』
「分かった。……来週中には返事する」
『了解。先方にはそう伝えておく』
「頼むわ。それじゃ」


 はぁ、と溜め息が漏れる。聖南は窓枠に肘をつき、頭を抱えた。

 〝セナ〟の恋人を突き止めたがる記者らの間で、レイチェルがそうなのではないかという憶測が飛び交っていると知った今、オファーを受けずに逃げ続けると彼らに確信を与えるだけだ。

 成田は、そんなマスコミの思惑を聖南に悟らせた。

 捏造だが写真は幾つも撮られている。これに尤もらしい文言を加えれば、瞬く間に〝セナ〟の恋人が彼女であると世間に周知されるだろう。

 今断るのは得策じゃない── その通りだ。


「なんでこのタイミングなのかねぇ……」


 だがしかし、そうなると葉璃とは住まいを別にしなくてはならなくなる。

 さすがに自宅マンションまで密着されることはないかもしれないが、万が一がある。その万が一が、葉璃の最も恐れていることなのだ。

 安易な「大丈夫」という言葉では、きっと葉璃は納得しない。

 彼は以前、レイチェルとの記事が出た方が目くらましになるとまで言い張っていたほど、聖南との関係を取り沙汰されることを恐れている。


「離れたくねぇんだけど……」


 まさにいつ記事が出てもおかしくない状況下で、件のレイチェルに嫉妬心を燃やした葉璃とは離れているべきではないと思う。

 葉璃のぐるぐるが加熱した時が怖い。

 そうなった時、すぐに聖南本人が対処しなければ、葉璃は簡単にネガティブと卑屈の殻に閉じこもって出てこなくなる。

 おまけに聖南は、もはや一人寝が出来なくなった。葉璃という愛おしい抱き枕を抱いていないと眠れる気がしない。


「そうだ、離れたって俺と葉璃には悪影響しか無え。……っつってもなぁ。俺のうさぎちゃんは真面目と頑固のダブルコンボも持ってやがるからなぁ……」


 この密着取材の件を相談したとして、葉璃がどんな反応をするのかが手に取るように分かってしまう。

 自身より聖南の今後を慮る葉璃は、目をまん丸にしてこう言うだろう。


〝俺なら大丈夫なんで、取材が終わるまで実家に帰ります!〟


 そんな事を実行されては、聖南の方が大丈夫ではない。


「さてどうすっか……」


 オファーを断るのも、葉璃との同棲を期限付きとはいえ一旦やめてしまうことも、どちらも得策とは言えない。

 面白おかしく場を盛り上げなくてはならない現場の直前、聖南は一人、しばらく車内で困り果てていた。






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