狂愛サイリューム

須藤慎弥

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43★CM撮影〜三日前〜

44❤︎18

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 掛け布団の上に横になっている二人は、互いのぬくもりを探るようにべったりと密着している。

 肌寒くなってきたらしい葉璃がスリ……と身を寄せてきたので、重要な話の最中だというのに聖南はニヤけを堪えきれなかった。

 セックスのお誘いでなかったのは残念だが、それに勝るとも劣らないスキンシップの時間が長く持てている。

 とはいえ内容的に、笑顔を浮かべている場合ではない。しかし葉璃を好きに抱きしめていられるのは嬉しい……と、聖南の感情がどっちつかずのため口元が引き締まったり緩んだりと忙しい。そして結局、口角は上向く。

 愛する葉璃を腕の中に収めていて、仏頂面するなという方が無理な話だった。


「それが……あのですね、……」


 そんな事など露知らず、再び向こうを向いてしまった葉璃が何とも気まずそうに切り出した。


「隣同士なのは、聖南さんが衣装部屋として借りてるところを厚意で住まわせてもらってるだけです、って言いまして……」


 聖南は葉璃の手をニギニギしながら、瞬きを数回繰り返した。

 「火に油を注いだ」などと大袈裟に言うわりには、至って普通の、どちらかと言えばそれは模範解答だ。

 レイチェルを前にして、この葉璃がルイ任せにせずきちんと受け答えをしたというだけでも拍手ものである。


「うん、別に普通じゃん。回答としては正解だよ。名目上はそうだし」
「ところがどっこいですよ」
「プッ……! ちょいちょい笑わせてくんのやめて」
「笑わせようとしてないです! 俺は真剣です!」
「はいはい、それで? ところがどっこい、何?」


 あまり茶化すのは良くないと思いつつ、葉璃の言い草が可笑しかったので仕方ない。

 このがんじがらめにしている体勢がよくないのかもしれないと、聖南は葉璃を解放し、上体を起こした。


「それで……聖南さんの恋人が誰なのか気になってる、その相手が女性とは限らないと私は感じている、そう言われたから……」
「あー……それで俺らの関係がバレてるって思ったのか」
「はい。そのとき俺、ちょっとムカついちゃって……言い返したんです。「どんな根拠があってそんなこと言うんですか」って」
「おぉ、マジか。すげぇじゃん」


 ムカついて言い返したことにも〝すげぇじゃん〟だが、的を射た反論を葉璃が返したことにも聖南は驚いていた。

 するとその時の状況を思い出したのか、至極ナチュラルに感嘆の声を上げた聖南の前で葉璃がやや興奮気味に体を起こす。


「そ、そしたらですよ! レイチェルさんが「私はそう感じてると言っただけですわ」って言うから、もっとイラッとしちゃって! そう感じるようになった情報がないとそんなこと思わないでしょ! って……余計なことを言い返してしまいまして……!」
「──っっ!!」


 ヒートアップしたかと思いきや、驚愕し目を見開いた聖南に葉璃は消え入るような小さな声で「すみません……」と謝罪し、カクンと項垂れた。


 ── いやなんで謝んの。その通りじゃん。


 見慣れたつむじが目の前にきた聖南は、その頭をワシワシっと強めに撫で、一連の流れを語ってくれた事に感動すら覚えていた。


「……それマジ? マジで葉璃がそう言ったの?」


 何かと話題に上るレイチェルとは初対面だったろうに、葉璃は「イラッとした」と言った。その時そばに居なかったので分からないが、聖南に好意を抱いている彼女からは、さぞかし挑戦的な視線を向けられたのではないだろうか。

 葉璃は、聖南がレイチェルから告白され、未だに恋心を抱かれていることを知っている。


 ── イラッとしたのか、レイチェルに……。


 思わず聖南は、両手で顔を覆った。

 自分という恋人が居ながら、聖南への好意を隠そうともしなかったレイチェルに苛立ちを覚えたということは、紛れもなくそれは……。

 じわりと顔を上げた葉璃が、顔面を覆って喜びに耽っている聖南に小さく頷いてみせる。


「……はい。ホントにすみません……。俺、頭に血が上っちゃって……」
「なんで謝るんだよ! 頭に血が上ったんだろっ? すげぇじゃん! マジですげぇ!」
「うぅっ……!」


 もっと葉璃を褒め称えてやるべきなのに、嬉しい気持ちでいっぱいの聖南は語彙力を失った。

 レイチェルが葉璃に「会いたかった」のは、自身の持つ情報が正しいのかどうかを確認したかったからと考えてまず間違いない。

 それを直に、葉璃本人に問い質すところが彼女らしい。だが葉璃は怯まず、レイチェルがそう考えるに至った根本を問い詰めたという。

 滅多にその感情を出さない葉璃が、レイチェルからの口撃を受けても完璧に頭を働かせたうえ、恋人である聖南を取られたくないとばかりの嫉妬の感情を湧かせて言い返したなどと聞けば、ぴょんぴょんと心が弾んでしまう。


「そっかぁ……。葉璃がレイチェルにそこまで言ってくれたんだ。……嬉しい……」
「う、嬉しいっ? なんで嬉しいんですか? レイチェルさんとは初対面なのに、俺かなり失礼なことを……っ」
「失礼なのはレイチェルの方だろ。会って早々そんな不躾に家だの恋人だの探ろうとしてんだから」
「ま、まぁ……そうなんですけど……。言い返した俺は相当生意気です……」
「全然まったく、一ミクロも、生意気じゃねぇ」


 キレて言い返したことを悔やんでいるようだが、その日のうちに聖南に報告してくれたことはもちろん、葉璃がありのままを話してくれたおかげで随分と気持ちが晴れた。

 葉璃の絶妙な切り返しにより、わざわざ聖南が文句の連絡を寄越す必要もないほど、挑発的なレイチェルを狼狽えさせられたに違いない。

 そして一つ、葉璃とレイチェルとの会話が本当ならば、聖南の中に生まれた疑念が形を変えた。


「なぁ、俺思ったんだけど。俺と葉璃のこと、レイチェルはまだ確証得てないんじゃねぇかな」


 下唇を出している葉璃の両頬に手を添え、聖南はまじまじと瞳を見つめて言った。


「え!? で、でも俺に直接あんなことを言ってきたんですよ? 知らなきゃ質問出来なくないですか?」
「それなんだけど……」


 問題はそこなのだ。

 葉璃が言い返した言葉通り、レイチェルが知り得た情報の出どころが一番のポイントで、どこからどのようにしてそれが彼女の耳に入ることになったのか── 。

 ルイが一緒に居たならば当然、レイチェルと通ずる社長にその件を問い質したはずで、もしも彼が情報源だとすると葉璃は迷わずその旨を含めて聖南に伝えてくれていただろう。

 だがそんな話は出てこなかった。

 この件について、社長は知らなかったと見ていい。


「……聖南さん?」
「…………」


 葉璃の両頬を持ったまま黙りこくった聖南を、心配そうな視線が射抜く。

 同時に、可愛く小首を傾げる様に気を取られそうになりながら、聖南はしっかりと頭を働かせ、これまでを振り返ってみた。



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