狂愛サイリューム

須藤慎弥

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43★CM撮影〜三日前〜

43♣︎7

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 ハルポンの顔を見るまで事務所に行かんと豪語してたアキラさんは、それから十五分後、ほんまにハルポンが到着するまでスタジオにおった。

 レッスンが押すから言うて、二時を過ぎると講師がソワソワし始めたんも、アキラさんの一声で開始時間を延ばせて良かった。


『そんな急がなくていいだろ。まだハルが来てねぇんだからレッスン始めようが無いじゃん。ただの遅刻じゃなくて仕事で遅れてんだからさ、融通きかせろよ。もう着くって連絡入ってんだし』


 はぁ……先輩らしくバシッと言うてくれるアキラさん、ほんま男前やった。

 ハルポンがセナさんの次に懐いてるって聞いてたアキラさんは、一見とっつきにくい雰囲気ムンムンやねん。

 堅い役柄が多いクール系の強面やし、CROWNではツッコミ役、メディアではいっつも冷静で正しい事しか言わん、話しかけても「ふーん」で済まされそうで、笑てるとこを滅多に見られんアイドルっぽくないアイドル。

 そんなアキラさんに、あのハルポンがめちゃめちゃグイグイ話しかけてんの見たことあって驚いたもんや。


『……え? アキラさんが怖い? そんなことない、アキラさんものすごく優しい人ですよ。セナさんはヤンチャなお兄さんって感じですけど、アキラさんは兄弟で一番上の面倒見のいいお兄さんって感じです。俺うっかり「お兄ちゃん」って呼んじゃいそうになりますもん。でも実は一人っ子なんですよね、アキラさん』


 アキラさんのこと怖ないんかって聞いた俺に、ハルポンからの返答はこうやった。

 こら相当懐いてるわっちゅーくらい、ベタ褒めもベタ褒め。セナさんが聞いたらヤキモチ焼くんちゃうかと、俺はいらん心配してもうた。

 ちなみにケイタさんのことは、『年齢は俺より三つ上なんですけど同級生みたいに感じます』と笑いながら言うてた。

 それは分からんでもない。


「── あっ……! すみません! 遅くなりました!」


 異色の四人で探り探りの談笑をしてたところに、大慌てでハルポンがやって来た。

 俺たちが順番に「お疲れー」と声を掛けると、ハルポンが遠慮がちに「お疲れ様です」と返してくる。

 すごいな。ハルポンがスタジオに入って来ただけで、一気に空気が変わる。

 自分では灰色の雲を背負ってるとネガティブに思い込んでるみたいやが、実際はかなり明るくてキレイな色のオーラを纏ってんのに本人は気付いてへん。


「あれ、アキラさんっ? どうしたんですかっ?」


 そこにおらんはずのメンツを見つけたハルポンが、隅のパイプ椅子に座ってるアキラさんの方に近寄って行く。

 ハルポンの性格上、これはかなりすごい事。


「ハルに話があってな」
「は、話……? なんですか?」


 アキラさんはそう言うと、自分が話すことではないと思たんか〝説明してやれ〟と林さんをチラ見した。

 一瞬にして表情が暗なったハルポンに林さんが説明してる間、俺はこの話をあとなんべん聞くんやろうと余計なことを考えてウケた。

 恭也に至っては四回目やで。

 そらちょっと珍しい事ではあるんやけど、短時間にこうなんべんも胸糞な話聞いたらうんざりするやろ。……てのは俺の余計なお世話やったみたいや。

 隣で相変わらずの無表情を決め込んでる恭也は、林さんの話をハッとして聞いてるハルポンを凝視しとった。


「── ……ってことなんだ。一応耳に入れておこうと思ってね」
「……そう、なんですね……」


 明日の撮影に満島あやが〝見学〟に来る……それを聞いたハルポンは、俺らが心配してた通りの反応を見せた。

 はじめこそハッとしてたんやけど、だんだん俯いていって、明るかったオーラが今やどんよりと薄暗くなって根暗全開。

 あーあ……あんなしょんぼりして。明らかに凹んでもうてるやん。


「……ハル? 大丈夫か?」
「えっ? あぁ、いや、まぁ……大丈夫じゃないですけど、そんなこともあるのかなぁって。俺には分からない世界なんで、それが当たり前ならしょうがない事なのかと……」
「いや全然当たり前じゃねぇよ。これはコンクレ側が満島あやに便宜を図ってるとしか思えねぇ。事情が事情なんだからさ、気になるのは分かるけど普通は拒否すべきなんだよ、コンクレ側がな」


 メンタルケアはセナさんに、とか言うてたアキラさんも、ハルポンの様子を見るに見かねてフォローを始めた。


「でも……来られるんですよね?」
「らしいな。でもハル、気負いするなよ。不安に感じることも無い。コンクレが春の新作に選んだのはハルなんだ。胸張って堂々としてろ」
「堂々となんて……」


 ハルポンにそれは無茶な話やろ。と苦笑いした俺の前で、アキラさんが動く。

 スッと立ち上がって、ハルポンの頭をぽんぽんと撫でた。その時のアキラさんは、近寄りがたいで有名な人とは思えんくらい優しい表情をしとった。


「ほら、もう猫背になってる。背筋伸ばせ」
「うぁっ……! は、はい……っ」


 頭から背中に移動したアキラさんの手が、ハルポンに気合いを注入する。

 戸惑うハルポンに笑顔を向けたアキラさんは、俺たちの前で堂々と、今ここにはおらんセナさんの代わりをやってのけた。

 卑屈ネガティブなハルポンに懐かれるには、これくらいハッキリものが言えて、なおかつ甘やかしてやれる人やないとダメなんやろな。

 ハルポンと出会った最初の頃、嫌味しか言わんかった俺にいちいち突っかかってきてたが、あれは無意識に自分を守ろうとしてただけで密かに心を痛めてたんかもしれん。

 そういう意味では、俺はハルポンに好かれる要素ゼロやったんやから。


「あ、あの……っ、アキラさん!」


 お役御免とばかりにスタジオを出て行こうとしたアキラさんを、ハルポンが追いかける。ほんの少し、セナさんとの別れ際に見せるような名残惜しい表情で、「待ってくださいっ」とドラマみたいなセリフでアキラさんを呼び止めた。


「ん?」
「もしかして、それを言うために来てくれたんですか?」
「いいや? 俺は事務所に用があったから寄っただけ」
「えっ……」


 えっ……そうやったっけ。

 事務所に用があったんはほんまかもしらんが、ガッツリ林さんに呼ばれてまっすぐここに来てくれたやん。ハルポンの顔見たかった、とも言うてたはず……。

 にべもない言い方にショックを受けたハルポンが黙り込んだ次の瞬間、アキラさんはまた、ファンにはたまらん激甘な表情でハルポンを振り返った。


「セナには俺から話しとくよ。ついでにケイタにもな。アイツ情報共有しとかないと「仲間外れだ!」とか言ってうるせぇからな」
「あ、……アキラさんっ」
「今日はとりあえず何も考えるな。じゃあな、レッスン頑張って」


 アキラさんはハルポンにだけやなく、棒立ちになった俺と恭也にもニヤリと笑って去って行った。

 ……かっちょいい残り香だけ置いて。

 なんや、今の。

 アキラさん……これ以上林さんの仕事を増やさんよう配慮して、しかも自分の手柄にせんとセナさんにお膳立てまでして行きよった。

 あんなの見せられたら、俺も呼びたなるわ。

 「お兄ちゃん」て……。





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