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43★CM撮影〜三日前〜
43★4
しおりを挟む天然もここまでくると、俺とルイさんのどちらかが葉璃に四六時中張り付いてないと心配になるレベルだ。
二人がかりで葉璃をギョッとさせて可哀想だとは思うけど、そうでもしないと俺たちはものすごくマズイ状況になっていた。
〝確認してほしい〟の意味に気付いてしまった今、その生々しさと気まずさは過去一だ。
「そ、そもそも何を確認してほしいんや! キスマかっ? セナさんがつけたキスマが無いかどうか、俺らが確認すらええんかっ?」
「葉璃、それはちょっと……生々しい……」
「違うよ! そ、そうじゃなくて……っ、いいから見ててください! 二人はそこに居てね!」
俺とルイさんに〝待て〟をした葉璃が、楽屋の端まで小走りで駆けた。
撮影には大勢のスタッフが関わるだろうことを予想して、セナさんから愛されている証が残っていないかを確認してほしいんだとドキドキしてしまったんだけど……どうもそれは違うみたいで。
向こうの壁際でピタッと動きを止めた葉璃は、──。
「あ“ぁぁーー!! 脱ぎよったぁぁ!!」
「葉璃っっ!!」
後ろを向いたまま、背中の中央当たりまでシャツを下ろした。
「……どう? ヘンじゃない?」
ルイさんの絶叫と俺の制止むなしく、葉璃は例えるなら艶やかな花魁のように真っ白な肌を中途半端に露出させ、悩ましげな表情で振り返ってくる。
その瞬間、「うっ」と声にならない声を上げたのは俺だけじゃない。隣に居るルイさんも、見てはいけないものを見ているような気になったのか、視線をウロウロと彷徨わせていた。
さらに葉璃は、花魁状態のまま俺たちに向かって小首を傾げる。
二メートルくらい離れたところに居るのに、親友の欲目抜きにしてもその佇まいがやたらと色っぽく見えた。
「へ、ヘンかて……何がや?」
「…………」
見惚れてしまって声が出せない俺の代わりに、ルイさんが掠れた声で葉璃にそう問うた。
このバックショットを提案した、コンクレ広報部のアイデアを捻り出す力は秀逸だ。
観てる番組の合間にこんな色っぽい葉璃の姿がCMで流れたら、みんなザッピングの手を止めて釘付けになるに違いない。
「俺、おかしくないですか? CMでは、こういうショットを撮りたいってことなんでしょ? 絵コンテってやつでは、こんな風な絵が描いてあったからどうなのかなって……」
「あ、あぁ……」
「あ、あぁ……」
……なるほど。〝確認〟って、そういう事?
俺たち、生々しい情事の痕を探さなくてもいいの?
プレゼンの最中、頭が真っ白だったという葉璃は説明こそあまり聞いてなかったみたいだけど、さすがだ。
目にしたものを記憶する能力に長けている。
脳に刻み込まれている絵コンテの通りに、ただやってみたかっただけなのかな。
この時期いつ舞ってもおかしくない、雪みたいに真っ白な肌を前に俺は密かに安堵した。
「そんな……二人とも絶句するくらいヘンなの……? え……俺の背中どうなってるの? 毛むくじゃら? それともブツブツがいっぱい? 自分じゃ見えないから分かんないんだよ……! 二人とも黙ってないで、どこがヘンなのか教えてよ! 毛むくじゃらならそう言って! 撮影までに何とかしなきゃだから!」
「い、いや……」
「い、いや……」
俺とルイさんは、葉璃の天然具合をナメていた。
「何言われても傷付かないから教えて!」と、ネガティブを突っ走っている葉璃が必死の形相で俺たちを見ている。
またしても台詞が被ったルイさんと俺は、三度顔を見合わせた。そして多分、表情から察するに俺たちは同じことを考えている。
「綺麗やと……思う」
「…………」
毛むくじゃらでもなければ、ブツブツがいっぱいでもない……むしろ……綺麗。
俺とルイさんの共通認識は、これだ。これしか無い。
「き、綺麗って……俺男なんですけど……。そんなお世辞は言わなくても……」
「そんなん分かっとる! じゃあ他になんて言うたらええんよ! 色白ですべすべな肌やし、首なんか片手で掴めそうなほどほっそいし、うなじは色気満載やし、毛むくじゃらでもブツブツだらけでも無いつるんつるんで綺麗な背中やんけ! 頼むからこっち向かんといてって心ン底から思てるわ!」
若干の欲を匂わせながらも、ルイさんは〝確認〟した結果の感想を二人の意見として声高に伝えた。
はぁっ、と左手で目元を覆って俯いたところを見ると、とうとう直視の限界がきたみたいだ。
……気持ちは分かる。
俺たちにも適用されることが分かった前面裸体NGを、素肌全般NGに変更しておかないと。
一度俺たちに見せたからって、今日を境に今後もこんな風に無防備になられてしまうと目のやり場に困ってしまう。
「わ、分かってますよ! 俺だって前見せるのはムリです!」
「よう言うわ! ついさっき俺と恭也の前でオープンしようとしたやんけ!」
どうしてか自分の背中に自信が無いらしい葉璃は、ルイさんの言葉に過剰に反応した。
いつもの如く、ルイさんもそれに応戦する。
「開けると同時に後ろ向く予定だったんですよ!」
「ハルポンの華麗なターンをこんなところで披露すな!」
「華麗なターン!? それ褒めてますっ? バカにしてますっ?」
「褒めてるわ! ハルポンのターンは当然よろめきもせんし速くて正確や!」
「えっ!? あ、ありがとうございます!」
「どういたしまして!」
ドキドキが治らないルイさんの剣幕につられた葉璃が、大きな声を出してムキになっていた。
でもこの二人は、口喧嘩してるように見えていつも終着点はこうだ。まるで、普段言えないことを勢いに任せて言い合って仲を深めてく、ケンカップルみたい。
毎回このやりとりを見せつけられている俺は、つい妬いちゃうんだよな。
「葉璃、大丈夫。俺たちが見ても、全然ヘンじゃなかったよ」
二人が落ち着いたのを見計らって割って入るのも、もう何度目か。
葉璃のもとまで歩んで、花魁状態のシャツをそっと肩にかけてあげる。すると葉璃は、「恭也……」と瞳を潤ませて見上げてきた。
「……ホント? 俺の背中、見苦しくなかった?」
「見苦しい、だなんて……。ルイさんが今、言ってたけど。葉璃はどこもかしこも、綺麗なんだなって、見惚れちゃったよ。どんなCMが完成するのか、ますます楽しみになっちゃった」
「いや、そんな……」
俺の本音に薄く笑った葉璃が、ポッとほっぺたを染めて俯いた。
〝確認〟なら、葉璃の体を一番よく知ってるセナさんに聞いてみればいいのにって、最初は思ったんだけど。
何となく分かった。
尋ねたところで、セナさんは葉璃を肯定することしか言わない。もしおかしなところがあっても、セナさんは葉璃を傷付けまいとして指摘してくれないかもしれないと、葉璃自身が分かってたから、俺たちに〝確認〟してほしかったんだ。
「ん……? なんで俺の時と雰囲気違うん? なぁハルポン、俺もかなりハルポンの背中褒めちぎったと思うねんけど? 俺への対応と違いすぎひん?」
「そ、それは……っ、ルイさんがワァーって捲し立ててくるから……!」
「そんなこと言われても。俺だって男なんやからしゃあないやん」
「え……?」
「…………」
……ルイさん、それは言っちゃダメ。
俺には、〝ハルポンの背中見て興奮した〟って言ってるようにしか聞こえなかった。
ただ彼は、葉璃扮する〝ヒナタ〟のことが好きだったんだから無理もない。
「意味分かんない」と呟き、ムムッと険しい表情でパーテーションの裏に回った葉璃には、その意味が伝わってないみたいだからセーフなんだろうけど。
……いや、まぁ……俺もヤバかったからルイさんのことは言えないな。
だって俺も……男だし。
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