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42♡克服?
42♡
しおりを挟む♡ 葉璃 ♡
「あ、コーヒーの準備しとかなきゃ。へへっ……」
俺はコーナーソファの角っこで、何気なく呟いた。
〝もうすぐ帰る〟という聖南からのメッセージを見て、ムフッと笑う。そしてテレビ画面に視線を移して、またニヤける。
今、聖南が半年に一回くらいのペースでゲスト出演する街ブラロケの模様が放送されていて、俺はこれを観るのが楽しみだった。
許可を取っている商店街を練り歩いて、美味しいものを食べたり一般の人と交流したりっていう至って普通の番組なんだけど、聖南が出演するってだけで視聴率がすごいことになるらしい。
街の人たちは、番組のゲストが誰だか知らされてないんだって。そこに、カメラを引き連れてふらりと現れたのが聖南なんだよ。
この世に居る誰よりもキラッキラなアイドル(しかも長身で美形)が、ものすごく親近感のある笑顔で街の人たちと交流している。
最初は〝セナ〟の来訪に「ギャーッ!」と大騒ぎになる人たちも、その軽快なトーク術であっという間に聖南の虜だ。
キッチンでマグカップとコーヒーバッグ、ケトルを準備しながらも、CMに入るまで手が止まっちゃうくらいテレビから目が離せない。
「葉璃ー! ただいまー!」
メッセージから十五分後、今日は少し早めにご帰宅の聖南が玄関先から俺を呼んだ。
「あっ、聖南さん……っ! うっ、お出迎え行きたいけどまだ番組が……っ」
あっちにもこっちにも聖南が居る。
番組はちゃんと録画してるけど、リアルタイムでも観てこそ真のセナファンだ。
「あれ、葉璃ー? 聖南さん帰ったぞー?」
でも玄関に本物がいる。ちょっとしょんぼりした声で、「おーい」って呼んでる。
帰宅が別々になった時、テッペンを回らない限り俺は玄関まで行って「おかえりなさい!」と聖南に抱き付くんだ。
「はーるちゃーん! ……風呂か?」
あぁっ、どうしたらいいのっ!? どんどん声が小さくなってる……!
テレビの音で俺がリビングにいるのはバレてるだろうし、じゃあなんで「おかえり」も無ければ出迎えもしてくれないんだって、聖南がしょぼんと肩を落としてるのが目に浮かんだ。もしくは拗ねてプンプンしてるか……。
テレビの中からもすぐそこからも聖南の声がする奇妙な状況に、俺はキッチンでケトル片手にオロオロしていた。
「あ、なんだよ。ここにいるんじゃん。玄関で葉璃のこと呼んだのに。声聞こえなかった?」
ガチャ、とリビングの扉が開かれると同時に、唇を尖らせた聖南から「葉璃のお出迎え楽しみにしてたのに」とぼやかれた。
「あっ! う、っ……! すみません、聞こえてたんですけど、その……事情がありまして……!」
「事情?」
聖南は、このマンションが高級物件でそうそう音が漏れないからって、鍛えられた喉をフルに使って俺を呼んでいた。
広い会場でマイク無しでの歌唱が出来ちゃいそうなほどの声量が、聞こえないはずはない。
怪訝な顔で俺を見下ろす聖南が、手に持っていたケトルを見つけて急に笑顔になった。
「あぁ、俺のためにコーヒー準備してくれてたのか」
「そ、それもありますが、あの……あっちの聖南さんが俺を足止めしてまして……」
「…………?」
指差した先を、聖南はジーっと観ていた。
一般家庭じゃまず見ないような大きなテレビ画面には、商店街の人から美味しそうなカレーパンを頂いて、それを頬張ってる〝セナ〟が「中のカレー、結構辛口だな」と笑ってるところが映し出されている。
辛いものが得意な聖南がそう言っちゃうくらい、あの揚げたてカレーパンは辛いみたい。
それをペロッと食べ終えて、お店の人に満面の笑みでお礼を言ってる〝セナ〟の髪色は、まだ赤茶色。後ろ髪を肩スレスレまで伸ばしてて、前髪とサイドの髪が同じくらい長いCROWNの新曲のMV用スタイル。
いま俺の隣でテレビを凝視してるのは、ピンク色のメッシュが入ったおしゃれな金髪マッシュボブの聖南だ。
過去の自分を、本人がまばたきナシでジーーっと観ている……。
「……複雑な心境ってのは、ガチで今みたいなことを言うんだな」
「…………すみません……」
ボソッと呟いた聖南に、俺は平謝りするしかなかった。
もう少し、あの〝セナ〟みたいによく通る声で「俺はテレビに負けたのか!!」とか言って大騒ぎしてくれたらいいんだけど、俺の手から優しくケトルを奪った聖南はどうもそういうテンションじゃない。
お家では甘えん坊な大型犬(尻尾と耳が大きくてフサフサ)になる聖南が、あきらかにしょぼんとしている。
俺がお出迎えに躊躇した理由が自分だったと分かって、ほんとに〝複雑な心境〟なんだ。
キッチンにケトルを置いた聖南が、フサフサの耳をシュンと垂れさせて俺に近付いてくる。
「あのさ、番組観てくれて嬉しいんだけど……本物の俺はもう見飽きた?」
「えっ!? いや、そんなことは全然……!」
「日向聖南より〝セナ〟の方がいいって言うなら、俺はいつでも……」
「そんなことないです!!」
こうなった聖南は、ぐるぐるしてる時の俺とおんなじ。
しょぼんとしてる聖南が可愛くてたまんなくなった俺は、なりふり構わずガバッと抱きついた。
俺に文句を言おうにも、自分が出演してる番組を観ていて手が離せなかっただけだとなると、拗ねたくても拗ねられないみたいだ。
そりゃあ芸能人やスタッフさんに囲まれてる〝セナ〟は眩しくて見惚れてしまうくらいかっこいいけど、俺にしか見せない顔を持ってる聖南もすっごく好きなんだよ。
「そんなことないです……! お家にいるときは、俺は聖南さんがいいです! ごめんなさい、聖南さんがそんなにしょんぼりするとは思わなくて……!」
「……甘えてもいいの?」
「もちろんです!! テレビはもう消しちゃいましょう! 録画してるんでいつでも観られます! しょんぼり聖南さんをヨシヨシしてあげる方が大事です!」
言いながら俺は小走りでテーブルに向かい、リモコンを操作してテレビを消してしまった。
それからまた小走りで聖南のもとまで戻る。すると聖南は、少し屈んで俺と目線を合わせてきた。
聖南……頭を撫でてほしいんだ。
いかにもそれを待ってる聖南を、俺はヨシヨシした。綺麗にセットされた髪の毛がくしゃくしゃになるぐらい、いっぱいヨシヨシしてあげた。
「ごめんな……自分にまで嫉妬する器の狭え彼氏で」
「なっ、そこが可愛いんです! まさかその……、あっちの聖南さんにヤキモチ焼くとは思いませんでしたけど、迷ってお出迎えしなかった俺が悪いので!」
「……ん」
黙って俺にヨシヨシされてる聖南は、俺がいけなかったと詫びたことを否定しなかった。
つまり、そう思ってるってことだ。
うんうん。そうだよね。俺が悪い。
たまにしか出来ないお出迎え、聖南は楽しみにしてたんだもんね。
俺ってば〝セナ〟にうつつを抜かして……ごめんね、聖南。
「……おかえりなさい、聖南さん」
「……ん。ただいま、葉璃」
抱きしめてのヨシヨシに変えると、聖南はきゅっと俺に抱きついて甘えた。
うぅ……! 何だろう、この気持ち……。
俺がいけなかったんだって分かってるんだけど、でも、でも……っ!
しょんぼりした聖南、すっごく可愛いよーっ!
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