狂愛サイリューム

須藤慎弥

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41❤︎新境地

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 ── そう言う葉璃も、俺と恭也からしたら意外だよ。


 少しずつではあるが、葉璃に社交性が身につき始めているのかもしれない。

 スタッフとの打ち合わせでも、俯いてばかりではなくなったとルイが報告してくれたことがあった。その時は「そっかそっか」と喜ばしい気持ちでいっぱいだったが、いざそれを目の当たりにすると少しばかり寂しい気持ちになってしまう。

 おそらくこれは先輩としてではなく、葉璃の彼氏としての狭量さが原因だ。

 聖南は大人げなく少々モヤモヤとしていたが、葉璃のたっての希望で佐々木が繋いだ人物は二回目の発信で気だるそうに電話口に出た。


『……あーい』
「あ、風助? 俺だけど。クリスマス特番の日は世話になったな」
『樹さん? いきなり何すか。てか……クリスマス特番って何の話?』


 この場に居る者達には本性を知られているからと、明け透けにスピーカーで通話を開始したため筒抜けである。

 ノンアルコールビールのジョッキを傾けながら、佐々木はチラと葉璃を見て苦笑した。


「なんで忘れてんだよ。まだ一ヶ月も経ってねぇだろ。風助、熱でぶっ倒れた子を病院まで送ったのは覚えてるか?」
『あー……なんとなく』
「その子がお前に詫びを入れたいんだと」
『詫び~? んなもんいらねーよ』
「とにかく代わるからな」


 佐々木が示唆した通りの素っ気なさに、聖南は思わず吹き出してしまいそうになった。

 風助は昔から変わり者で、表情筋が死んでいるのか何を考えているのか感情がまったく読めない男なのだ。そのうえ高校教師らしからぬ口調、テンションに見合った低い声。

 間違いなく葉璃の周りには居ないタイプの人間だ。

 スマホを手渡された葉璃はさぞかし怯え切っているだろうと、すかさず聖南は助け舟を出そうとした。

 だがその必要はなかった。

 佐々木のスマホを左の手のひらに乗せ、まさにその電子機器こそが風助であるかのように葉璃はハツラツと喋りかけた。


「あ、あのっ、俺、倉田葉璃といいます! ふ、風助さんでよろしいですか!」
『……あぁ。そうだけど。風邪はよくなったの』
「お、お、おかげさまで! あの時は、あ、あの……っ、ありがとうございました! ご迷惑とご心配とご迷惑と、……っあれ、えっと、……!」


 焦って盛大にどもってはいたが、あの葉璃が元気よく他人に挨拶している様を聖南は初めて見た。

 聖南とは対面位置に居る恭也もかなり驚いているようで、葉璃をまじまじと見つめている。

 スマホを受け取った瞬間からきちんと箸を置き、拳を作った右手は太ももの上。「えっと、えっと……」と困り顔でスマホに向かう葉璃は、ただただ本当に謝罪とお礼をしたかったのだと分かる。

 その場にいる男たちがそう感じたのだから、電話の向こうの無表情男にも当然それは伝わった。


『分かったからもういい。別に連絡するほどのことでもねーだろうに。律儀だな。てか寝顔しか見てねーからそんな喋るキャラだとは思わなかった』
「えっ? そっ、そんなに喋ってますか、俺っ? どちらかというと人見知りキャラなんですけど……! いやっ、キャラじゃなくてほんとに人見知りで、俺……っ」
『はぁ? 充分喋れてんじゃん。どの口が人見知りとか言ってんの。全国の人見知りに謝れ』
「えぇ……っ!?」


 自他共に認める人見知りを強い口調で一蹴された葉璃は、上体をビクッと揺らして驚愕の声を上げた。

 これ以上の風助節は葉璃に悪影響だと、聖南と佐々木が同時に動く。

 聖南は佐々木に視線を送り、佐々木は葉璃に向かって〝スマホを返せ〟と手を差し伸べた。


「……ってことだから。採点中だって言ってたのに通話出てくれてありがとな、風助。じゃあまた」


 佐々木は手短にそれだけ言うと、葉璃を窺いながらそそくさと胸ポケットにスマホをしまった。

 聖南も恭也も、一点を見つめて動かない葉璃を心配した。まさか謝罪とお礼を告げた後に叱咤されるとは、微塵も思っていなかったに違いない。

 黙り込んだ葉璃がショックを受けていやしないかと、三人は気が気でなかった。


「はぁ。風助さん、やっぱりいい人でした……」
「えっ、葉璃、どこら辺で、そう思えたの?」
「あれで先生って冗談だろ。生徒にもああなのか? 教育委員会がよく許してんな」


 ただしそれも、過保護すぎる男たちの杞憂に過ぎなかった。

 ぼーっとしていたように見えたが、なんと葉璃の中では完全に〝風助はいい人だ〟という認識になっている。

 即座に問い詰めた恭也は、納得がいかなかった。

 恭也に追随した聖南も、風助の対応に疑問しか抱かなかった。

 なぜ葉璃は、あのような物言いをされても意に介していないのか、さっぱり分からない。


「風助は昔からあれなんです。恋人が出来てからは、あれでも丸くなった方……いやなってないな。あいつは変わらない」


 古くからの友人でもある佐々木は、一瞬風助の肩を持とうとしたのだが無理だった。

 立派な教職に就いていようが、一生涯の恋人が出来ようが、いつでもどこでも風助は風助だ。

 その裏表の無さが長所だと言えば聞こえはいいが、周囲に強力な騎士が大勢いるような葉璃には少々風助のあたりは強すぎる。

 ……と、当たり前のように過保護な考えを持った三人を置き去りに、二度目の「いただきます」をした葉璃が焼けた肉を頬張ってボソッと呟いた。


「っていうか……世の中にはイケメンが多すぎますね。……もぐ……」


 咀嚼する葉璃を凝視していたのは、聖南だけではない。

 今度は突然何を言い出すんだと、恭也は一旦トングをそっと置き、聖南はジッとしていられず足を組み替える。

 葉璃の目の前に座る佐々木も、「それってさ」と濃い苦笑を浮かべた。


「葉璃、隣の男のこと言ってるな?」
「えっ? あっ、はい、もちろん聖南さんもそうですけど、恭也も佐々木さんもイケメンじゃないですか。さっきの風助さんも、アキラさんも、ケイタさんも、ルイさんも、俺の周りはキラキラしててかっこいい人ばっかりです。しかもみんな優しいですし……顔が良い人はもれなく性格が良いんですかね? 羨ましいです。みんなかっこよくて」


 無駄に広いVIP用の個室が静まり返った。

 店内の客達が騒ぐ声、肉が焼ける音、葉璃の咀嚼音だけが響くなか、呆気に取られた三人は騎士冥利に尽きるといったまんざらでもない表情で、三様に葉璃を見つめた。


「……だってよ」


 どういう表情をしていたらいいのか分からない二人に、彼らの心境が手に取るように分かる聖南は真顔でそう一言だけ吐いた。


「……葉璃が一番、キラキラで、かっこよくて、……誰よりも可愛いよ」
「葉璃……自惚れてしまうからそういうことを軽率に言わないでくれ」
「……え?」


 キョトン顔で三人を見回した葉璃は、自らの発言によって個室内が微妙な空気になったことに気付いていない。

 聖南はふと、葉璃の肩を抱き寄せた。


 ── そんなだから、俺たちは葉璃のことが可愛くてたまんねぇし、ほっとけなくなっちまうんだよ。


 唇の端にご飯粒を付けた葉璃が、しみじみと恋人の愛おしさを噛み締めている聖南を見上げ、「どうしたんですか?」と首を傾げる。

 聖南はあえてご飯粒をそのままにし、フッと笑いかけた。

 計算も策略も無い素直な言葉こそが心に刺さるということを、葉璃はもっと知るべきだ。

 無自覚が一番おそろしい。

 少しずつ、少しずつ、広い世界に馴染んできた葉璃。成長するのは良いことではあるけれど、このまま無防備でいられるといくら強心臓の騎士達とはいえ心臓がいくつあっても足らない。






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