狂愛サイリューム

須藤慎弥

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40♡恋路

40♡

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♡   葉璃 ♡



「……今日どうしたの、葉璃」


 顔を覗き込まれて、俺は横目でチラッと恭也を見た。

 今日三本目の雑誌取材の真っ最中。インタビューがついさっき終わって、次は撮影なんだって。

 俺も恭也もおめかししてキラキラな状態で待機中、とうとう聞かずにはいられなかったらしい恭也から、口数が少ないことを心配されてしまった。


「大丈夫? 具合、悪い?」
「う、ううん! 体は絶好調だよ」
「体は、ね。何か、あったんだ?」
「えっ……」


 あぁ……言い方を間違えた。

 一見のんびりしていそうな恭也だけど、こう見えてものすごく鋭い。ウソが下手くそな俺が誤魔化そうとしても無駄だってことが、恭也の目を見てすぐに分かった。

 その真剣な目から、言わなきゃ許してもらえない雰囲気も察知した。


「あの……聖南さんに……」
「うん?」


 俺が今日一日メソメソしてる理由……それは……。


「聖南さんに怒られた……」
「えっ!? セナさんって、葉璃を怒ったりするの?」
「怒ってた……すごく……」
「なんでまた……」


 昨日の今日で、なんでそんな事になるのって不思議で仕方がない恭也は、入口辺りを気にしながら目を瞠った。

 聖南は、俺たちの関係を知ってる人の前だったら遠慮なく俺を構い倒す。甘い声で俺を呼ぶし、くっつきたがるし、話し方もとことんデレデレしてる。

 家でもそうだと知ってる恭也には、聖南が俺に〝怒る〟ところが想像出来ないんだ。

 俺だってそう。

 また少し言い方を間違えたけど、昨日のあれは俺が聖南を〝怒らせた〟ようなもんだ。

 だって……あの時は究極に寝ぼけてたから……。


「セナさんが怒るって、よっぽどじゃない? 葉璃、何したの?」
「いやっ、お、俺、寝ぼけてて、少ししか覚えてなくて! うんざりする恋人の話してたから、すごくヤな気持ちになって! 聖南さんはいっぱいいろんな経験してるのに、俺は何にも知らないから、だからすぐこんな気持ちになるのかなって! だから、だから……っ」
「葉璃、落ち着いて。全然内容が、入ってこない。何にも、分からなかった」
「ごめん……!」


 途中で恭也から「声落として」と言われてしまうほど、俺は一人でヒートアップしていた。

 だんだん思い出してきた昨日のことが、また俺の頭の中をぐるぐるする。

 なんでそうなってしまったのか……って、理由は明白。

 夕方からもう一件仕事が入ってると言ってた聖南にご飯をご馳走してもらって、満腹になって横になった途端俺の意識は飛んだ。

 問題はそれからだ。

 いつの間にか聖南が仕事に行ってて、起きたらそばにあったスマホから聖南と知らない男の人の話し声がして──。

 あぁ、起きてひとりぼっちだって気付いた俺が慌てないように、こうやって通話を繋げてくれてたんだ。聖南さんってば優しいなぁ……とほっこりしてすぐ、過去の人がどうとか、今の恋人もさぞかし美人なんだろうとか、そんな話が聞こえてきて。

 咄嗟に通話を切った俺は、不貞腐れた。

 聞きたくなかったんだもん。

 俺は、普段からあえて目にしないようにしてる(気にしないようにもしてる)聖南の過去を、何の心の準備もなく聞いていたくなかった。

 久しぶりの現場復帰で、横になった瞬間に寝てしまったくらい疲れていた俺は、まるで現実逃避するみたいに体の力が抜けた。

 俺が何にも知らないお子様だから……。

 「聖南さんの過去は気にしません」なんて大見得切っときながら、いざ直面したらこのザマ。

 レイチェルさんと撮られたのも、年末多忙を極めてた聖南が報告した気になってただけって分かってるのに、ほんのちょっとだけ疑ってしまったりして。

 すべては俺に、自信と余裕が皆無なせい。

 だから今さら、こんな些細なことが気になっちゃうんだ。

 じゃあどうしたら、聖南みたいに余裕を持ってお付き合いが出来るの? 過去が気にならないように、ぐるぐるしないようにするには、俺は何をしたらいいの?

 そんなことを考えながら、眠ってたつもりだった。

 まさかそれを聖南本人に愚痴ってたとは思いもしなかったけど……。


「──ってわけです、はい……」


 興奮して何にも伝わらなかった経緯を、俺はもう一度順を追って恭也に話して聞かせた。


「あー……それは……」


 扉や外の気配を気にしつつ、身を潜め合って内緒話をする俺たちの間に、微妙な空気が流れる。

 俺の話を整理していた恭也が、フッと苦笑した。

 そういうことか、と納得したようにも見えて、誤解されたくない俺はなぜか恭也に弁解を始める。


「あのね、俺がよくないこと言ったのは分かってるんだけど、そういうつもりじゃなくて……っ! ただ、あまりにも俺が経験不足すぎるからぐるぐるしちゃうんだろうなって自分が嫌になって……すぐにぐるぐるするクセ治したいなって思ったからで……っ」
「そうなっちゃうのは、自分に余裕が無いからだって、葉璃は思ったんだよね?」
「……うん……」


 そう、そうなんだ。

 俺の下手くそな弁解を事細かくするまでもなく、恭也は分かってくれていた。

 聖南と同じになりたい──こんなの漠然としてるじゃん。

 〝聖南さんみたいにたくさんの人と付き合ったりエッチしたりしたいです!〟って言いたかったわけじゃないんだ。

 それってつまり、聖南じゃない人とそういうことをするってわけで……。

 ──うぅ……っ! そんなのムリだよ。想像すら出来ない! ていうか、したくない!


「葉璃……」


 改めて考えると、プルプルっと震えがくるくらいとんでもない誤解をされてることに気付いた俺は、恭也の苦笑を苦々しく見て下唇を出す。

 けれど恭也は、俺のいじけ顔を見ても腕を組んでお説教態勢に入った。

 どちらかというと恭也は聖南寄りの考えを持ってる人だから、俺の味方ではあるけど〝理解できない〟って顔に書いてある。

 ……あれ……?

 昨日の聖南に続いて、今度は俺、恭也に怒られちゃいそうなんだけど……?


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