狂愛サイリューム

須藤慎弥

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39❤︎特大スキャンダル②

39❤︎8

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 再び現場の雰囲気が凍り付く。

 あからさまに声のトーンを落とした聖南に慄き、青褪めた記者が慌てて弁解した。


〝あ! いえいえ、セナさんは背が高くて日本人離れしたモデル体型でいらっしゃるじゃないですか。過去に噂された方々もみんなスタイル抜群の美女で、どちらかというと目鼻立ちのハッキリした方が多かった。もしかして現在のお相手もそうなのかなぁ、と……〟


 狼狽を表すように早口になった記者は、ご機嫌取りのつもりなのか顔に笑みを貼り付け、他意はないことをアピールしてくる。

 だが険しくなった聖南の表情は変わらず、怒気を孕んだ声音ながら努めて冷静に記者を見据えた。


「何を根拠にそんな発言してんの? 俺がその質問に答えると思う?」

〝い、いえ……っ〟

「聞きたいことは全部聞けた? じゃあもう終わりでいい?」

〝は、はい……っ! お時間取っていただき、ありがとうございました!〟

「はーい。こちらこそー」


 言うなり聖南は立ち上がり、そそくさとスタジオをあとにした。


 ──ったく……広まりすぎだろ。


 最後の三分さえ無ければ和やかな時間だったのに、と顔を歪めてしまう。

 何とか声を荒げずに済んだことに安堵しつつ車までの道のりを急いだ聖南は、つい最近撮られてしまった写真を思い出した。

 先ほどの彼らが激写した首謀者だと決めつけるのは早く、聖南もそれを察してカッとなりかけたわけではなかった。

 あまり考えたくはないが、聖南の恋人を暴こうとしている雑誌社は他にも複数あるため、それぞれがレイチェルの存在を掴んでいるのかもしれない……その事実がふと浮かんだ瞬間、最悪の事態がよぎってしまったのだ。

 失言を狙っているように見えたので、彼らはおそらく決定的な証拠を掴んではいない。聖南の動揺を誘おうと、カマをかけてきた可能性が高いと見た。


「チッ……厄介だ。厄介すぎる」


 愛車目前、気持ちを切り替えようと独り言で吐き出す。

 どこよりも早く、我先にと情報を掴もうとする輩がこうもたくさん居るとなると、〝暴露〟の二文字が急に現実味を帯びてきた。

 タレントたるもの撮られる前提で行動すべき──記者に語った通り、聖南はそういう考えの持ち主だ。

 今さら奥歯を噛み締めて憤りを殺す羽目になろうと、憶測を呼ぶような場に行ってしまった聖南に落ち度がある。

 だがあれには事情があった。

 あの場には確かに社長が居て、撮られた写真の中に間違いなく写り込んでいたはずなのである。

 誰が見ても二人きりの逢瀬に見えるよう切り取った写真が、真実として世に出る前に何とかして食い止めなくては。……という意気込み虚しく、それが通用しないのがマスコミなのだ。

 タレントがどうなろうが、記事によってどんなイメージをつけられようが、裁判沙汰にならない限りは雑誌社側は知らん顔を貫き通すだろう。

 そうなってからでは遅い。

 まずは、一番誤解されたくない葉璃に状況説明をすべきだ。

 社長を含めたレイチェルとの食事会に一時間だけ参加し、クタクタで帰ってきた日のことを葉璃に思い出してもらう。それから、又聞きとなっている写真についての情報を知っている限り共有する。

 葉璃にも強要している手前、聖南も隠し事などしたくない。


「あ……? 通話切れてる」


 まだ葉璃は眠っているかもしれないとスマホを見てみたが、繋ぎっぱなしにしていたはずの通話がいつの間にやら終了されている。

 聖南は出来るだけ大きな音を立てぬよう、慎重にドアを開けた。


「ただいまー……っと。やっぱ起きてたか、葉璃」
「……はい。おかえりなさい、です」


 運転席に乗り込む間際、後部座席を見てみると毛布の塊から可愛らしい顔がぴょこんと出てきた。

 「おはよ」と笑いかけると、横になったままの葉璃が何か言いたそうに聖南をジッと見てくる。

 長居は無用だとばかりに早速車を発進させた聖南は、バックミラーで葉璃の様子を窺った。


 ──こりゃ聞いてたな、さっきの。


 葉璃の下唇がわずかに出ている。

 通話が終了されていたのも、葉璃が耳にしたくないことを遮断したくて切ったと考えてまず間違いない。

 聖南のスキャンダル問題でぐるぐるし始めると、葉璃はすぐに極端な結論を導き出すため早々に手を打たなくてはならない。


「葉璃、さっきの聞いてたよな?」
「……はい。聞いてました」
「ちなみに、どこからどこまで?」
「うんざりするかもしれない恋人のお話から、最後までです」
「うん。それかなり言い方悪いな?」


 記者の〝うんざりされてしまう〟というのは、何度も同じ質問をされる聖南のことを言っているのだが、葉璃の言い方だと〝聖南が恋人にうんざりしている〟ように聞こえる。

 そんなことはあり得ないのでツッコミを入れて笑ったが、そんな聖南に反し毛布の塊になっている葉璃は浮かない顔だ。


「……聖南さん、またレイチェルさんと撮られたんですか?」
「あぁ、帰ったらその話しようと思ってた。ルイから聞いたんだろ。俺が撮られたって」
「はい……」


 どう切り出そうか迷っている間に、葉璃の方からその話題を振ってくれた。

 言いたいことを溜め込む性格である葉璃が、きっと猛烈なぐるぐるが始まっているだろうに直接聖南に問い質したのだ。

 これは非常にめざましい進歩である。

 常日頃から愛を囁いているだけのことはあった。


「葉璃は分かってくれてると思うけど、俺とレイチェルは何も無いから。重度のアレルギー持ちだし」


 場にそぐわないので我慢するが、口元をヒクつかせてハンドルを握る聖南は大根役者だった。


「でも俺……聖南さんがリテイクの日とは別にレイチェルさんと会ってたって……聞いてなかったから……」
「あっ? ……え? 俺言わなかった?」
「聞いてないですよ」


 ──えぇっ? いや、話したと思っ……えぇぇ!?


 聖南は危うく急ブレーキを踏みかけた。

 写真について知らないのならまだしも、食事会に赴いたことを聞かされていないのだとしたら、葉璃がぐるぐるするのも当然だ。

 葉璃に隠し事をしたくない聖南は、話したはずだ。

 憂鬱なんだ、と安眠効果抜群の体を抱き寄せ、うなじを食み、甘えた覚えもある。

 しかし葉璃は、しょんぼりと沈んだ声で聞いてないと言った。……ということは、聖南の思い違い……なのだろう。


「えーっと……葉璃ちゃん。それマジ?」
「マジです」


 恐る恐る確認を取ってみるや、葉璃は即答した。

 葉璃が聞いていないと断言するからには、聖南が話した気になっていただけだ。これについては、心中で大量の冷や汗をかいている聖南が悪い。


「……帰ってから話そ。このまま外に居たら深読みした葉璃が逃げるかもしんねぇ」
「人を猫みたいに……」
「葉璃は猫並みにすばしっこいだろ。ハンパなく足速えし。逃げられたら俺追いつけねぇ」
「……むぅ」


 軽口を叩いているようで、聖南は大真面目だった。

 話したはずなんだけどな……といくら記憶を呼び起こそうとしても、年末は本当に近年稀に見るほどの忙しさだったので、思い違いをしていた聖南の記憶はまったくもってあてにならない。

 下唇を出し、毛布に包まったままの葉璃がぐるぐるしている。

 それがこれ以上加速しないよう努めることが、聖南の現段階での最優先事項になった。




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