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37・星の終幕
37★15
しおりを挟む★ 恭也 ★
女の子が泣いてる姿は、見ていてあんまり気分がいいものじゃない。
セナさんは怒鳴ってなかった。
抑えきれない怒りを殺して、少しだけ意地悪な言い方で詰め寄っただけ。
けれど、それはすべて至極真っ当なことだった。
「事務所が変わらない限り、Lilyの今後がどうなるかは俺には分かんねぇ。でも乗りかかった船だ。このまま放ったらかしにはしねぇから安心しろ」
そう言ってスーツのおじさん達をチラと見たセナさんは、俺達が思わず「え?」と声を上げてしまいそうな台詞で場を締めた。
Lilyの面々も、まさかそんな期待を持たせるような言葉を掛けられるとは思わなかったらしい。
一様に泣き止んで、「じゃ、社長。あとは頼んだぞ」と言いながら退散するセナさんを目で追っていた。
アキラさんを先頭に、俺もそれに続く。
なぜかルイさんだけはその場に残っていたけれど、俺はこれ以上葉璃を傷付けた女性達の顔を見ていたくなくて、ケイタさんの後ろに付いた。
放ったらかしにはしないって……あれどういう意味なんだろう。
いくら事務所が諸悪の根源だったからって、葉璃が受けた傷を思えばそこまでしてあげる義理はないんじゃないかな。
四人でエレベーターに乗り込むと、早速アキラさんが深い溜め息を吐いた。
「あーあ。セナの悪い癖が発動しちまって」
「ほんとだよ。放っとけばいいのに。ハル君が受けた仕打ち考えたら、恩を売るような相手じゃないでしょ」
……二人は俺と同じ考えだ。
下降していくエレベーター内に、少しだけ重たい空気が流れる。
アキラさんとケイタさんは、これまであまりヒナタに関して深く介入する事は無かったけれど、歌番組で出演が被るといつも葉璃を心配してくれていた。
夏にあからさまないじめ騒動があって、その後も葉璃は我慢を続けていた事を二人は知っているんだ。
だから、セナさんのあの発言には納得いかない……俺も二人と同意見だ。
SHDエンターテイメントとLilyがどうなろうと、知った事じゃない。むしろどうなったって文句は言えないでしょ。
「……あの資料を見せたら、葉璃ならどう言うかなって考えてたんだ」
「…………」
「…………」
「…………」
どこか遠くを見るような瞳で、覇気の無い口調で語るセナさんの声が印象的だった。
それを言われてしまうと、アキラさんもケイタさんも、もちろん俺も、何も言える事なんか無い。
葉璃なら……葉璃が言うとしたらきっと、〝何とかしてあげて〟。
CROWNのリーダーの背中を守る二人も、おそらく同じ葉璃が思い浮かんだのか口を噤んだ。
それから俺達は、セナさんに「時間大丈夫ならついて来てほしい」と頼まれ、タクシーを二台手配して場所を移動した。
一台目にセナさんとケイタさん。二台目にアキラさんと俺が乗り込み、向かった先は野本総合病院。
葉璃の事が心配だったから、会いに行けるのは嬉しいんだけど……確実に面会時間を過ぎてるのに、入れるの?
「おいセナ、こんな時間にさすがに四人も行くのはマズイだろ」
「ここまで来といて何だけど、セナだけ行ってあげたら?」
「…………」
「いいから、ついて来い」
本当に大丈夫なのかな……?
アキラさんとケイタさんの遠慮を一蹴したセナさんは、〝関係者以外立ち入り禁止〟と書かれたプレート付きの扉を無視した。
入ってすぐの警備員室前はなんと顔パスで素通りし、俺達はセナさんに続いて一般の患者さんは使用しなさそうなこじんまりとしたエレベーターに乗り込む。
その間、ヒソヒソ声で会話する事さえ躊躇われるあまりにも静かな院内では、CROWNの三人は黙ったままだった。
何階に到着したのかを見落としたエレベーターを降りてすぐ、明らかに雰囲気の違うフロアに降り立つ。
そこには、ナースステーションらしきものは見当たらなかった。あるのは窓辺に設けられたドリンクコーナーと、四つの扉のみ。
ここは多分、VIP専用の病室だ。
芸能人となってしまった葉璃が泊まるには、一般の個室じゃダメだったんだ。
「聖南さん……!!」
セナさんが〝倉田葉璃〟(漢字の並びまで可愛い)のネームプレートを確認して引き戸を開けるや、中から驚きと喜びの混じった声がした。
それに反応したアキラさんが、すぐさまセナさんの背後から姿を見せる。
「ごめん、俺達もいまーす……」
「アキラさん! ケイタさん! 恭也も……っ!」
セナさんだけだと思って喜ばせておいちゃ申し訳ないから、ケイタさんと俺もすぐに顔を見せると、病院着で部屋をウロついていたらしい葉璃は病室の中央で固まった。
俺達はお邪魔じゃないのかって、アキラさんとケイタさんも不安に思ってたに違いない。
声色通り、葉璃はこちらが拍子抜けするほど喜んでくれていて、すごくホッとした。
「あれ、ハル一人なのか?」
「佐々木マネは? 春香ちゃんとお母さんは付き添い出来ないって?」
「あっ、あの……佐々木さんと春香は、明日移動日なので帰りました。お母さんは……来るって言ってたんですけど、家の周りが少し雪が積もってるらしくて……危ないから来なくていいよって電話で……それで……っ」
「葉璃、大丈夫だから。焦って喋んなくていい」
「す、すみません……っ」
座る? と尋ねたセナさんに首を振って見せた葉璃に、俺は吸い寄せられるように近付いていった。
さっき……出番前に見た葉璃とは全然違ったから。
心の底から安心して、セナさんの前だけれどどうしても触れたくて、立ち竦む葉璃の右手を取った。
「葉璃……もう熱は、無いの?」
きゅっと俺の手を握り返してくれた葉璃が、小さく「うん」と頷いて見上げてくる。
「聖南さんが飲ませてくれたお薬が効いてるみたい。ここに着いたの気付かないくらい爆睡してたから、それでまたちょっと体力戻ったのかも……」
「そっか。……良かった……」
たかが風邪。されど風邪。
あんなにツラそうにしていた葉璃の姿を見るのは、出会って以来初めての事だった。
俺は、葉璃の居ないステージに立つ事より、ソロで歌う緊張感より、心配と動揺が勝っていた。
正直、大袈裟でも何でもなく心臓が痛くなるから、二度と葉璃のあんな姿は見たくない。
「恭也、心配かけてごめんね……?」
「あぁ……いや、葉璃の顔見たら、安心したよ。まだ少し、眠そうな顔、してるけど。ほっぺた赤くないから、安心した」
「うん……。あのね、俺……恭也と聖南さんが踊ってるのも、ソロで歌ってるのも、ちゃんと観てたよ。ETOILE守ってくれてるの見て……感動しちゃった」
「そ、そんな……。あっすみません、セナさん。俺の方が、先に葉璃と……」
「いや、それでいいんだ。そのために葉璃と会わせたんだから」
我先にと葉璃に寄って行った俺は、考えナシだ。
俺が次に葉璃と会うのは、風邪が完治してセナさんの許しが出た後だと思い込んでいた。
けれど、〝ハル〟の色を消さないピンチヒッターとなってETOILEの出番に華を添えてくれたセナさんは、誰よりも葉璃のそばに居たかったであろうこの場でも、俺を立てる。
「聖南さん……っ」
「ありがとう、ございます……」
セナさんはそっと歩み寄って来て、俺と葉璃に「フッ」と悠然とした笑みを向ける。
完全に俺を嫉妬の対象として見ていないことが分かり、さらには、これからも変わらず葉璃との友情を育んでいていいという了承を貰えたようでとても嬉しかった。
「ここにルイも居りゃ完璧だったんだけど。アイツはアイツで言いてぇ事があったんだろうな」
ホテルに残ったルイさんの思惑までも読むセナさんの笑顔は、まさしくトップアイドルに相応しい雄々しさに満ちていた。
葉璃の事となるとセナさんは激情型になりがちだけれど、今回の件がきっかけで客観的にものを見るようになったような気がする。
……なんてね。
セナさんがLilyの面々にかけた恩情が少しも理解出来ない狭量な俺が、生意気な口を叩くなって話だよ。
公認されてるからって、なかなか葉璃の手を離せない俺じゃ、どれだけ歳を重ねて人生経験を積んでもセナさんに敵うわけがないんだから。
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