狂愛サイリューム

須藤慎弥

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37・星の終幕

37♡14

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 俺を守るために、解決に向けて聖南がどれだけ尽力したかを佐々木さんの口から聞く日が来るとは思わなかった。

 喧嘩するほど仲が良いというか、佐々木さんへの協力を聖南から申し出た事には驚いた。

 あとは関係各所への状況報告。

 俺が今こういう状態だから、もしかしたら出演出来なくなるかもしれないけど、その時は聖南が何とかするって偉い人にたくさん連絡してくれたんだって。(お昼にずっと電話してたのは、やっぱりそれだったみたい)

 恭也がソロで歌ったあの曲も、もちろん聖南の権限で勝手に公の場で歌うなんて許されなくて、歌手の人、事務所、レコード会社から直々に許可を取った聖南は、今日のお昼にはすでにそういう段取りを組んでいたんだ。

 行方知れずだったアイさんをおびき寄せるために、聖南が作戦を立てて、春香に〝ヒナタ〟の影武者をお願いしてたのも俺は知らなかった。

 ただ俺は、自分の体調と出番の事で頭がいっぱいで……。


「俺が言うまでもないんだろうが、セナさんは葉璃にこんな事細かく話さないと思うから一応伝えとく。あの人にとっては本気で、当たり前の事をしたまでなんだ」
「はい、……なんとなく分かります。聖南さんは肝心な時に、何にもお話してくれませんから……」
「葉璃に心配かけたくないんだよ」
「……そうだと思います」


 聖南の敵なのか味方なのか分からなかった佐々木さんは、完全に白旗をあげていた。

 会話の最中、何回も春香の「いいなぁ」が気にはなったけど、驚きの事実を聞かされるうちに俺はもっと聖南に会いたくてたまらなくなった。

 聖南が俺のことも、〝ハル〟のことも、〝ヒナタ〟のことも、ぜんぶまとめて守ろうとしてくれた気持ちがほんとに嬉しくて。

 誰よりもかっこいい人だって知ってたのに、その恋人から全方位囲われそうな勢いの庇護欲を感じると、心がムズムズくすぐったくなった。

 協力してくれた人達にも、いくら感謝したって足りないくらいで。

 強面の風助さんも、未だ顔を知らないボディーガードさん達も、その人達を手配してくれた聖南のお父さんにも、……挙げだしたらきりが無い。

 俺はどうやって、みんなにこの感謝の気持ちを伝えたらいいんだろう。

 どうお返しするのが……正しいんだろう。


「……噂をすれば」
「えっ……!」


 ジャケットの胸ポケットからスマホを取り出した佐々木さんは、画面を見るなり俺にもそれを向けてきた。

 〝セナさん〟と書かれたそれを見て、俺のほっぺたが瞬時に熱くなる。

 CROWNの出番が終わって一時間くらいが経っていた。生放送もエンディングを迎える頃合いだ。

 もしかして、もうLilyとの話し合いが終わったの?

 今日で片付けるって言ってたもんね、聖南。


「嬉しそうな顔しちゃって」
「~~っ、春香っ」
「ふふふっ……」


 俺の口元が、春香が肘でツンツンしてくるくらい緩んでしまっていた。

 だって……聖南に会いたいんだもん。

 声が聞きたいんだもん。

 Lilyの件がどうなるのかは分からないけど、決着がついたらまた、昨日みたいにここに忍び込んで来てくれるかなって……思っちゃったんだもん。


「はい、私です。お疲れ様です。……はい、……はい。……えぇ、しばらくはツラそうにしていましたが、到着して一時間もしないうちに熱も引きまして。はい、……そうだと思います」


 聖南と通話しながら、佐々木さんはなぜか俺をチラッと見たあと病室を出て行った。

 ここで話してて良かったのに……ていうか、俺も聖南と話したかったな。

 ちょっとだけ肩を落とした俺に、お喋り好きな春香がすぐさま話し掛けてくる。


「セナさん、心配してたんだろうね」
「……うん……」
「いいなぁ、葉璃。あんなに想ってくれる彼氏が居て」
「またそれ言ってる……」


 春香の「いいなぁ」が止まらない。

 一度は聖南に好意を持ってた春香だけど、対象が自分じゃないと分かってからの切り替えの早さは尋常じゃなかった。

 しかも春香は、暗黙のルールで恋愛御法度の女性アイドルだ。俺はひと悶着あったLilyを見てるだけに、いかにもすぐにでも彼氏が欲しいと言い出しそうな春香にはヒヤヒヤする。


「いいなぁって言うけど、春香は今そんなこと考えられないでしょ? memoryはまさにこれからって時なんだもん。初めてのツアーだって喜んでたよね」
「それとこれとは別よ! アイドルやってるからには、実際に付き合えなくても好きな人くらい居たっていいじゃない? 女の子はね、毎日キュンキュンしてときめいてた方が可愛くなるのー」
「……へぇ……」
「なんたって、葉璃が証明してるじゃない?」
「俺が? ……証明?」


 毎日ときめいてたら可愛くなるっていうのは、なんとなく分かる気がする。

 でも俺には関係ない話だよ。

 そばに寄られるとドキドキする恋人は確かに居るけど、俺は女の子じゃないんだし。

 腑に落ちない顔をした俺に、春香は熱弁を振るうように声に力が入る。


「セナさんのおかげで、葉璃はすごぉぉーーく可愛くなったよ」
「……可愛く……」
「嬉しくないって言うんでしょ? 〝俺は男だぞー〟って」
「うん……」
「昔から葉璃は、私に似て可愛かったけど? セナさんと付き合ってからは何ていうのかなぁ~キラキラオーラがすんごいのよ」
「何それ。俺からそんなの出てるはずないよ。俺が背負ってるのは、灰色のモクモクした薄暗い雲だよ」
「あはは……っ」


 着飾った〝ハル〟の状態だったら分からなくもないけど、自他ともに認める卑屈ネガティブな普段の俺がそんなキラキラ背負ってるわけない。

 お腹を抱えてゲラゲラ笑う春香の方が、とっても可愛いよ。

 うり二つだってよく言われる俺達だけど、実は自分たちには全然別人に見えてたりする。似てるなぁって程度だ。

 爆笑する春香を黙って見守っていると、突然「気持ちは分からなくも無いのよね」と言って謎の溜め息を吐く。

 テンションの上がり下がりについていけない。


「Lilyが葉璃に目をつけたのも、分からない事もないなーって思っちゃうのよね。私がレッスン生に突き飛ばされて、年末の番組収録前に頭ケガしちゃったの覚えてる? あの時も葉璃に影武者頼んだから、忘れてるわけないか」
「……うん、覚えてる」
「普通はそんな事あったら、レッスン生とはレッスン場が同じなんだから私達との空気が悪くなるものじゃない? でもならなかった。むしろ良くなったの」
「えっ? よくなったの? なんで?」


 話題がコロッと変わった事に戸惑いながら、去年春香の身に起きた不幸な顛末を聞いた事が無かった俺は、身を乗り出した。

 春香は結局、突き飛ばした子へのペナルティ的なものを何も要求しなかったとしか知らなくて、それ以来どうなったんだろうとは思っていた。

 聖南へのサプライズプレゼントでmemoryのライブに出演するため、俺は何回も慣れ親しんだスクールに通ってたけど、そう言われてみればギスギスした感じはまったく無かった。


「あの時、佐々木さんがレッスン生一人一人の話を聞いてあげる時間を設けたのよ。私がお咎め無しをお願いしたから、それならスクール内での鬱憤は晴らしてあげないとな、って事で」
「佐々木さんが……!」
「そうなの。memory以外のタレントにも付いてるのに、忙しい合間を縫って本当に全員とお話して……」
「──こら春香。大塚のタレントに相澤プロの情報を流すんじゃない」
「えへっ、すみませーん」


 聖南との通話を終えた佐々木さんは、春香の声が扉の外にまで漏れ聞こえていたのか、戻ってくるなり少し大袈裟に叱咤した。

 佐々木さんなりの照れ隠しにも見える。

 でもこの裏話こそが、Lilyとmemoryの決定的な違いなんだってことを春香は教えてくれようとしたんだ。


「……佐々木さんのこと、敏腕だって聖南さんがいつも褒めてます。俺もそう思います。何人居たのか分からないけど、レッスン生全員とお話するってものすごい労力ですよ。佐々木さん忙しいのに……スゴイです。出来る男です。Lilyのマネージャーさんが佐々木さんだったら、Lilyはもっと良い方にステップアップ出来たかもしれないです」


 佐々木さんに謙遜なんか似合わないよ。

 タレントとマネージャーは二人三脚で足並み揃えて歩かなきゃ、一歩も進めないんだから。

 マネージャーの力量が、タレントの伸びしろにどれだけの差を生むか……佐々木さんが一番分かってるはずだよね。

 下手くそながらに褒めちぎると、ふと俺から視線を逸らした佐々木さんは眼鏡をクイッと上げた。


「──春香、今度メシ奢る。メンバーには内緒だぞ」
「やったー!!」


 ……え? なんでそんな話になるの?

 俺に「あまり糠喜びさせないでくれ」って言ってきた佐々木さんの言葉と関係ある?

 まぁ、春香が嬉しそうだから別にいいけど……。




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