狂愛サイリューム

須藤慎弥

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37・星の終幕

37♣5

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♣ ルイ ♣



 ホテルでダンサー連中とテレビ観てて、思わず溜め息を吐いてもうた。


「ハルポン……あかんかったんか」


 ヒナタちゃんは出とった。Lilyとしてのパフォーマンスは完璧で、今日も今日とてスタイル抜群のべっぴんさんやった。

 しかし、分かる人にしか分からん微妙な表情の変化、自分でイヤモニ外してる瞬間で「もしかして」がよぎってたんやけど。

 ETOILEの出番になった時、その「もしかして」がほんまになってもうてた。

 司会の女がハルポンの病欠知らせて、ほんの数秒後には、大歓声の中いかした軍服着たセナさんと恭也が現れた。

 その二人が〝silent〟を歌って踊ってる姿なんか見てもうたら、俺だけホテルでCROWNの出番までジッとしてられるわけもなくて。

 ダンサー連中と大塚のスタッフに声かけて、ホテルを飛び出した。

 向かったのは、今回も特例が認められた〝CROWN〟と〝ETOILE〟の、大塚贔屓と言われてもしゃあない楽屋。

 扉を開けてすぐそこに、生で見たら桁違いにイケメンな軍服姿のセナさんがおった。いきなり開いた扉に「んっ?」と振り返ってきた様が、ほんまもんに見えた。


「あ……っ、セナさん! ピンチヒッターお疲れ様でした! ハルポンはっ? ハルポンはどこ行ったんすか?」


 狭い楽屋やから、キョロキョロっと見回すだけで顔ぶれの把握が出来る。

 中央の長机に沿って配置された椅子には、アキラさんとケイタさん、そしてなぜか社長が相変わらずの刑事面で腰掛けとる。

 口ばっかりセナさんを労って、俺はパーテーションの裏も見てみたがハルポンは居らん。代わりに、軍服を脱ごうとしてる生着替え中の恭也が居って、「すまん!」と気まずく謝る羽目になった。


「来たのか、ルイ」
「はい。セナさんが出てんのテレビで見てて、いても立ってもおられんくて」


 こんな事でウソ吐いてもしゃあないし、俺は開き直った。

 セナさんも俺の回答が分かってたようで、驚きもせんと静かにペットボトルの水飲んでる。


「葉璃なら病院に向かったよ」
「……熱、上がったんすか」
「ああ。あっちの出番前、ちょうど薬の時間だったから飲ませたんだけどな。間に合わなかった」


 病院から貰った薬を自己判断で早めに飲ませたりすんのは危険やし、セナさんが顔を歪める必要はないやん。

 いつどこでポーンと熱が上がるか分からん状況やってのは、昼にハルポンの顔見たみんなが分かってた事。

 そやから俺も、セナさんがピンチヒッターとして出演するんは想定内やった。……というより、綺麗好きなハルポンがシャワー浴びてる間に、アイ捕獲作戦とセナさんのピンチヒッターの話は聞いてたしやな。

 その場に居った全員が満場一致で、「そういう事なら」とハルポンをドームに連れてったという経緯がある。

 ま、俺はCROWNのバックダンサーやから? どんだけ心配しとってもここには居られんかったんやが。


「そっすか……」


 セナさんが無理と判断したほどヒドなったハルポンは病院に向かったようやし、そんならひとまずは安心か……。

 慌ててこっちに来てもうたが、CROWNの出番まで一時間はある。俺どないしょ。ホテル戻ってた方がええんかな?

 何気なくセナさんを見ると、「無茶させようと思えば出来たんだけど」と苦笑いを返された。


「一応座薬も貰ってたんだ。でも使わなかった」
「ざ、座薬……! そ、そ、それはその……なんちゅーか、その……その……座薬っていうとほら、……その……」


 最近じゃ滅多に見らん〝座薬〟という単語に、俺はオロオロした。

 何せハルポンとセナさんは恋人同士で、考えんようにしてたそういう妄想が脳裏に浮かんでもうた。

 男のセックスにはソッチを使うって事くらいは知っとる。そやから熱下げたるから言うて、こんな会話繰り広げられてたらどうするん。


〝セナさん、こんなところでダメですよ♡〟

〝いいじゃん、熱下げてぇんだろ?〟

〝でも恥ずかしいっ♡〟

〝ステージ立ちてぇんなら我慢しろよ〟

〝あっ♡ セナさんっ♡ ダメって言ってるのにぃ♡〟


 ──あ゙ぁ……っ! あかん!! ハルポンがエロエロや!! 熱で苦しんでる時に、勝手にこんな妄想してマジでごめんやで! ハルポン!


「……バーカ。なんか妄想してただろ、ルイ」
「あ痛っ!」


 天井を仰いで妄想に浸ってた俺の後頭部を、セナさんがパシッと叩いた。

 AVなんかしばらく見てないのに、なんやめちゃめちゃ想像力を掻き立てられた。これ一時間くらいノーカットで妄想し続けたら、……抜けるんちゃうか。

 ……って、いやいや、弓矢ルイ。何考えてんねん。

 あのハルポンが出番を諦めたくらい、しんどい状況やねんぞ。やらしい妄想でハルポンを汚すな、バカもん。


「ったく。いくら俺でも座薬入れながらムラムラするかよ」
「……セナはするだろ」
「……セナはするでしょ」
「……セナさんは……しますよね」
「おいっ」


 セナさんはカッコよく否定したはずやのに、アキラさん、ケイタさん、着替えの済んだ恭也から同時にツッコまれてた。

 なんや……俺の妄想あながち間違ってないんか。

 て事は? やっぱ二人は? 最後までシてんのか?

 ……妄想よりはるかに凄いコトを? セナさんとハルポンが……?


「座薬入れて無理に熱下げたとこで、あの調子じゃどっちにしろETOILEの出番は無理だったと思う」
「な、なんでっすか」


 新たにエロ度が上がった妄想に走る前に、セナさんが軌道修正してくれて助かった。

 顔面偏差値が異常に高いカップルの性事情は気になるとこやが、一旦忘れよう。

 仕事に対するハルポンの姿勢を知ってる俺は、座薬を使うてでも出演させてやるのもアリやったんやないかと思った。

 問うと、セナさんは困ったように笑いはった。


「爆弾抱えてるみたいなもんじゃん。それだと葉璃は完璧なパフォーマンス出来ねぇから」
「……よく説得出来ましたね」
「俺の言うこと聞けって釘刺しといたんだよ。でないと病院から出さねぇって」
「それにしてもっすよ」


 卑屈ネガティブなハルポンは自分の実力を分かってへんとこあるし、たとえセナさんが「言うこと聞け」言うておとなしく頷くタイプでもないのん知ってる。

 無茶してでも出番に穴は空けたくない……ハルポンは絶対そう言うやろ。

 何が決め手やったんかな。

 首を傾げた俺に正解をくれたんは、この場に居るセナさん以外のメンツやった。


「あれが効いたんじゃない?」
「あぁ、あれな」
「……あれ?」


 ケイタさんが口火を切った。

 それにアキラさんも同調する。


「〝そんな顔でステージに立てると思うな〟」
「えっ?」
「〝人一倍完璧主義なくせに〟」
「えぇっ? セナさん、ほんまにそんな事言うたんすかっ? ハルポンにっ?」
「……ん」


 明らかにセナさんの口振りを真似た二人の再現に、俺は仰天した。

 ハルポンには角砂糖より甘々な対応しかせぇへんと思てたから、セナさんがまさかそないに核心を突くやなんて思いもよらんかった。

 そらハルポンも驚いたやろが、いっつも甘やかしてくれるセナさんからガチダメ出し食らったとなると、頷かんわけにいかんやったんやな……。

 なるほど、状況が分かってきたぞ。

 ふむ……と腕を組んで納得してると、今まで空気と化してた社長がわざとらしい咳払いをした。


「〝ヒナタの代わりは居ねぇけど、ハルのピンチヒッターならここに居る〟とも言ってたな、セナは。ハルをひっしと抱きしめて、まるでドラマのワンシーンを見ているようだったよ」
「社長もその場におったんか!」
「ああ、居たぞ。一部始終見ていた」
「なっ……なっ……!?」


 なんやその萌えエピソードは!!

 セナさんは、説教くさいことばっか言うてハルポンを説得したんやない。

 〝俺が居るから安心しろ〟と、最終的にはハルポンを宥めたんや。

 ──見たかった。

 そんなん目の前で繰り広げられたらキュン死もんやん。

 ほんまに見たかったんやけど。

 マジで、マジで……っ。


「なんでそこに俺は居らへんかったんやーー!!」


 場違いな俺が、場違いな絶叫をかましたった。

 除け者気分は最高潮。

 CROWNのバックダンサーは年末の特番までの約束やけど、今日限りで卒業してええやろか。




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