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35・アイドルの本気
35♡9
しおりを挟む「密談終わったー?」
「本番二十分前だぞー。そろそろマジでヘアメイクしねぇとヤバイぞー」
「あっ! は、はいっ」
ずっと俺達に気を使ってくれてたケイタさんと、言いながら椅子を引く音がしたアキラさんの声に、慌てて立ち上がった。
それ、めちゃくちゃヤバイ。
こういう時、大体は成田さんか林さんが血相変えて俺達を急かすのに、そういえばちょっと前から姿が見えない。声もしなかったから、楽屋にすら居なかったんだ。
本番まであと二十分。
大急ぎで俺と聖南が衣装に着替えてる間に、ヘアメイクさんを連れて来てくれたアキラさんに頭を下げる。
楽屋にある大きな鏡の前で俺の顔と髪を超特急で仕上げてくれたメイクさんは、ヒナタの事を知ってるいつもの女性だ。
「ハルくんもセナさんもメイクに時間かからないからいいわね」って、俺にはよく分からないことを言われたけど褒め言葉として受け取っておいた。
俺は、たった十五分でキラキラなアイドルに変身した。
今日の衣装も絶妙に中性的な派手なスーツ。恭也との色違い(恭也は青色で、俺は薄い赤色)なのはいいとして、俺だけズボンが七分丈で白いモフモフした尻尾みたいなものが腰からぶら下がっている。
早い段階で事務所のスタッフさんから〝ハルは弟系のコンセプトでいく〟と言われたものの、鏡に映った俺の頭の上には「?」がいっぱいだ。
「……可愛いな」
仕上がった〝ハル〟の背後に、デザイン性の高い黒いスーツを着ただけでオーラが何百倍にもなる〝セナ〟が、薄っすらメイクをした綺麗な顔で鏡越しに凝視してくる。
「聖南さん……かっこいいです。アキラさんも、ケイタさんも、恭也も、みんなかっこいい……羨ましい……」
「何言ってんの。ハルの可愛さはピカイチだぞ」
「そうだよ! 俺ハル君に出会ってから他のアイドルを可愛いと思えなくなったんだからね!」
「葉璃は、いつも可愛いけど、ハルになると、ドキドキするくらい、綺麗なんだよ」
「…………」
俺にそんなフォローを入れてくれるのは、みんなスラッと背が高くて、それぞれ違うタイプの〝いい男〟。
男だったらこの四人のうちの誰かに生まれたかったってくらいの人達から、口々に「可愛い」と言われるのは複雑だけど……アイドルとして生きてくためには他と違う要素も必要だって聖南が言ってた。
〝弟系〟がまだピンときてない俺でも、人様の前に出て恥ずかしくない見た目になれてるんならまぁ……いっか。
「三人ともヤバイ目で葉璃の事見てんな。葉璃おいで、こいつらに晒しとくと葉璃が減る」
「減るかよ」
「減らないよ!」
「減りませんよ」
「……ふふっ……」
お兄さん達の視線から逃がすように抱き締めてきた聖南に、三人から総ツッコミが入って吹き出してしまった。メイクさん達が片付けで俺達に構ってる暇がないからって、ちょっとやり過ぎだよ。
普段から聖南は王様みたいな風格とオーラがあるけど、些細なことでは絶対に感情を荒立てないし、ぶっきらぼうに他方へ気を配るからみんなに愛される。
勘繰られないようにさり気なく聖南から離れて、俺は衣装姿のアイドル様を見上げた。
歌番組の時のキラッキラな聖南はあまりにも眩しすぎて、目が合うとすごく緊張する。ニコッと微笑まれた日には、顔が熱くなって目を逸らしてしまうくらい。
「うわ、っ……!」
アキラさんを先頭に、オープニング出演のために通路へと出ると、目の前に物凄い人波が列を作っていて思わず息を呑んだ。
そうだった……ドームとかアリーナでの特番の時は、このたくさんのアーティストさんの大行列があったんだ……。
CROWNの三人も恭也も背が高いからへっちゃらかもしれないけど、俺はチビだからおしくらまんじゅうになるんだよ……。
「客席の声めちゃめちゃ聞こえるな。んーっと、一、二、……あ、俺らもう少し後ろじゃん」
行列に割り込んで呑気に呟いたアキラさんは、アーティストさん達の顔触れを見て出演順を目視で確認した。
「今年のインスト気合い入ってるね~。……あっ、どもども! 夏以来だね~!」
ケイタさんは、歩きながら顔見知りのアーティストさんと短い挨拶を笑顔で交わしてる。
聖南はというと、眉間にシワを寄せて少しだけ不機嫌な表情をしていた。
「あぁ~~何回やってもこの大行列は慣れねぇな~」
「だよねぇ。ハル君達、ちゃんとついてきてるー?」
「セナは頭飛び出てんだから苦しくねぇだろ」
「そういう問題じゃねぇ」
「ぷっ……」
アキラさんの指摘に頷いた俺は、聖南の素早い返しにまた笑ってしまった。
聖南はどのアーティストさんよりも背が高いから、たしかにこの大行列の波の中に居ても全然苦しそうじゃない。
すぐにおしくらまんじゅうになる俺からすると、オーラとか存在感はともかく体が大きいだけで羨ましいよ。
「じゃあ俺たちは、少し先に……」
「そ、そうだね」
恭也は俺のすぐ隣に居て、はぐれないように腕を掴んでくれていた。言いながら列から逸れて歩こうとしたところを、聖南に呼び止められて耳打ちされる。
「葉璃、緊張してねぇか?」
「……してます」
「さすがにここでハグ出来ねぇから、舞台袖で手のひらに俺の名前書いて」
「は、はい、……やります。やらないとムリです……」
「ははっ……! じゃあまたあとで」
「はい……っ」
大勢のアーティストさんの手前、ポンポンと背中を叩いて送り出してくれた聖南が優しかった。
手のひら文字、一回も効果を感じたことはないけど、あれをやらないと落ち着かなくなってる。
振り返ると、出番が後の方のCROWNの三人はどんどん遠ざかって行った。
俺と恭也は、ETOILEのすぐ後の出番の『遠藤ミホ』さんっていうソロ女性歌手を発見して、その前に並び直す。
後ろの遠藤さんと、前の男性アイドルグループ(名前は忘れた)八人と軽く挨拶を交わすも、手のひら文字に忙しい俺は会釈と蚊の鳴くような声での「こんばんは」しか言えなかった。
恭也がソツなく、そのアイドル達と他愛もない会話をしてくれて大助かりだ。
知らない人はこわい。しかも寄ってたかって俺の顔を覗き込もうとしてきて、あげく「ハルめちゃめちゃ可愛い」ってお世辞言ってくるんだよ。
どんな顔してたらいいの。
正直、俺は今それどころじゃない。
オープニングで呼び込まれた時の「ドキッ」と、何十段とある低い階段を何万人の人から見られながら降りてく「ビクッ」と、その場で俺が居る事を知るLilyの反応に「ビクビクッ」としなきゃならない三つの緊張感に、手汗がすごいんだよ。
うぅ……予備の心臓があと五つは欲しい……。
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