狂愛サイリューム

須藤慎弥

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35・アイドルの本気

35❥6

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 ❥ 聖南 ❥


 冷水を浴び続けた事が、必ずしも今回の葉璃の体調不良と繋がるわけではないと三嶋から断言されたものの、単に医師としてそう言わざるを得なかっただけだと、聖南は彼との語らいを通じ一応は理解していた。

 しかしながら、健康増進を理由に自発的に浴びていたわけではなく、気を失ってから温水を冷水へと切り替えられた葉璃には避けられなかった故意だ。

 葉璃が深夜に熱を出した時は、さすがに出演は無理だと思った。

 苦悶の表情を浮かべ、「頭が痛い」、「寒い」と聖南の腕の中で何度も苦しそうに寝返りを打っていた葉璃を見て、聖南は苦渋の決断を下そうとした。

 だが葉璃は、どうしても聖南の言う事は聞きたくないらしい。

 責任感……そう言えば聞こえはいいが、心配性を通り越して過保護すぎる聖南には、それは単なる意固地にしか聞こえなかった。

 幾多の悪感情を向けられ、実害を受けた葉璃がそうまでして任務を遂行し、義理立てする相手では無いだろうと思ったのだ。

 けれど葉璃は、熱が出ているとは思えないほどの俊敏さでナースコールを手にすると、そのままうつ伏せで丸まり、うわ言のように切々と聖南に懇願してきた。


 これは誰も悪くないから、〝干す〟なんて物騒なこと言わないで。
 俺の出番も、無くさないで。お願い……っ。


 きっと葉璃はあの時、自分が何を口走っているかも分かっていなかったのではないだろうか。

 ナースコールを抱えたまま、不調に耐えかねるようにして眠りについた葉璃から、ステージでのパフォーマンスに対する強い思いを感じた。

 しばらく絶句した聖南だったが、〝仕方がない〟が許せない葉璃の頑固さに根負けしたのだ。


 ──居場所を無くさないで、って事だったんだろうな。


 かと言って、変更せざるを得なくなった聖南の苦渋の決断は未だ不確定なまま。薬が欠かせない以上、本番どうなるかは本当に分からない。

 ただ葉璃は、それが効いている間は何事も無かったかのようにけろりとしていて、恭也達が来るまで部屋の隅でLilyの振付けをこっそり自主練できるほどには体も動かせるらしい。

 時折、自由な世界を羨ましく見つめる飼い猫のように寂しげな背中で窓の外を眺めていたけれど、「何ともないです」と言いつつ食欲不振な様子からして、一時的な空元気である事は確かなのだ。

 いったい葉璃は、どんな思いで出演を懇願していたのか……。

 出演への意欲? 任務を完遂しなければという責任感? Lilyへの苛立ち?

 葉璃の場合、自身がどんな目に遭っても許容してしまうので、〝干すなんて言わないで〟と言っていた事からも怒りの感情は無いような気がする。

 だとしたら本当に、聖南は葉璃の願いを聞き入れなければと思った。

 何も出来なかった自分を責め続ける暇があったら、葉璃の小さな願いくらいどんな手を使おうとも叶えるべく動くだけ。

 それが出来るのは、他ならぬ聖南しかいない。


「──アキラとケイタももうじきここに来る。揃ったら全員に話があるから」


 各方面に現状を伝えると共に、とある人物への連絡も済ませた聖南はゆっくりと立ち上がり、仲睦まじい絆を確認し合っている三人に声をかけた。

 葉璃の大切な仲間である二人は、聖南からの連絡に食い気味で「今すぐ行きます!」と言っていた通り、ものの数分でここへやって来た。

 恭也がこのホテルに宿泊している事は知っていたが、天候を鑑みたのかどうやらルイも便乗したようだ。

 窓辺に向かった葉璃を視線で追いながら、聖南はそろりと恭也に近付き耳打ちする。


「……恭也、メッセ見た?」
「見ました。俺が提示したあの歌なら、歌詞見なくても、歌えます」
「オッケー」


 聖南が今朝送ったメッセージに恭也からの返信がきていたからこそ、室内をウロウロする葉璃を愛でつつ先程までひっきりなしに〝各方面〟へと連絡を入れていた。

 これはあくまでも、不測の事態に備えた万が一の策。

 卑屈ネガティブな葉璃の耳に入ればたちまち嘆き始めてしまう策なだけに、聖南と恭也は目配せのみに留め短い会話を切り上げた。

 「葉璃のためなら」と言葉を濁さない男が、葉璃の周囲には幾人も居る。

 一秒でも早く葉璃の顔が見たいと飛んで来た恭也とルイもそうだが、たった今ドアチャイムを鳴らした二人もまた、彼を甘やかす事に長けている。


「お疲れ~」
「あれっ、みんないるじゃん! お疲れ~!」


 いつでもクールなアキラと、底抜けに陽気なケイタ、二人の来訪に室内がさらに華やいだ。

 ちなみに、部屋の奥から「お疲れーっす!」と顔を覗かせたルイの声に、恭也と葉璃の挨拶はかき消されている。


「お疲れ、アキラ、ケイタ。中入る前にちょっと話ある」


 話が尽きない三人を振り返った聖南は、アキラとケイタの腕をガシッと掴むと、浴室と繋がったサニタリールームのような場所へ素早く連れ込んだ。


「どうしたんだよ」
「なんか物々しいね? 何かあった?」
「二人には報告遅れて申し訳ないんだけど、……」


 矢継ぎ早に、聖南は昨日起こった諸々を二人に説明していった。

 それぞれが別の仕事で多忙を極める身のため事後報告となったが、話を進めていくにつれ驚愕から怒気をはらんだそれに変わっていく二人の表情を見ていると、やはり昨日時点で話さなくて正解だった。


「──あっ!? ハルは大丈夫なのか!?」
「ちょっ、それマジ!? マジの話!?」
「ああ。今はピンピンしてるけど、いつまた熱が上がるか分かんねぇ」
「そこまでやるか、アイツら……」
「ほんとだよ……っ! ていうかハル君、ほんとに大丈夫なのっ?」



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