狂愛サイリューム

須藤慎弥

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35・アイドルの本気

35♡6

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 ◆ ◆ ◆



 聖南と俺は、入り時間より少し早めに病院を出た。

 三嶋先生から持たされた手書きのメモ(カタカナがいっぱい書いてあった)とお薬は、ずっと〝心配だ〟って顔した聖南がしっかり管理している。

 まだドームに向かうには早くて、俺が聖南に連れられてやって来たのは、待機場として今夜の出演アーティストさんが利用するホテルだ。ちなみに恭也は、昨日からここに泊まってるらしい。

 聖南は番組側が用意した部屋じゃなく、自分でダブルルームの部屋を取った。しかもすんごく広くて大きな窓からの眺めも抜群の、一時的な滞在には勿体ないくらいの良質な空間。


「……踊れるかなぁ……」


 何やらみんなに話があるって事で、到着早々色んな人に電話を掛けてた聖南を横目に、俺は窓から直に見えるドームをぼんやり眺めていた。

 こんな不安定な体調だと、意気込んだはいいもののつい呟きたくもなる。

 何しろ三嶋先生と聖南が言ってた事は本当で、薬が切れ始めた正午頃に俺はまた頭痛と寒気がぶり返した。

 熱が上がってきちゃったんだ。

 ベッドから動けなくなった俺に、聖南は急いでゼリーを食べさせてくれて、薬を飲ませてくれて……一時前にはこの通り元気になったけど、生放送の出番を迎えるくらいでちょうどお薬が切れちゃう計算だから、自分の体の事ながらすごく心配だ。

 とはいえ、今はとにかく気を張ってるしかない。


「気まずいしなぁ……」


 いざその時が迫ると、何とも言えない気持ちにもなってきた。

 放送前に楽屋で顔を合わせて練習するんだろうけど、昨日の今日でどんな顔してLilyのメンバー達と会ったらいいか分かんない。

 一言物申したい気持ちはあっても、本番前に変な空気にしちゃうとよくないよねって熱にうなされながら考え直した。

 それなら、いつ物申すのがベストなんだろう。

 リカさん達の顔を見ると会ってすぐに爆発してしまいそうだから、とりあえず出番が終わるまでは無になるしかない……?

 我慢、できるかなぁ……?


「──あ、葉璃。動けそうなら扉開けてやってくれる?」


 通話中だった聖南にそう言われて初めて、部屋のドアチャイムが鳴ってる事に気付いた。


「あっ、はい。出ます」


 ごめんな、と右手で合図を送ってきた聖南に笑顔を返して、覗き穴に届かない俺は相手を警戒しつつ少しだけ扉を開けてみた。

 するとそこに居たのは──。


「恭也っ、ルイさんっ」


 俺が今一番会いたかった二人が居た。いや……訂正。

 今一番会って謝りたかった二人、だ。


「葉璃……っ!」
「ハルポン!」


 急いで手招きして中へ引っ張り込むと、恭也とルイさんから交代で熱いハグを受ける。

 ここは外国? って思わず笑っちゃうくらい、それは何回も何回も、代わりばんこに繰り返された。


「あ、あの……っ! ごめんなさい、俺すごく心配かけちゃったらしくて、……っ」
「そんなの、いいんだよ! あぁ、良かった……葉璃~……」
「なかなか目が覚めんて聞いてたから心配したで、ほんま」
「すみません……っ」


 二人は「良かった」と言いながらハグを続け、俺にちゃんとした謝罪をする隙も与えてくれない。

 ついには三人で円陣を組むように抱き合う格好になって、〝すみません〟としか言えない俺の声は二人の胸元にかき消された。

 そんなに……心配かけちゃってたんだ。

 ここでもまた、「夢も見ないでグッスリ眠れた」なんてとても言えない空気で、ほんとに申し訳ない。

 ……でも、……温かいなぁ……。

 聖南がシャワールームで俺を見つけた時、二人は現場に居たらしくて。俺達が病院に向かった後もドームに残ってミナミさんを追及し、真実を聞き出してくれたんだって。

 恭也もルイさんも、半分くらいしか理解してなかったLily内の確執。

 俺がこんな事になって怒りにまみれた恭也と、夏にヒナタのいじめに立ち会ったルイさんが、努めて冷静に聖南からの〝頼み〟を遂行した結果、色んな事実を聞き出せたって話だ。

 それを聖南から聞いた時、俺は無力だけど、みんなに支えられてるなって改めて実感したんだよ。

 二人は俺にとって大切な仲間であり、大事な戦友。

 いいとこなんて一つも無い俺を認めて支えてくれる二人からの熱い愛情表現が、嬉しくもあり、申し訳なさもあり、……照れくさかった。

 これは、聖南の大きな愛情で包まれた時に似てる。

 優しい気持ちって、ほんとに温かい。


「……ごめん、ね……」


 心配かけて、面倒かけて、ほんとにごめんなさい……恭也。ルイさん。


「ハルポンが謝る事やない。それより、熱出たって聞いたけど動いて平気なんか?」
「あ……はい。夜中にちょっとだけ」
「ちょっとだけちゃうやろ」
「ほんとだよ。寝てなくて、大丈夫なの?」
「うん……。でも俺、ジッとしてられなかったから……」
「アイツらに一泡吹かせたいってか」
「……はい」


 俺たちは、奥で通話中の聖南の声を遠くに聞きながら、抱擁が終わってもまだ扉の前で固まっていた。

 思えば、こんなにいいタイミングで二人がここを訪れるわけない。きっと聖南が、心配してる二人にも俺に会わせてあげたいと思って、連絡してくれたんだ。

 優しいなぁ、聖南……。

 俺に関しての器が狭いって聖南は言うけど、ほんとにそうだったら俺をこんなに自由にはしてくれない。誰の目にも愛情過多な二人を、俺に会わせようとするはずないんだよ。

 さっきから誰とどんな通話してるのか分からないけど、それもたぶん今夜の俺に関する事だと思う。

 大丈夫です、って俺の言葉をまったく信じない心配性で過保護な聖南は、三嶋先生から受け取った薬を俺には頑として渡してくれなかったもんな。

 ……けど、それも仕方ない。

 出発の一時間前、聖南の平熱より二度も上がって呼吸を荒くしてた俺は、何も言えない。



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