狂愛サイリューム

須藤慎弥

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35・アイドルの本気

35♡4

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 夢の中で、のっぺらぼうのアイさんから甲高い声で笑われた。

 今まで蓄積した悪意をすべて俺に向けてるらしいアイさんは、ヒナタ扮する俺が歌番組に出演する事を全力で阻止してくる。

 まんまと俺は、その罠にハマってしまった。

 このまま病院に居たら、熱が出たと知られたら、出演をキャンセルする事になったら……俺の負けになってしまう。

 これじゃ相手の思う壺だ。

 俺の任務が明けても、ターゲットが変わるだけでLilyの内部はきっと変わらない。知ってて何もしない事務所にも、俺はとてもガッカリした。

 聖南の逆鱗に触れるのもしょうがないって。

 そんなのに負けちゃうのも、俺は許せない。

 だから絶対、絶対、何がなんでも本番には出演してみせる。

 聖南にもみんなにもたくさん心配かけたんだろうから、俺が無事だってことと、俺のステージにかける思いは並大抵じゃないってことを証明するんだ。

 誰のため、って?

 それは……今回ばかりは、自分の夢のため。


「──ん、っ……」


 アイさんから嘲笑された後、俺の頭の中は〝負けない〟の思いで埋め尽くされていた。

 発熱なんかには負けない。

 頭痛なんかにも負けない。

 その思いが通じたのか、ゆっくり瞳を開くと明るい光が眩しくて、天井にある点々に焦点を合わせようと何回か瞬きを繰り返す。

 あれ、……寒くない。頭も痛くない。

 もしかしてほんとに、三度目の正直成功した……っ?


「葉璃!」


 上体を起こそうと身動ぎすると、ニメートルくらい離れたところから濡れっぱなしの髪を揺らしながら聖南が飛んでくる。

 シャワー使ったのかな、なんて推測が出来るほど頭がスッキリしていた。


「あ、……おはようございます、聖南さん」
「具合はどう?」
「えっ……あぁ……平気です。寒くないです」
「……そっか……」


 良かった、と切なく微笑まれて、俺はとてつもない罪悪感に苛まれた。

 何回寝落ちしたら気が済むんだって話だよ。

 聖南にこんなにも悲しい笑顔を浮かべさせてしまったのは、俺だ。今までの我慢が何にも役に立ってなかった不甲斐なさからきてる。

 腕を伸ばすと、すかさず手に取って甲に口付けてくる聖南を見てると、心が締め付けられる思いだった。

 もう大丈夫です……そう口を開こうとした俺の視界に、見覚えのあるイケメンドクターがふいに現れた。


「倉田さん、おはようございます」
「おっ、おはよう、……ございます」


 ……ビックリした……。

 ここに居るのは聖南だけかと思ってたから、普通に会話しちゃったよ。

 危ない、危ない。

 イケメンドクターは聖南から俺の腕を取り上げて、脈拍?を確かめ始めた。それから聴診器で胸の音を聞いて、一瞬で測れる体温計を首にピッとあてた。


「やっぱり熱出ちゃったね」
「…………」


 確かにこの人は予言してたもんな……発熱するかも、って。

 看護師さんは居ないみたいで、ドクター自らが何かに手書きで記してる。


「えっとね、倉田さん。今日歌番組の本番らしいけど、医師としては君がどんなに熱望しても、出演を止めなきゃならないんだけど」
「そ、そんな……っ! 俺いま何ともないですよ!? 頭も痛くないし、寒気も無くなって……っ」
「うん、それはお薬が効いてるからね」
「…………っ」


 えぇ……! そうなのっ?

 なんだ……俺が今何ともないように感じるのは、お薬のおかげだったのか……。

 それだと、そのお薬の効果が切れたらまた熱が上がっちゃうって事? 咳も鼻水も出てないのに、風邪の診断受けちゃうかもしれない……?

 いや、ダメだよ。それはダメ……!

 何のために聖南にナースコールを譲らなかったと思ってるの。

 お医者さんから直々にそういう診断されちゃったら、俺はほんとに出演をやめなきゃならなくなるじゃん……!


「夜中にセナさんからナースコール入った時は驚いちゃったよ。引き継ぎではお母様が付き添ってるって聞いてたから」
「あっ……!」
「大丈夫。医療従事者には守秘義務があるからね。あと、……俺の恋人も男性なの」
「えっ!?」


 な、な、なんでそんなことを俺に……!?

 耳元で囁いた三嶋先生は、起きたばっかりの俺の脳ミソが瞬時に覚醒するほどの爆弾発言をして、ニッコリ微笑んだ。

 隣で腕を組んだ聖南に視線をやると、〝大丈夫だ〟って顔で頷かれる。

 ……あ、そうか。

 もしかして聖南、ここに居る理由を包み隠さずこのイケメンドクター、三嶋先生に話しちゃったのか。

 そうじゃなきゃ、いきなりあんな突拍子もなく爆弾落とさないよね。

 で、でも、俺たちの関係まで話すなんて……それは全然〝大丈夫〟じゃなくない……?


「よーし。これでお互い秘密を握っちゃったわけだけど、まだ不安があるかな?」
「ふ、不安っていうか、……あの、……っ、俺本番は休めなくて、……っ」
「セナさんから話は聞いたよ。もちろん看護師さん達抜きの、俺だけね。さっきも言った通り、こういう場合は医師としては止めなきゃならないんだ。いくら重篤度が低くても、ね」
「そんな……! 無理です! 俺ここでジッと寝てるなんて出来ません!」
「葉璃、落ち着け。……ほら、ゆっくり深呼吸して」
「うぅっ……! 聖南さん……っ」




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