狂愛サイリューム

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
360 / 539
35・アイドルの本気

35♡3

しおりを挟む



 聖南を見ると、いつも甘やかしてくれるからかすごくお腹が空く。

 抱き締められて心臓の音を聞かされると、安心して眠たくなる。

 体温の高い聖南から抱き枕にされると、甘えてくれてるみたいで嬉しくなって、毎晩ドキドキしてしまう。


 〝俺の顔見て「腹減った」って言うの何なの? 俺そんな葉璃の空腹刺激するんだ?〟

 〝葉璃ちゃん、これから本番だけど大丈夫? 震えは止まったけど眠そうな目してる〟

 〝俺もう葉璃を羽交い締めにしてないと眠れない〟


 あんなにたくさん寝たのに、聖南の寝息が耳に心地良くて俺はまた眠ってしまっていた。

 いっぱい、聖南の夢を見た。

 温かくて、綺麗で、強くて脆い恋人は、夢の中でも俺を甘やかすように優しく微笑んでいた。


「う、……っ」


 頭、痛い……。

 ──寝入ってどれくらい経ったのか、聖南の笑顔がだんだんと薄らいでいって、とうとう夢の中が真っ暗になった。

 頭痛と寒気で目を覚ました俺は、よく眠ってる聖南を起こしちゃいけないと窓際の方を向いて頭を抱えた。

 うぅ……痛い……っ、寒い……っ。

 こめかみから後頭部にかけて、ガンガンと頭が割れそうに痛む。

 聖南にしっかりと抱き締められてるのに、体の芯から寒い。

 体温を求めて無意識に聖南にすり寄っても、震えが止まらなかった。

 何回も寝返りを打っていると、その度に寝てるはずの聖南が俺を抱き寄せてくれたんだけど、体は寒いのに顔だけ熱いという身の置き場がない状況ではジッともしてられない。

 頭痛もツラいけど、寒気がヤバかった。

 窓の外を見て気持ちを落ち着けようにも、それどころじゃない。


「うっ……」
「……葉璃? どした? 寒いのか?」


 なるべくこっそり震えて耐えていたつもりが、背後から眠そうな声を掛けられてドキッとする。

 でもなぜか、聖南に気付いてもらうと狼狽よりも安堵の方が強かった。

 起こしちゃって悪いなって思いと、俺の体がおかしい事を伝えなきゃって思いがせめぎ合って、……。


「は、はい……あの、なんか……さっきから震えが、止まん、なくて……。 頭も、痛くて、ですね……」
「えっ!?」


 聖南には隠しておけなかった。

 大慌てで上体を起こした聖南の手のひらが、俺のおでこにあてられる。


「ちょっ、うわっ! デコ熱いぞ! それ絶対熱あるって!」
「……うぅ……っ」
「ま、待ってろ、今ナースコールする、……あっ! おい葉璃! なんのつもりだ!」


 正直に言ってしまうと、過保護な聖南はすぐに動き出すと思った。

 ベッドの上で四つん這いになった俺は、枕元にあった長方形のナースコールを素早く取って両手で握り込む。急に動いたせいで頭痛が増した気がするけど、気休めに目を閉じて堪えながらアルマジロみたいに丸くなった。


「だ、め……っ、聖南さんがここにいるの、バレたら、怒られちゃう……でしょ……っ」
「そんな事言ってる場合か! てか看護師が葉璃ママにアレ渡したって言ってたし大丈夫だって!」
「だめ……っ」
「葉璃!」
「おねが、い……っ、朝まで我慢します、そしたら、ナースコールしていい、から……! 聖南さんが怒られるの、ヤダ……っ! 俺、こんなの平気です、元気です……っ」


 家族以外の泊まり込みは原則禁止の病院に、聖南は居ちゃダメなんだよ。

 面会時間が何時からなのか知らないけど、朝になれば〝先輩〟がお見舞いに来たっておかしくない。

 今ナースコールを押したら、あのイケメンお医者さんとか看護師さんがゾロゾロ来ちゃうでしょ。

 勝手に侵入したとみなされた聖南が叱られるなんて嫌だし、そこで俺が何らかの病名を付けられちゃうのも嫌だった。

 だって聖南は、俺を守れなかったと言って謝ろうとしてたくらい、すでに自分を責めてしまっているほど過保護だ。

 アルマジロになって震える俺に、体重をかけないように気を付けながら覆い被さってくる優しい人なんだよ。


「俺が怒られるわけねぇだろ! それ返さねぇんなら直接行ってく……っ」
「ダメ……!!」


 痺れを切らしてベッドを降りようとした聖南の腕を、力の入らない右手で掴んで顔を上げた。

 こんなの一時的なものかもしれないじゃん。

 「発熱するかも」ってイケメンドクターが言ってたし、聖南に熱があるって言われて頭痛と寒気の理由も分かった。

 もう少し寝てれば、こんなの治っちゃうって。

 外はまだ暗い。薄目で時計を見たら、まだ四時だ。

 ドームへの集合時間まであと十時間近くあるんだ。それだけあれば大丈夫。

 そうでないと、異常ナシって診断を覆されたら俺は……俺の出番が、この過保護な先輩によって無くされてしまう。


「……ダメ! 熱なんか、出てない! 熱出たとか言ったら、本番出させてもらえなく、なる……! 聖南さん、ETOILEの出番、キャンセルしちゃうでしょ……!」
「当たり前だろ!」
「嫌、だ……! そんなの嫌……! 俺のせいで、周りにいっぱい迷惑かけてる、の……分かってるけど……っ、出番無くなるのだけは、嫌……!!」
「…………っ」


 頑として譲らない俺は、左手にナースコール、右手に聖南のシャツをクシャクシャになるまで握って懇願した。

 周りにかけた迷惑とか心配は、本番で取り返すしかないと思ってる。

 俺に出来るのは、ヒナタの任務を最後までやり遂げて、ETOILEの出番も確実にこなす事だけ。

 頭が痛いよ。寒気で体の震えは止まんないよ。アルマジロになってると気分まで悪くなってきたよ。

 でも聖南、俺は何ともない。

 本番に差し支えるような事は、何もないから……っ。


「葉璃」
「…………っ」


 トーンを落とした低い声にビクッと全身を揺らすと、聖南は優しく背中を撫でてくれた。

 意固地になった俺の頭も、宥めるようにヨシヨシしてくれた。

 それから布団をかけてくれて、「熱い」と溢した聖南は俺のうなじにキスをした。


「葉璃、もっと自分の体大事にしろって。葉璃の居場所はちゃんと残してる。誰も葉璃を責めたりしねぇ。だから、……」
「聖南さん、お願い……。お願い……っ」


 布団ごと抱き締められた俺は、聖南に聞こえてるかどうか分からなかったけど、もごもごと言葉を続けた。


 まだナースコールは押さないで。聖南さんが怒られたらどうするの。

 俺なら、次に目が覚めた時こそ元気になってるから。

 三度目の正直って言うじゃん。

 それに俺、普段から人よりちょっと多めにご飯食べてるから滅多に風邪引かないでしょ。

 シャワーの冷水浴び続けたからって、そんなに熱が長引くようなヤワな体してないよ。

 出番までには治ってる。きっと治ってる。

 これは誰も悪くないから、〝干す〟なんて物騒なこと言わないで。

 俺の出番も、無くさないで。

 ──お願い……っ。


「……分かった。分かったから。もう喋んなくていい」
「……っ……聖南さん……っ」


 寒気で震える俺を、聖南は力一杯抱き締めて、布団の上からゆっくりゆっくり背中を擦ってくれた。

 毎晩してくれてるみたいに心地いいそれと、いつも以上に温かく感じる聖南に包まれた俺は支離滅裂な言葉を言うだけ言って、再び意識を手放した。

 ──その後、俺が寝付いたのを見計らってすぐに聖南がナースコールを押した事なんて、気付くはずもなかった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

年下男子は手強い

凪玖海くみ
BL
長年同じ仕事を続けてきた安藤啓介は、どこか心にぽっかりと穴が開いたような日々を過ごしていた。 そんなある日、職場の近くにある小さなパン屋『高槻ベーカリー』で出会った年下の青年・高槻直人。 直人のまっすぐな情熱と夢に触れるうちに、啓介は自分の心が揺れ動くのを感じる。 「君の力になりたい――」 些細なきっかけから始まった関係は、やがて2人の人生を大きく変える道へとつながっていく。 小さなパン屋を舞台に繰り広げられる、成長と絆の物語。2人が見つける“未来”の先には何が待っているのか――?

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった

なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。 ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…

処理中です...