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35・アイドルの本気
35♡3
しおりを挟む聖南を見ると、いつも甘やかしてくれるからかすごくお腹が空く。
抱き締められて心臓の音を聞かされると、安心して眠たくなる。
体温の高い聖南から抱き枕にされると、甘えてくれてるみたいで嬉しくなって、毎晩ドキドキしてしまう。
〝俺の顔見て「腹減った」って言うの何なの? 俺そんな葉璃の空腹刺激するんだ?〟
〝葉璃ちゃん、これから本番だけど大丈夫? 震えは止まったけど眠そうな目してる〟
〝俺もう葉璃を羽交い締めにしてないと眠れない〟
あんなにたくさん寝たのに、聖南の寝息が耳に心地良くて俺はまた眠ってしまっていた。
いっぱい、聖南の夢を見た。
温かくて、綺麗で、強くて脆い恋人は、夢の中でも俺を甘やかすように優しく微笑んでいた。
「う、……っ」
頭、痛い……。
──寝入ってどれくらい経ったのか、聖南の笑顔がだんだんと薄らいでいって、とうとう夢の中が真っ暗になった。
頭痛と寒気で目を覚ました俺は、よく眠ってる聖南を起こしちゃいけないと窓際の方を向いて頭を抱えた。
うぅ……痛い……っ、寒い……っ。
こめかみから後頭部にかけて、ガンガンと頭が割れそうに痛む。
聖南にしっかりと抱き締められてるのに、体の芯から寒い。
体温を求めて無意識に聖南にすり寄っても、震えが止まらなかった。
何回も寝返りを打っていると、その度に寝てるはずの聖南が俺を抱き寄せてくれたんだけど、体は寒いのに顔だけ熱いという身の置き場がない状況ではジッともしてられない。
頭痛もツラいけど、寒気がヤバかった。
窓の外を見て気持ちを落ち着けようにも、それどころじゃない。
「うっ……」
「……葉璃? どした? 寒いのか?」
なるべくこっそり震えて耐えていたつもりが、背後から眠そうな声を掛けられてドキッとする。
でもなぜか、聖南に気付いてもらうと狼狽よりも安堵の方が強かった。
起こしちゃって悪いなって思いと、俺の体がおかしい事を伝えなきゃって思いがせめぎ合って、……。
「は、はい……あの、なんか……さっきから震えが、止まん、なくて……。 頭も、痛くて、ですね……」
「えっ!?」
聖南には隠しておけなかった。
大慌てで上体を起こした聖南の手のひらが、俺のおでこにあてられる。
「ちょっ、うわっ! デコ熱いぞ! それ絶対熱あるって!」
「……うぅ……っ」
「ま、待ってろ、今ナースコールする、……あっ! おい葉璃! なんのつもりだ!」
正直に言ってしまうと、過保護な聖南はすぐに動き出すと思った。
ベッドの上で四つん這いになった俺は、枕元にあった長方形のナースコールを素早く取って両手で握り込む。急に動いたせいで頭痛が増した気がするけど、気休めに目を閉じて堪えながらアルマジロみたいに丸くなった。
「だ、め……っ、聖南さんがここにいるの、バレたら、怒られちゃう……でしょ……っ」
「そんな事言ってる場合か! てか看護師が葉璃ママにアレ渡したって言ってたし大丈夫だって!」
「だめ……っ」
「葉璃!」
「おねが、い……っ、朝まで我慢します、そしたら、ナースコールしていい、から……! 聖南さんが怒られるの、ヤダ……っ! 俺、こんなの平気です、元気です……っ」
家族以外の泊まり込みは原則禁止の病院に、聖南は居ちゃダメなんだよ。
面会時間が何時からなのか知らないけど、朝になれば〝先輩〟がお見舞いに来たっておかしくない。
今ナースコールを押したら、あのイケメンお医者さんとか看護師さんがゾロゾロ来ちゃうでしょ。
勝手に侵入したとみなされた聖南が叱られるなんて嫌だし、そこで俺が何らかの病名を付けられちゃうのも嫌だった。
だって聖南は、俺を守れなかったと言って謝ろうとしてたくらい、すでに自分を責めてしまっているほど過保護だ。
アルマジロになって震える俺に、体重をかけないように気を付けながら覆い被さってくる優しい人なんだよ。
「俺が怒られるわけねぇだろ! それ返さねぇんなら直接行ってく……っ」
「ダメ……!!」
痺れを切らしてベッドを降りようとした聖南の腕を、力の入らない右手で掴んで顔を上げた。
こんなの一時的なものかもしれないじゃん。
「発熱するかも」ってイケメンドクターが言ってたし、聖南に熱があるって言われて頭痛と寒気の理由も分かった。
もう少し寝てれば、こんなの治っちゃうって。
外はまだ暗い。薄目で時計を見たら、まだ四時だ。
ドームへの集合時間まであと十時間近くあるんだ。それだけあれば大丈夫。
そうでないと、異常ナシって診断を覆されたら俺は……俺の出番が、この過保護な先輩によって無くされてしまう。
「……ダメ! 熱なんか、出てない! 熱出たとか言ったら、本番出させてもらえなく、なる……! 聖南さん、ETOILEの出番、キャンセルしちゃうでしょ……!」
「当たり前だろ!」
「嫌、だ……! そんなの嫌……! 俺のせいで、周りにいっぱい迷惑かけてる、の……分かってるけど……っ、出番無くなるのだけは、嫌……!!」
「…………っ」
頑として譲らない俺は、左手にナースコール、右手に聖南のシャツをクシャクシャになるまで握って懇願した。
周りにかけた迷惑とか心配は、本番で取り返すしかないと思ってる。
俺に出来るのは、ヒナタの任務を最後までやり遂げて、ETOILEの出番も確実にこなす事だけ。
頭が痛いよ。寒気で体の震えは止まんないよ。アルマジロになってると気分まで悪くなってきたよ。
でも聖南、俺は何ともない。
本番に差し支えるような事は、何もないから……っ。
「葉璃」
「…………っ」
トーンを落とした低い声にビクッと全身を揺らすと、聖南は優しく背中を撫でてくれた。
意固地になった俺の頭も、宥めるようにヨシヨシしてくれた。
それから布団をかけてくれて、「熱い」と溢した聖南は俺のうなじにキスをした。
「葉璃、もっと自分の体大事にしろって。葉璃の居場所はちゃんと残してる。誰も葉璃を責めたりしねぇ。だから、……」
「聖南さん、お願い……。お願い……っ」
布団ごと抱き締められた俺は、聖南に聞こえてるかどうか分からなかったけど、もごもごと言葉を続けた。
まだナースコールは押さないで。聖南さんが怒られたらどうするの。
俺なら、次に目が覚めた時こそ元気になってるから。
三度目の正直って言うじゃん。
それに俺、普段から人よりちょっと多めにご飯食べてるから滅多に風邪引かないでしょ。
シャワーの冷水浴び続けたからって、そんなに熱が長引くようなヤワな体してないよ。
出番までには治ってる。きっと治ってる。
これは誰も悪くないから、〝干す〟なんて物騒なこと言わないで。
俺の出番も、無くさないで。
──お願い……っ。
「……分かった。分かったから。もう喋んなくていい」
「……っ……聖南さん……っ」
寒気で震える俺を、聖南は力一杯抱き締めて、布団の上からゆっくりゆっくり背中を擦ってくれた。
毎晩してくれてるみたいに心地いいそれと、いつも以上に温かく感じる聖南に包まれた俺は支離滅裂な言葉を言うだけ言って、再び意識を手放した。
──その後、俺が寝付いたのを見計らってすぐに聖南がナースコールを押した事なんて、気付くはずもなかった。
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