狂愛サイリューム

須藤慎弥

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35・アイドルの本気

35♡

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♡ 葉璃 ♡



「──また俺、皆さんに迷惑かけたんでしょ? もう俺……自分にムカついてムカついて……」
「いや葉璃、それは不可抗力ってやつでな、……」


 フォローしてくれようとする聖南の顔を、まともに見られなかった。

 だって、だって……俺いつの間にここにワープしたの?

 ミナミさんがシャワールームに連れてってくれた事までは覚えてる。でもその後はずーっと夢の中で、気付いたらベッドの上だった。

 傍らには母さんが居て、窓の外は暗かった。

 ここは明らかに消毒液みたいな匂いがして、目が覚めた俺を見て母さんが慌ててナースコールを押したから、病院にいるんだって事は分かった。

 だからって、寝てただけの俺がなんで病院に居るのかまでは分かんなかった。

 説明下手な母さんから大体の経緯は聞いたんだけど、……話が飛び飛びでもっと混乱した。

 Lilyのメンバーから悪意を向けられて眠らされたと言われても、とうとう俺の存在がそこまでの行動を起こさせたんだって悲しくなって、聖南にも〝ごめんなさい〟としか思えなくて。

 俺は、ナースコールで飛んできたお医者さんと看護師さんから異常なしと判断されると、すぐに聖南に連絡しようとした母さんに待ったをかける事しか出来なかった。


「ていうか目が覚めてどれくらい経った? すぐに連絡してほしかった。……生きた心地しなかった」
「あっ、それは……俺が母さんを止めてて……」
「……なんで?」


 なぜかお医者さんのコスプレで現れた聖南は、すごく心配そうだ。暗くてよく見えないけど、眼鏡の奥が濡れてるような気もする。

 俺の前でしか泣かない強がりの得意な人が、ツラそうに眉間にシワを寄せて俺を見てる。

 もちろんすぐに聖南に会いたかったよ。

 会いたかったよ、……。


「何回心配かけたら気が済むんだって、聖南さんに呆れられてないか怖かったんです……怒られるのは当然かもしれないですけど、出来れば怒られたくなかったし……」
「なんで俺が怒るんだよ! 呆れられてねぇか不安だったのは俺の方だ!」
「えっ? なんで聖南さんがっ?」


 俺の肩を抱き寄せてきた聖南は、さらに苦しげに「怒れよ」と呟いた。


「こんな時まで卑屈ネガティブ発揮するなよ……。もっと俺のこと罵っていい。不甲斐ない恋人だなって文句ぶつけろよ」
「文句なんてそんな……! そう言われても、母さんからちょっとだけ話は聞きましたけど何もかも俺が悪いですもん!」
「なんでだよ。葉璃は何も悪くねぇ。どこまで話聞いてるか分かんねぇけど、葉璃は完全な被害者なんだぞ」
「でも……っ」
「葉璃」
「…………っ」


 ドクター聖南の視線は心臓に悪い。

 本物のお医者さんから異常なしって言われたのに、聖南に名前を呼ばれて見つめられると途端に胸が苦しくなる。

 息を呑んだ俺は、それだけで言葉を続けられなくなった。


「葉璃、そこまで強くなる必要無いから。どれだけ自分下げても、相手が上がらない場合もあるんだよ。義理立てする相手でもねぇし」
「俺そんなつもりは……」
「それが葉璃の本心だって分かってるからこそ言ってるんだ。今回に限っては、俺は許すつもりねぇよ」


 聖南の発言も、眼力も、揺るぎないように見えた。聖南が「許さない」と言えば、それが難無く実現出来てしまう影響力を思うとちょっとだけ怖くなる。

 俺はただ、そんな行動に走ったLilyのメンバーの気持ちを客観的に考えた時、〝ヒナタ〟を受け入れられないのも仕方がない事なのかなと思っただけ。

 どうしてそこまで悪意を溜め込めるの?って、理解しがたい気持ちもある。

 でもはじめに、俺がこの任務を引き受けなかったらこんな事にはならなかったよね。

 いくら社長さんの頼みでも、限りなく拒否権が無い立場にあっても、あの場には聖南が居た。俺は断れる環境、状況だったにも関わらず、引き受けるって決めたんだ。

 俺は別に何もされてない。

 おでこがちょっとだけ痛むけど、これは俺が自分でぶつけただけ。眠らされたと言っても、疲労回復出来ちゃったくらい夢も見ないでグッスリだった。

 だから俺は、聖南の気持ちや言葉を聞いてビクビクした。

 いったい何をする気なの、聖南……?


「ちなみに、ゆ、許すつもりないって……どういう意味、ですか……?」
「Lilyを干す」
「えっ!?」


 干す……!? って、そんな物騒な……!

 仰天して瞬きを忘れた俺から離れた聖南は、怖い無表情のままふいに立ち上がった。その動向を見逃すまいと、俺は聖南を目で追う。

 何をするのかと思えば、備え付けの小さな冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して、それをプラスチック製のコップに半分くらい注ぎ、残りは口を付けて自分で飲んでいる。

 喉渇いてたのかな……。

 もしかして大慌てで来てくれたの?

 雨なのか雪なのか分からないけど、外は見るからに悪天候で、クリスマス・イブの華やかなイメージとはかけ離れてる。

 俺は病院専用のパジャマみたいなのを着せられて頭はボサボサ、寝すぎてきっと顔もむくんでるし、目の前で水を一気飲みしてしまった聖南も、今はアイドルじゃなくイケメンなお医者さん。

 ジッと見てると、俺の視線に気付いた聖南と目が合ってドキドキした。

 うぅ……! かっこいい……!

 こんな時にこんな事を思ってるなんて知られたら、それこそ呆れられちゃうよ……!

 意味もなく足をモソモソ動かして、聖南のコスプレが大好きな俺は密かに悶えた。

 ところが聖南は、俺のドキドキを「でもな」の一言で一瞬で吹き飛ばした。


「……で、でも……?」
「正当なやり方で、干す」
「いや、ほ、ほ、ほ、干すって、業界追放みたいな事ですよねっ? そんなの……っ」
「なに、まだ恩情見せようっての? 葉璃ちゃん……お人好しも大概にしな?」
「…………っ」


 えぇっ……そんな!

 〝干す〟なんて聞いたら、みんな同じ反応すると思うけど……!



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