狂愛サイリューム

須藤慎弥

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34・罠

34★

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★ 恭也 ★



 この二年で、俺はかなり人見知りは克服出来たと思うけれど、確かに知らない人と話すのは好きではないし、得意でもない。

 ましてや今から会う相手は葉璃を狙ってる女性。

 俺のファンだと偽って接触してきているかもしれない女性に、優しい言葉なんか一つも思い付かない。


「ここで、合ってるのかな……」


 やけに暑かったリハーサル後、約束の時間に遅れたら大変だからとシャワーも浴びずに、水瀬さんから指定された場所まで来た。

 ちなみにそこは、ドームから歩いて十五分ほどの純喫茶。

 ただ俺はここの土地勘がまったくなくて、かと言ってタクシーを使うほどでもない距離だったんだけど……後悔した。スマホでナビを起動させなきゃ、辿り着けなかった。

 繁華街から一本外れた道に在り、人通りもそこそこあるけど歩いているのはおじいちゃんおばあちゃんばかりで、わざわざ変装する必要も無いくらいのどかな通りだ。

 店名を確認し、重い扉を押し開くと、上部に取り付けられたドアベルがカランカラン~と軽やかな音で俺の来店を知らせる。

 すると、目の前のカウンターの向こうに居た白髪交じりの男性と目が合った。


「いらっしゃいませ」
「あ、……どうも。待ち合わせなんですけど、奥、座ってていいですか?」
「伺っております。どうぞ」


 え……? 水瀬さん、事前に予約的なもの入れてくれてたのかな。

 昔ながらの喫茶店にそんなシステムがあるのか分からないけれど、俺は会釈して、ひとまずあまり通りから見えない奥の席に陣取った。

 お昼時なのにお客さんはゼロ。マスターらしき五十代くらいの男性が一人、カウンターでお冷や用のグラスを磨いてるだけ。

 色々とバレちゃいけない内容を話すのに、喫茶店を指定してくるなんて古風だと思った。たとえ他のどこでも、セナさんが来るから変わらないかもしれないが。

 マスターが運んでくれた水を一口飲み、腕時計を見る。もうすぐ約束の時間だ。

 別の仕事があるセナさんにもこの場所と待ち合わせ時間を連絡してるけど、当然、水瀬さんにはセナさんが来ることを話していない。

 これは、なかなか連絡がつかないアイさんを呼び出すための罠。言わば俺は囮だ。


「あ、……お疲れ様、です」
 

 ドアベルが鳴り姿を現したのは、サングラス姿で一際オーラを放つセナさんだった。

 居場所を示すため立ち上がった俺に気付いたセナさんが、流れるような動作でサングラスを外し、ネックレスにそれを引っ掛ける。


「リハお疲れ、恭也。向こうの指定時間は変更ナシ?」


 シックな黒のロングコートは脱がないまま、セナさんは俺の隣に座った。

 何だか緊張する。


「……はい。まだ連絡は、入ってません」
「そっか」

 
 アメリカン二つ、とマスターに声を掛けているセナさんの声音が、いつもとあまり変わらないように感じた。

 葉璃と一緒に「セナさんは目を血走らせて来る」と話していたなんて、言えない。

 見た限りとても落ち着いてるから、現在Lilyのリハーサルを頑張ってる葉璃が心配するようなことは無さそうだ。


「葉璃も、来たがってました」
「……だろうなぁ。今までの事が事実かどうか自分の耳で聞きたいってのと、……俺が行くって言ったから心配なんだろ」
「何かあったら、俺が止めるように、言われました」
「あははっ……! そういや俺にも「暴れないでくださいね」って言ってたわ」


 葉璃から聞いた話をあっけらかんと話すセナさんは、全然キレる様子が無い。

 ていうか、葉璃の名前出しちゃって良かったのかな……。

 マスターが聞き耳を立てていたら大変だ。お客さんがゼロだからって、俺うっかりしてた。

 白いコーヒーカップとソーサーで運ばれてきたアメリカンコーヒーに、二人同時に口を付ける。

 うん、……美味い。比べるものじゃないけれど、コーヒーショップで飲むのとはまた違う、贅沢で芳醇な味わいだ。


「うま……」


 セナさんも思わず声を上げ、俺もすぐに二口目を口に含むほど美味かった。


 ──カランカラン~。


 美味しいコーヒーに舌鼓を打っていると、三度目のドアベルが鳴った。瞬間、俺とセナさんの動きが同時に止まり、緊張が走る。


「あ、水瀬さん」
「あぁ、来たか。てか待てよ、一人じゃん」
「……そうですね」


 俺も同じことを思った。

 マスターから「いらっしゃいませ」と声をかけられているのは、水瀬さん一人。

 てっきり二人で現れると思ったからドキッと緊張が走ったのに、一気に不穏な空気が立ち込める。

 水瀬さんが奥で並んで座ってる俺とセナさんに気付くと、目を丸くして近付いてきた。


「えっ、CROWNのセナ!? あっ、セナ、さん!?」
「こんにちは、水瀬さん」
「どーもー。セナでーす」
「ど、どもっす。 ちょっ、恭也、なんでセナさん連れて来たんだよ! 居るなら居るって教えとけよ! ビビるじゃん!」
「……すみません」


 早速セナさんのオーラに負けている水瀬さんは、恨み節を吐いて俺の目の前に腰掛けた。

 まぁ……そうなるよね。

 水瀬さんはアイさんの悪事を知らなくて、さらに俺が囮のつもりでここに居ることも知らない。

 セナさんが同席していることなんか、もっと予期していなかったと思う。何しろ俺が水瀬さんから聞いてた話は、〝オフレコ〟だったんだから。


「何? 俺が来ちゃいけなかった?」


 けれどセナさんは、水瀬さんが一人で現れたことでたちまち不機嫌さを顕にした。


「いえ! そんな! と、とととんでもない!」
「てかお前一人? 本人来てねぇじゃん」
「あ、えっとですね! そのぉ……アイは二十分くらい遅れるってついさっき連絡あって!」
「遅れる~? それならそっちが恭也に連絡しとけよ。遅れちゃいけねぇと思ってリハ終わりなのに大急ぎで来たんだぞ、恭也」
「すみません!!」


 眼光鋭いセナさんから叱られ、水瀬さんはすっかり萎縮してしまっている。

 アイさんが遅れるとか、そんなのはどうでもいい。

 ここに来てくれればすべてが分かるんだ。

 今はアイさんと繋がってる水瀬さんが、唯一の重要参考人。


「て事は、二人は落ち合ってここに来るんじゃなく、待ち合わせしてたんだな?」
「そうっす!」


 テーブルに肩肘をついたセナさんが、俺にはとても耐えられないような威圧感を放ちながら、水瀬さんへ追及を始めた。


「なんで?」
「えっ?」
「なんで?」
「えっ、……えっ?」
「なんで? って聞いてんの。「えっ?」じゃねぇよ」


 ……こわい。

 セナさんの横顔と、水瀬さんを追及する眼力と口調が強すぎてこわい。

 ねぇ葉璃、とても俺じゃセナさんを止められる気がしないよ。

 水瀬さんがアイさんと〝待ち合わせ〟してただけで、今にもこの頑丈なテーブルひっくり返しそうな勢いで尋問してるんだよ。

 ……こわいよ。



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