狂愛サイリューム

須藤慎弥

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33♡悪意と嫉妬

33♡7

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 ──空気が悪い。

 レッスンスタジオに入った瞬間、一斉に向けられた俺への視線にいつも以上の嫌悪を感じた。

 アイさんの件があって、社長直々にレッスンを控えるよう言われてしばらくぶりに顔を出した先週よりも、ずっと空気が重たく淀んでいた。

 とは言っても、これはあまり珍しいことではないし、俺が一分前の滑り込みギリギリで来ちゃったからみんな怒ってるのかな? ……と、はじめはその程度にしか思わなかったんだけど……。


「ハルってさ、マジでクリスマスの特番で〝ヒナタ〟終わりなの?」
「えっ?」


 変わらずダンスのクオリティーとシンクロ率には脱帽の、明後日に向けた通し練習を終えてシューズを脱ごうとした時だった。

 固くなった靴紐が解けなくて苦戦していた俺の背後に、リカさんとその取り巻き三人が居た。

 誰が聞いても、とても親しい人に向けるものじゃない声は、金髪ショートのリカさんだ。

 他のメンバー達は、リカさんと取り巻き三人が俺に話しかけたのを見て一瞬ザワつき、誰一人喋らなくなる。


「そ、その予定、ですけど……」
「ふーん」
「期間延長、てか本メンバーになったりして」
「あり得るよねー」
「……何でですか?」


 講師が居なくなるタイミングを見てまで聞きたかったのかな……〝ヒナタ〟の最後を。

 俺に話しかけてくるなんて、珍しいどころの騒ぎじゃない。

 含んだその言い方には棘がいっぱいだ。

 リカさん、何が言いたいんだろう。最後の最後に俺をいびらなきゃ、気が済まないのかな。


「アイ、年明けにLilyを脱退する方向で話が進んでるんだって」
「えっ!? そんな……っ!」


 脱退……!? どうしてそんなに話が飛躍してるの!?

 事務所がそう言ったの?

 でも……っ!


「アイさんと連絡取れたんですか!? だ、だってアイさんと事務所は連絡が取れてないって聞いて……!」
「取れてないよ。また勝手に話が進んでんの」
「えぇっ……」


 そ、それが本当なら、事務所はあまりにも勝手過ぎだよ……!

 だってここの偉い人達は、講師を伝って大塚社長にコンタクトを取り、アイさんの代わりになる人物として俺を抜擢した──メンバーには何の相談も無く、勝手に。

 その事でメンバーに不満が溜まりまくってたの、もう忘れたの……っ?

 なんのために、あのとき聖南は大塚の社員さんを引き連れないで来たと思ってるの。一タレントとして、Lilyのメンバー達と一緒に事務所に〝お願い〟したようなものなんだよ?

 もっと話を聞いてやれって。不満が溜まりきる前に、話し合う場を設けろって。

 聖南の言葉、何にも届いてなかったの……?


「事務所も経営ヤバいって聞くしねー」
「そうそう」
「や、ヤバいって……」
「あーあ。私達も大塚所属だったらなぁ」
「ホントだよね」
「…………」


 話が違う方向になってきた。

 解こうとする靴紐はどんどん固結びになっちゃうし、この場から逃げたくてもスタジオの外の一部分は土足厳禁。

 ちょっと怖い目で見られるくらいなら、まだ我慢できる。でもこのあからさまな悪意はほんとに嫌だ。

 事務所も変わってなければ、リカさん達も何の変化も無いんだなっていうのが今の台詞で伝わっちゃったし。

 〝大塚が良かった〟──俺はこの台詞、大ッキライ。

 ETOILEのオーディションの時も、ルイさん以外の候補者さん達が全員似たようなことを言ってた。

 〝ここで夢を掴みたい〟
 〝大塚なら〟

 この業界は事務所の大小も確かに関係あるのかもしれない。俺が運良く大きな事務所に拾ってもらえたから、みんなの気持ちを理解できなくてその言葉に反応しちゃうだけなのかもしれない。

 でもそれって……それって、本当に〝夢〟って言えるの?

 不器用な指先が、感情に負けてもっと靴紐をグチャグチャにしちゃってる。

 悪意は見たくない。感じたくない。

 黒いものが渦巻く場所に居ると、うまく呼吸が出来なくなる。息が苦しくなる。

 早く靴紐解かなきゃ。

 早く……っ。


「ハルってさ、相澤プロのレッスン生だったんでしょ? どうやって大塚に媚び売ったの?」
「媚び……?」


 とうとう俺の前に回り込んできたリカさんから、とんでもない事を言われた。

 座っていつまでも靴紐を触ってる俺を見下ろしてくる、冷たい視線。

 何を言われたのか、すぐには理解出来なかった。今まで一度も、誰からも、こんなに汚い感情を向けられた事がなかった。

 理解したその瞬間、胸がジリッと焼け付いて、カァッと頭に血が上った。


「媚び……っ? 俺はそんなの売ってないですよっ」
「またまたぁ。セナさんにもめちゃめちゃ気に入られてるし? 恭也くんとのユニットも、BL戦略が当たってたった一年でトップアイドルの仲間入りでしょ?」
「マジでどうやったの?」
「もしかして枕とか? やっちゃった感じ?」
「えー! セナさんと!? そんなの羨まし過ぎ!」
「……枕? 枕ってなんですか?」


 問うても、誰も教えてくれない。

 リカさん達の、皮肉めいた冷たい笑顔が怖かった。

 向けられた悪意と嫉妬、意味不明な単語、……頭に血が上って体もカッと熱くなってたはずなのに、どんどん俺の心は冷え切っていく。

 だって……。

 こんな事しか言えないの……?

 ファンの人達に恥ずかしくないの……?

 事務所が悪いって決め付けてるけど、実はリカさん達がずっとこんな態度で歩み寄らないから、相談すらしてもらえないんじゃないの?

 なんのために、アイドルを目指したの?

 どうしてそんなに……悪意に染まっちゃったの……?




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