狂愛サイリューム

須藤慎弥

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33♡悪意と嫉妬

33♡6

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 ルイさんはハンドル操作と会話を並行していて、さらに今日は一段と鋭いツッコミを入れてくる。それも、空気を和ませるために明るく振る舞ってるようにしか見えない。

 けれど俺は、続けて口を開いたルイさんの本音に、やっぱりそれは聞かない方が良かったかもしれないと思ってしまった。


「まぁな~……聞かれん限り、こんなんよう言わんよ。まずちょっとハズイしな。ヒナタちゃ~ん♡いうて追いかけてたん、あれ全部ハルポンに向けてやったてことやろ? 歌番の本番前に消えてた理由も、午前フリーやったスケジュールも、事情分かってスッキリしてるのはほんまやねん。……けどな、ハズイ」
「ルイさん……」
「実を言うと、セナさんにはここまでの本音は言うてない。あん時、セナさんが〝気持ちの整理はゆっくりでええ〟言うてくれたから、俺はそれに甘えてんのよ」


 そんな……必死で誰かを追いかける事を、恥ずかしいなんて……!

 盗み見たルイさんの横顔は、何だか悲しそうに笑ってる気がした。これ以上の本音は無い、そう言ってるようにも見えた。

 ルイさんのヒナタへの熱狂度は、すぐそばで見聞きしてた俺もちょっと怖いくらい熱かった。

 でも嫌だとは思わなかったよ。

 俺も聖南を必死で追いかけてる身だから。

 それがファン心理からくるものなのか、目標とするものなのかの違いはあっても、真実を知ったルイさんに〝ハズイ〟と思わせてしまった一番の悪は、……俺だ。

 レッスン着の入った鞄を抱く手のひらに、手汗が滲んできた。

 だんだん鼻の奥がツンとして、罪悪感に唇が震えた。


「……ごめん、なさい……ルイさん……。俺言いたくても言えなくて……。隠し事してるの、ずっと後ろめたかったです、……ルイさんを騙して、弄んで、……そんなに悩ませてしまって、……ほんとに、うっ……ごめんなさい……っ」
「ちょっ、ハルポン! それは聞いたから大丈夫や! 謝らんでええとも言うてる! おっ? おい……っ、泣かんといてくれよっ? 俺の前で涙見せんでくれ!」
「でも、でも……っ!」


 ルイさんは運転中だ。俺がこんなに取り乱しちゃ、ハンドル操作に差し障る。

 でも泣くなと言われても、瞬きをしたらポロリと涙が溢れてしまって止められなかった。

 咄嗟に窓の外を眺めるフリをして、出来るだけしゃくりあげないように呼吸を浅くする。

 そうこうしていると、SHDエンターテイメントの事務所から数メートル離れた場所に車を停車させ、ハザードランプを付けたルイさんが俺に向かって少しだけ声を荒げた。


「あんなぁ、聞いたのはハルポンやろ! 俺がどんだけ誤魔化したかてハルポンは絶対聞き出そうとするし……っ、いや、そやかて言わんでもええ事言うた俺も悪いけどやな……っ」
「ルイさんは何にも悪くないです!! 俺が悪いんです、俺が……!」
「それはちゃうて! ハルポンも悪くないやん! 俺も悪くないけど、ハルポンはもっと悪くない! いったい誰が悪いんやって、そら離脱して訳分からん行動しとるアイやろ!」
「…………っっ!」


 俺とルイさんがここで不毛な言い争いをしたって、何の解決にもならないって事くらい分かってる。

 じゃあ俺は、どうしたらいいの?

 ルイさんは謝罪を受け取ってくれない……そもそも謝る必要はないって言うじゃん……っ。

 いっぱい悩ませて、いっぱい混乱させてしまってるのに、俺が全然悪くないとは言えないもん……!


「レッスン前にする話やなかったな」


 少しの沈黙の後、ルイさんはふと俺から視線を逸らしてため息を吐いた。


「……すみません……」
「また謝る。ハルポン、謝罪ってのはここぞという時に言うもんなんやで」
「今がその時なんで……」
「ちゃうって言うてるやん。しつこいな」
「なっ……しつこいって……!」
「今後、俺に「すみません」とか「ごめんなさい」とか言うたら、そうやなぁ……その度にコチョコチョの刑や」
「え!?」
「ハルポンはくすぐられんの弱いやろ? ええ罰やと思う」
「なんで謝って罰与えられるんですか!」


 何度目か分からないルイさんの独壇場に巻き込まれた俺は、コロコロ変わる声色についていけなかった。

 罰とか何とか言って、俺の罪悪感を何とかして打ち消そうとするルイさん。

 この話がまた冗談で終わっちゃうのかと、不甲斐ない自分に肩を落としてシートベルトを外そうとした俺に、ルイさんは「ほんまに分からんか」と声を落とした。


「……え?」
「謝られる度に、〝早く忘れろ〟て急かされてる気になんねん。ハルポンがそんなつもりで謝ってへんの分かってるけど、俺はもうちょい気持ちの整理に時間かけたい」
「あ、そんな……。俺、ほんとにそんなつもりは……」
「分かってる。さっきも言うたけどな、ハルポンとヒナタちゃんの磨り合わせがうまいこといかんのよ。ハルポン見ててもヒナタちゃんとはよう重ならんし、ヒナタちゃんの録画観てもハルポンには見えん。この期に及んでまだ、ほんまに同一人物なん信じられてへんの」
「………………」


 急かされてる気に、なってたの……?

 大パニック中のルイさんは、追いつかない気持ちの整理と真実をじっくり見極めたかったのに、俺がそれを急かしてた……?

 これこそがルイさんの本音ってこと? 聖南にも言えなかった、心からの戸惑い……?

 だとすると、俺が毎日謝ってたのってほんとに自己満足だったんだ。

 理由を探してまで押し付けてきた謝罪こそが、ルイさんを追い詰めてたんだ……。


「やっぱヒナタちゃんの事好きや!ってなったとして、俺がハルポン追いかけだしたらどうすんの? 略奪愛は好かんけど、俺が本気出してハルポン振り向かせようと動きだしたらどうするん? 困るのはハルポンやろ」
「……な、なんか話が変わってません……?」
「変わってへん。俺はその辺も真剣に考えてんの。俺、ヒナタちゃんの事大好きやった。マジでタイプやった。でもハルポンの事も一人の人間として好きやねん」
「…………っ」


 うっ……それはどう受け止めたらいいの。

 別に告白されたわけでもないのに、〝一人の人間として好き〟って言葉が妙に気恥ずかしい。

 車内に表示された時刻は、レッスン開始の十分前。大急ぎで着替えないと遅刻になっちゃう。

 ルイさんもそれを分かってたんだろうけど、最後にこうまくし立てた。


「ハルポンには俺の弱いとこ全部見せてしもたし、ツラい時そばに居ってもくれて、生意気にも俺に発破かけてきよるし、俺と仲間になりたい言うて泣いてたやん? ……俺ん中でハルポンのイメージがマイナススタートやから、好感度上昇の仕方がえげつないんよ。今、普通に「好きやで」って言える相手なん、ハルポンは」
「……そ、それは……ありがとうございます……?」
「首傾げながら言うなや。褒めてんのに」
「…………!」


 だって……っ、うまい言葉が見つからなかったんだもん!

 誰でも、好きって言われたら嬉しくなるよ。それが唯一無二の仲間になったルイさんからなら、尚さら。

 「てか早よ行かな」と笑って見送ってくれたルイさんには、今この瞬間から謝罪が出来なくなった。

 語ってくれた本音のうち、どこかにルイ節が混ざっていたとしても俺にはそれが分かんないからだ。




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