狂愛サイリューム

須藤慎弥

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32❥狙い

32❥10

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… … …


 生放送特番三日前。

 CROWNの三人とマネージャーの成田、ルイを含めたバックダンサー九名は、リハーサルのためドームに集まっていた。

 時間差で六組のアーティストがすでにリハーサルを終えている現場は、現在設営中につき非常に慌ただしい。


「うーん。いつ来てもデカい箱だよね~」
「客席広く取ってるよな。年末の特番はいつもこのキャパだろ」
「歓声でステージが揺れるような気がするのって俺だけ?」
「いや、俺も体感してる」
「だよね~」


 体を慣らしたい、とバックダンサーの面々は率先してステージに上がり、邪魔にならないよう振付けを練習している様を、三人は客席から眺めている。

 アキラとケイタがそんな会話をしている最中、聖南は腕を組み、ぼんやりとステージ上を見やっていた。


「おいセナ、大丈夫か?」
「ん? あ、あぁ、大丈夫」


 アキラに声をかけられ、ハッとする。

 聖南が特番出演を前に緊張しているわけではない事を知る二人は、顔を見合わせて苦笑した。

 成田から現在までの顛末を聞いたケイタが、「取り越し苦労だよ」と励まそうとするも、アキラと聖南の表情は浮かない。


「ボディーガードもついてるし、ここには警備員も居るし、佐々木さんも来てくれる事になってるんでしょ? 去年の二の舞いにはならないって」
「ちょっ、ケイタ……お前いまそれ言うのはマズい」
「なんで? 去年の事があったから聖南も対策とれてるようなもんじゃん。やっぱり人生って無駄な事は何一つ無いんだってことだよね」
「そんな安直な。相手は素人だぞ。俺らには考えつかねぇような策で仕掛けてくるかもしんねぇ。何が狙いなのか……それもハッキリしねぇんだから安心するのは早い」


 心配を滲ませつつも楽観的なケイタに対し、アキラはかなり聖南寄りの考えだった。

 目的が分からない以上、本番だけに対策を講じても無意味なのかもしれないが、日を追うごとに聖南の懸念は深まっていく。

 それというのも、──。


「ルイが接触された日から、不気味なくらい何も起こらねぇんだよな。SHD周辺をウロついてた野郎もピタッと来なくなったらしいし。マジで何考えてっか分かんねぇから気味が悪い」
「へぇ……。それで、事務所は〝主犯〟と連絡取れたのか?」
「いや、まだ。その辺は進展が無いって」
「セナのお父さんが探偵雇ったんでしょ? そっちもダメ?」
「ああ。とにかく主犯に関する情報が少ねぇんだ。母子家庭らしいが母親は「知らねぇ」の一点張りで非協力的。事務所が用意したアパートに帰ってる気配も無い、連絡用のスマホがそのアパートに置きっぱだから足取りも掴めねぇとか」
「うわー……。ホントにプロ意識ゼロじゃん」


 事の次第を聞いたケイタが「フッ」と頬を引き攣らせた。彼は何事もお気楽な性格ではあるが、ETOILEの最終オーディション時で見せた一面のように、仕事への向き合い方だけは感心する。

 非常に協力的な康平に、聖南は〝どんな手を使ってでもアイを見張ってくれ、金は惜しまない〟と頼んだものの、未だ足取りの手掛かりさえ掴めていないそうなのだ。

 アイの肉親が母親のみであり、その母親が娘に関する事は事務所に聞いてくれという姿勢を崩さず、それだけで母娘関係が良好ではない事を伺わせた。

 昨日、康平から連絡がきた際に聖南は思った。

 アイの協力者がいったい何名居るのかも定かでない状況では、彼女だけに的を絞っても意味が無いのではないか……。

 去年と違うのは、葉璃を脅かそうとする犯人が分かっているという事。しかし当人には雲隠れされ、自らの手を汚さず素人仲間を使っている点にほとほと困り果てている。

 ピンチヒッターとなった葉璃に激しい嫉妬を覚えているようなので、どうにか出番を阻止しようと本番での接触が濃厚であると見ているが、それも憶測に過ぎない。


「たしか男関係が事務所にバレて謹慎になったんだよね? 相手の男にDVされたんだっけ」
「そういえばそうだったな。その男は主犯の行方知らねぇのか?」


 ケイタと、そしてアキラの問いに聖南が「あっ」と声を漏らす。


「……そっちの線があった」
「え?」
「え?」
「なんで気付かなかったんだ……! そうじゃん! そっちから引っ張りゃいいんだよな!」
「え、何? どうしたの、セナ」
「何なんだよ」


 葉璃が危険に晒されているという思いでいっぱいで、今の今まですっかり忘れていた。

 スマホを取り出し、〝水瀬由人〟を検索する。写真と名前の入った画像を、聖南はスタッフから避けるため端に寄り、二人に見せた。


「お前らこの俳優知ってるか」
「どれ? ……あぁ、名前だけなら」
「うん、俺も知ってる。共演した事はないけど。何年か前に戦隊ヒーローもので有名になった人だよね。この人が何?」
「コイツが例のDV疑惑男だ」
「はっ!?」
「え!?」
「大塚の顧問弁護士に頼んでも調べらんなかったから、DVが事実かどうかは分かんねぇ。それに、今も二人が付き合ってんのかも不明。でも恋人関係にあったのは確かだ」


 二人は声を落とし気味に、「えぇ!?」と驚愕した。

 完全にオフレコ話を流してしまったが、この二人に秘密にしておく必要は少しも無い。どのみち彼らには何もかも、聖南と葉璃のように筒抜けなので迷いはなかった。


「なんで確かだって言えるんだよ」
「そ、そうだよ。どこ情報?」
「この男と共演した恭也が、本人から直接話を聞いてる」
「マジでか!?」
「そんな偶然が……!」


 聖南はそう言うと、一度時計を確認した。リハーサル予定時刻まであと十五分はある。

 スマホで恭也の番号を呼び出すと、愛車まで一目散に駆けた。

 こうしちゃいられないとばかりに、アキラとケイタもその後を追う。


「クソッ……もっと早く気付くべきだった……!」


 駆けながら、苦々しく毒吐く。

 重要な手掛かりを見落としていた自身に、相当に苛立った。

 水瀬が今もアイと繋がっているとは断言出来ないけれど、少なくとも彼女に関する有益な情報は持っているに違いない。

 本番前に、何とかアイ本人と接触しなくては──。

 葉璃の今までの頑張りも、並々ならぬ責任感も、すべてが無駄になってしまう。





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